第13話
班目と分かれて家に帰ると、結菜が玄関の前で仁王立ちになっていた。
「なにか言い訳があるなら聞くけど」
「いや、本当に面倒ごとに巻き込まれたんだ」
俺は結菜に事情を説明する。班目の恋愛のことは伏せたが、ストーカーと疑われたことを話した。話を聞いていた結菜はきょとんとした表情を浮かべると、爆笑し始める。
「なにそれ、ストーカーと間違われたって、そんなに怪しかったの?」
「俺だって不本意だ。だが、逃げたら疑われると思ってな」
結菜はひとしきり笑うと、お腹を抱えながら深呼吸する。
「あー笑った笑った。でも、手伝ってくれなかったから罰は受けてもらいます」
まあ買い物に行けなかったのは間違いないから拒否する権利は俺にはない。
だが、結菜が紡いだ言葉に俺は戦慄することになる。
「今晩、一緒に寝て」
同衾の誘い。普通であれば当然断るのだが、負い目がある分断りにくい。だが、同衾は流石にまずい。もしも親に見つかったら言い訳できない。俺はなんとか結菜を説得しようと口を開く。
「それはさすがにやばいだろ。父さんたちに見つかったらどんな言い訳も無意味だ」
「ママたちは二階には上がってこないから大丈夫だよ。今までだって来た事ないじゃん」
「確かにそれはそうだが、万が一ってことがあるだろ」
「言い訳無用。約束破ったんだから罰は受けてもらいます」
有無を言わせぬ迫力で、結菜が押し通そうとしてくる。それをなんとか阻止しようと俺は尚も食い下がる。
「他のことだったらどんな罰も受ける。だから一緒に寝るのだけは勘弁してくれ」
「じゃあ、セックスして」
「それは無理だ」
「だったら一緒に寝る。それ以外は認めない」
結菜からすれば一緒に寝て俺を誘惑するつもりなのだろうが、俺だって同じベッドで寝るとなると自分を抑えられる自信がない。
だが、これ以上は結菜が引き下がる様子はなかった。しかたなく俺は了承する。
「わかった。今晩だけだぞ」
「よろしい。それじゃ、またあとでね」
そう言って結菜は自分の部屋に戻っていく。俺は溜め息を吐きながら部屋に戻ると、部屋着に着替える。
学校の勉強に取り組むが夜のことが気になって集中が続かない。俺は勉強を諦めて読書に切り替える。
そうして時間を潰していると由仁さんに呼ばれ、俺は一階に下りる。
今日の夕食はウナギだった。夜結菜と一緒に寝る日に限ってウナギとは、狙っているんじゃないかと勘繰りたくなる。ウナギは精力を高める食材として知られており、意識せざるを得なかった。
「いただきます」
俺はウナギに山椒を掛けてご飯に乗せると、勢いよく口へかきこんだ。結菜はそんな俺の様子を見て、にやりと笑う。
「それ、今日私が買ってきたんだよね」
「そうよー。結菜ったら頼んだものと別にウナギを買ってくるんだもの。日持ちしないから晩御飯のメニューを変えざるを得なかったわ」
「だって久しぶりにウナギ食べたかったんだもん」
なるほど。晩御飯がウナギになったのは結菜の仕業か。つまりこれは結菜の仕組んだ罠だ。俺に精のつく食べ物を食べさせて夜に備えるという巧妙な罠だ。それを悟った俺は思わず箸が止まってしまう。
「どうしたの。しっかり食べないと」
「ああ……」
結菜に促され、俺はしぶしぶ箸を口へ運ぶ。ウナギを食べ終えると、心なしか股間が疼くような気がした。いや、それはさすがに何かの間違いだろう。俺が意識しすぎてるだけだ。
俺は冷静になる為に風呂に移動する。シャワーで頭を洗い流し、気分を落ち着ける。俺より先に結菜が風呂に入っていたせいで、結菜の残り湯という余計な妄想をしてしまう。いつもより長風呂になってしまったが、気分を落ち着けることには成功した。
風呂を出た俺は自分の部屋に移動する。部屋のドアを開けると、既に結菜が俺のベッドの上にちょこんと座っており、湯上りの色っぽい仕草が切り替えた俺の心を惑わした。
「もう来たのか」
「うん、お風呂あがってすぐに来た」
結菜は自分の隣をぽんぽんと叩きながら、俺に座るように促す。俺は隣に座ると、結菜を横目で見やった。しっとりとした黒髪から、芳香な香りが漂ってくる。この香りだけで、脳が溶かされるような心持ちになる。俺は頭を振って煩悩を振り払いながら、ゆっくりと深呼吸した。
「緊張する?」
「そりゃな。久しぶりだし、お前と寝るのは」
不意に結菜が俺の胸に耳を当ててくる。
「ほんとだ。どきどきしてる」
高鳴る鼓動、戦慄く唇。俺は心を静めることができず、早くも今夜眠れる気がしないと溜め息を吐く。そんなことは露知らず、結菜は俺に体を預けてくる。この誘惑にはさすがの俺も参った。風呂上がりの上気した頬が、色っぽさを醸し出し、シャンプーの香りが鼻腔を擽ってくる。
「枕は持ってきた。寝よっか」
結菜は枕を抱えると、そう提案してくる。俺は頷くと、明かりを消した。結菜と並んで横になる。俺はできるだけ結菜の誘惑に逆らえるように、結菜に背を向けて横になった。すると、結菜が人差し指で俺の背中をゆっくりとなぞっていく。背筋にぞわりとした感覚が奔り、俺は身震いする。
