第12話

穂高視点


 放課後。結菜と落ちあい選挙のポスターを貼って回る。

 それが終わると教室に戻り選挙戦の打ち合わせを行う。


「というわけで、選挙前に討論会がある。その討論会の結果は選挙に大きく左右するだろうから、気合入れていかないとな」

「そうだね。正直討論なんてしたことないけど、がんばるよ」


 結菜は小さくガッツポーズを作り、鼻を鳴らして気合を入れている。

 討論会は希望する生徒だけが観覧できるシステムだが、毎年かなりの生徒が観覧を希望する。この学校において選挙がいかに注目度が高いかが現れるイベントだ。

 討論会の流れはお互いの公約を発表し、それから質疑応答という感じだ。

 選挙に勝つには、この討論会で負けないことが重要となる。


「この討論会を戦ううえで、俺たちはひとつアドバンテージがある。事前に相手の公約を把握していることだ」

「穂高が情報収集してくれたんだよね。ありがと」

「つまり、事前に質問を考えて臨めるということだ」


 相手はまだ俺たちの公約を知らない。だから俺たちの公約発表と同時に質問を考えなければならない。だが、俺たちは事前に対策を立てることができる。


「当然、突っ込むべきは恋愛禁止の部分だな」

「わかってる」


 久世、班目ペアに勝つには、相手の弱点部分を徹底して攻めることが大事だ。


「一番はやっぱり生徒の自由を奪うのはどうかってことだと思う」


 結菜が冷静に質問を考える。いい切り口だと思う。うちはそこまで自主性を重んじている学校ではないが、近ごろは生徒の自主性を重んじる学校が増えている傾向にある。その観点から見れば、恋愛禁止は少々厳しすぎる校則だ。


「これは俺が集めた情報だが、班目が推した案らしい。風紀委員らしい提案と言える」

「班目さんはお堅いからねー。らしいといえばらしいかな」

「つまり、恋愛禁止に突っ込んだら班目が回答してくる可能性が高い」

「わかった。質問は私がする形でいいの?」

「そこはやはり会長候補がする方がいいだろう。相手からの質問に関しても、できるだけお前が答えるようにしてくれ」

「わかった」


 打ち合わせはこんなところだろう。俺は書類を片付けると、席を立った。


「じゃあ俺は先に帰るから」

「待って」


 帰ろうとした俺の腕を、結菜が引いた。


「なんだよ」

「さっきママからメッセ入って、おつかい頼まれたの。荷物手伝って」


 正直、結菜と学校外で一緒に行動するのはリスキーだ。だが、家族として買い物を手伝わなければいけないというのも理解できる。できるだけ目立たないようにする為、俺はひとつの案を口にする。


「じゃあ別々に現地に行こう。場所はスーパーでいいのか」

「えー、わざわざ別々に行くの」

「しかたないだろ。学校から出るところを一緒だと、変な勘繰りをされかねない」

「もう兄妹だってことばらしたらいいのに」

「それは嫌だ。俺が注目される」


 なんとか結菜を説得し、スーパーまで別々に行くことになった。

 先に結菜が学校を出て、その後を俺がついていく。適度に距離を開けながらついていく。

 学校を出てしばらくすると、不意に背後から肩を叩かれた。

 振り返ると、ショートカットの黒髪に眼鏡をかけた女子、班目飛鳥が立っていた。


「あなた、和泉さんをストーキングしてますか。風紀委員として見過ごせません」

「ちょっと待て。俺は別にストーキングしてるわけじゃない」

「信じられません。学校を出てから距離を開けながら和泉さんの後をついていってるじゃないですか」

「そういうお前はどうなんだ」

「あなたが妖しかったので尾行しました」


 班目は話を聞く様子はない。有無を言わせぬ迫力で、スマホを取り出すと俺にその画面を見せてくる。そこには一一〇と表示されていた。


「通報されたくなかったら一緒に来てください」

「わかった。従うよ」


 完全に無罪だが、通報されて面倒に巻き込まれるのはごめんだ。それに通報されたら俺と結菜が兄妹だということがバレるかもしれないしな。

 俺はスマホを取り出すと、結菜に「問題が発生して行けなくなった」とメッセージを送ると、大人しく班目の後に付き従った。

 学校に戻った俺は風紀委員が使っている教室まで連れていかれる。そこで、椅子に座らせると班目の尋問が始まった。


「それで、どうして和泉さんをストーキングしていたのですか」

「だからしていない」

「まだ認めませんか」


 班目の眼光が鋭く光る。

 