結菜が耳に息を吹きかけ、ハスキーな声で俺に宣戦布告する。
「今夜は寝させないよ」
結菜の甘い吐息が耳朶を打つ。鼓膜を通じて脳に振動をもたらし、俺の理性を吹き飛ばしにかかってくる。
俺は瞑目し、必死に寝ようと羊を数える。だが、結菜が息を吹きかけると、羊が結菜の艶やかな唇にすげ変わる。
結菜は俺の体を指で擦りながら、吐息を吹きかけてくる。甘い誘惑に俺の脳内はすっかりピンク色に変えられてしまった。
ウナギの効力か、俺の股間は限界まで膨張し、テントを張っている。結菜はあえてその部分に触れず、俺の体を撫でまわしてくる。
たまらず俺は寝返りを打つ。結菜の方に顔を向けると、結菜は満足そうににまーっと笑った。
「やっとこっち向いてくれた。キスしちゃう?」
そう言って結菜が唇を近づけてくる。俺はそれを手で制しながら、首を横に振る。
こんな状況でキスなんてしてしまったらそれこそ止まらなくなる。最後までしてしまうだろう。
それだけは避けなければならない。俺は理性を働かせ、大きく息を吐く。
「キスはしない。大人しく寝ろ」
「ふふ、照れてるんだ。本当はしたいんでしょ」
当たり前だ。高校生男子なんてやりたい盛りの年齢だ。それを理性を働かせて踏ん張っている俺の身にもなってほしい。
結菜は微笑むと、俺の胸に顔を埋めてくる。髪からシャンプーの香りが俺の理性を破壊しにくる。
「離れろよ」
「やだー。くんくん、男くさい。穂高の匂いがする」
結菜は顔を埋めて匂いを嗅いでくる。その様子がまるで犬みたいで、俺の庇護欲が強烈に刺激される。
俺は結菜にできるだけ触れないように意識しながら、結菜の誘惑に耐える。
だが、それで引き下がる結菜ではない。俺の胸から顔を離すと、次はパジャマのボタンを一つ一つ外していく。
「おい、それ以上は追い出すぞ」
「ちょっと暑いから胸元開けるだけじゃん。それとも、この程度で我慢できなくなっちゃうのかな?」
結菜の挑発を軽く流せず、俺は押し黙る。
結菜は俺の制止も聞かず、胸元のボタンを外すと、谷間を露出させる。ごくりと生唾を飲み込む音が、部屋に響いた。
「視線、めっちゃ見てるじゃん。えっち」
「当たり前だろ。そりゃ見るっての」
こればっかりは男の性だから仕方ない。目の前に巨乳があって、その谷間が蠱惑的に誘っていたら視線が吸い寄せられてしまう。俺の視線を感じながら、結菜が満足そうに笑う。
結菜が俺の手を取り、自分の胸に当てる。
「私も緊張してるんだよ。ほら。すっごくどきどきしてる」
手を胸に押し当て、結菜が頬を赤く染める。胸の柔らかな感触が手に伝わり、じんわりと汗が噴き出してくる。
反射的に手を閉じて胸を揉んでしまう。
「もっと揉んでいいんだよ」
そう言われ、俺はすんでのところで理性を取り戻す。胸から手を離し、目頭を押さえる。
「勘弁してくれマジで」
「今のは惜しかったなー」
楽しそうに結菜が笑う。
結菜は本気で俺とセフレ関係に戻りたいようだ。そこまでして俺を求めるほど、俺とのエッチは良かったのだろうか。
男の俺と違い、女はセックスに相性を求めると言うが、余程俺との相性が良かったのか。
疑問は残るが今はそんなことを考えている場合ではない。この状況を打破しなければ、俺が安眠する未来はやってこない。
「ねえ、穂高。もし、私と兄妹じゃなかったら、今もセフレだった?」
不意に結菜がそう呟いた。
「そうだな。俺もお前とするのは嫌いじゃなかったし、関係続けてたと思う」
「じゃあ私の身体が満足できないってわけじゃないんだ」
「当たり前だろ。お前の身体は最高だよ」
「そっか」
結菜はそう溢すと、俺に背を向けた。
「今日はこのぐらいにしといてあげる」
そう言うと結菜は目を閉じたようだった。安堵した俺も結菜に背を向ける。
だが、散々誘惑された挙句、この生殺し状態は流石に厳しいものがあった。
息子の元気は収まらないし、心臓は高鳴ったままだ。俺は溜め息を吐くと寝息を立て始めた結菜の背中をつついた。
「何?」
「お前のせいで寝れないんだが、どうしたらいい」
「抜いてあげようか?」
「それはいい」
結菜を起こしたのはせめてもの意趣返しだ。俺の苦しみを分かち合ってもらおうと思ったのだ。
寝れないのなら話し相手がいたほうがいい。結菜には夜更かしに付き合ってもらうことにした。
「そういえば班目と連絡先を交換した」
「え、なにそれ」
結菜が食いつく。俺はその勢いに若干気圧されながら、要した建前を口にする。
「俺がストーキングをしないかどうかの監視の意味合いが強いそうだ。俺も人脈を広げる意味でちょうどいいと判断した」
「えー、なんか納得できない」
結菜は頬を膨らませながら、眉を潜めた。
「なんでそんなに班目と連絡先交換するの嫌がるんだよ」
「それは、だって……班目さんは敵だし」
どこか言い訳っぽくそう言う結菜に俺は苦笑する。
「まあ、悪かったよ」
それから夜遅くまで雑談に興じた俺たちは次の日の朝、いつもより起きる時間が遅くなるのだった。
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