「反省文を書いてもらえれば今回は見逃してあげますよ。今後しばらくあなたの行動は監視させてもらいますが」

「そんなものを書くつもりはないし、俺は何もしていない。あそこにいたのは用事があったからだ」

「いいんですか。通報しますよ」


 ダメだ。話を全く聞いてくれない。こんなに思い込みの激しい奴だったのか。俺は溜め息を吐きながらどうしたものかと頭を悩ませる。

 そこへ不意に引き戸が開いた。


「飛鳥、やっぱりここにいた。どうした。まだ風紀委員の仕事か」


 入ってきたのは選挙戦で班目とペアを組む久世壮亮だった。


「壮亮……今このストーキング犯を捕まえたから尋問してるとこ」


 班目は久世を見ると素直に現状を説明する。わずかに目を逸らしながら髪を触る。


「ん、安城くんが? 何かの間違いだろ?」

「この人のこと知ってるの?」

「何言ってんだよ。この間会っただろ。選挙出る和泉さんのパートナーだよ」


 久世にそう言われて初めて俺に気付いたのか、班目が眼鏡に手を掛ける。


「和泉さんのパートナー。あなたが?」

「そうだよ」


 班目は眼鏡を光らせると、俺をじっと観察する。ごくりと生唾を飲んで、俺はそれに耐える。


「ですが、和泉さんの後をつけていたのは事実なんです」

「何か用事があったんじゃないのか。お前の早とちりだと思うよ」

「うるさいです。というか壮亮は何の用ですか」

「ポスター貼り終わったから俺は先帰るぞって言いに来ただけだよ。それじゃ僕は帰るから、安生くんを解放してあげなよ」


 そう言うと久世は教室から出て行った。その姿を呆然と見送った班目は、一つ大きく息を吐くと胸を撫で下ろした。

 俺はその様子を見て、カマをかけてみることにした。


「それにしても意外だな。班目に好きな人がいたなんて」


 俺がそう言うと、班目は露骨に反応した。反射的に俺の方を振り返り、狼狽する。


「な、なんのことですか」

「好きなんだろ、久世のこと」

「…………」


 俺が口にしたことを反芻するように呟きながら班目は俯いた。


「……なんで、わかったんですか」


 ビンゴだ。班目の様子を見てもしやと思ったが、班目は久世に恋している。


「なんとなく。お前の様子を見てたらもしかしたらと思ってな」


 班目が赤面する。その表情は普段のお堅い表情からは想像できないものだった。


「どうするつもりですか」

「どうもしない。俺をここから解放してくれれば」

「脅すつもりですか」

「何度も言うように俺は和泉をストーキングしてたわけじゃない。だから解放してくれ」

「……わかりました」


 ようやく、班目が折れた。溜め息を吐きながら後ろを向くと、頬を張った。


「顔には出さないようにしてたつもりなんです」


 唐突に、そう溢し始める。


「壮亮を好きなこと、誰にもバレるつもりはなかったのに」


 きっと俺を睨む班目。しかし、不思議なこともあるものだ。班目は久世に恋しているのに、なぜ恋愛禁止なんて公約を推したのだろう。俺は疑問に思い、そのまま聞いてみることにした。


「なあ班目、なんで恋愛禁止なんて公約立てたんだ」

「なんで知ってるんですか」

「風のうわさで聞いたんだよ」


 そう言うと、班目は俺をジト目で睨むと、ふーっと息を一つ吐いて語り出した。


「……壮亮を、誰にも取られたくないから」


 そんな自分勝手な理由だったのか。てっきり風紀委員だから規律に厳しいだけかと思っていたが。


「告白すればいいじゃないか」

「簡単に言わないでください! 私と壮亮は幼馴染で、小さい時から一緒にいるんです。壮亮からしたら私を異性として意識なんてしてないですよ」


 なんか最近同じようなことを聞いた気がする。


「ひょっとして放送部の悩み相談に投稿したの、お前?」

「そうですよ。悪いですか」

「いいや、悪くはないと思うぞ」

「和泉さんの言う通り、お弁当を作って壮亮に渡しました。ちょっとは私のこと意識してくれたらなと思って頑張ったんです」


 班目は堰を切ったように滔々と話す。随分一人で思い悩んでいたのだろう。誰にも相談できなくて抱え込んできたのだろう。それを思うと、俺は少しだけ班目に同情した。


「でも告白する勇気なんて出ません。もし告白が失敗して関係が変わってしまうようなことがあったら……私は耐えられないです」


 だから誰にも取られないように恋愛禁止か。班目が純粋に恋する乙女をしていて、なんだか班目に抱いていたイメージが少し変わった。


「まあ頑張れよ。俺で良ければ相談乗るし」

「本当ですか?」


 班目が食いついてくる。これまで誰にも相談してこれなかったからか、相談相手というのが新鮮に映ったのだろうか。ずっと抱えてきた秘密を知られてしまったことでタガが外れたのだろうか。


「ま、まあ選挙戦に影響しない範囲なら」

「ぜひお願いします」


 目を輝かせてそう言う班目に苦笑しながら、俺は頷いた。


「さっそく相談なんですが、壮亮はモテると思いますか」

「モテると思う」

 

 即答すると班目が血反吐を吐く素振りを見せた。

 実際、久世はモテるだろうなと思う。圧倒的なカリスマ、成績優秀と頭もいい。顔は普通だが清潔感もある。男から見てもモテる要素は揃っているように思う。


「そうですか……モテますか」

「まあだからライバルは多いってことだな。だから後悔しないようにした方がいいと思うぞ」

「それは告白しろってことですか」

「いいや。まずは女として意識させるところからだな。それができなきゃ話にならない」


 幸い、班目は女性らしい体つきをしている。男の情欲を刺激するにはちょうどいい塩梅だ。


「まあ、じっくり攻める方向でいいと思うぞ。恋愛は持久戦だ」

「その為にも恋愛禁止は絶対ですね」

「悪いがそれは阻止する」


 班目がむすっと頬を膨らませる。だが、こればっかりは結菜を勝たせる為にしかたのないことだ。


「わかりました。それは選挙で決着をつけましょう。ですが……これからも相談させてください」

「了解した。連絡先交換しとくか」

「はい、お願いします」


 そうして俺は思わぬ形で班目の連絡先を手に入れた。人脈を広げる意味でも、このつながりは大きいだろう。


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