第11話
それから何事もなく一週間が過ぎた。今日は選挙の立候補者の公示がある日だ。この一週間、結菜は放送部のラジオで知名度を上げた。お昼の放送は生徒たちの間で好評で、話題にも上がっている。俺もクラスで結菜の話をしている生徒を見かけたぐらいだ。ラジオ作戦は概ね良好と見ていいだろう。
学校に着くと、既に掲示板に立候補者の名前が公示されていた。やはり立候補したのは久世、班目ペアと俺たちだけだった。
クラスに移動すると視線を感じる。原因ははっきりしている。俺が結菜と立候補したからだろう。好奇の視線がほとんどだが、中には殺意のこもった視線も混じっていた。
教室に入ると、一輝が手を上げて俺を呼ぶ。
「おはよう。凄い噂になってるぞ。和泉さんが会長に立候補するって」
「だろうな。むしろ話題になってくれなきゃ困る」
「で、どうだ。注目を浴びる気分は」
「最悪だ。針の
俺が教室で一輝と談笑していると、遠慮がちに男子生徒が近づいてくる。
「なあ、安城。和泉さんと会長選に出馬するんだろ。和泉さんとはどういう関係だ」
「和泉に頼まれた。そしてただの友人だ」
兄妹になったことを除けば、今はただの友人だろう。過去にはセフレだったが。それを聞いた男子生徒は胸を撫で下ろすと、苦笑を浮かべる。
「そうなんだな。和泉さんと仲良かったんだ。でさ、和泉さんって彼氏とかいたりする?」
「知っていたとしても言いふらす趣味はない。気になるなら自分で本人に聞けばどうだ」
そう言うと男子生徒はばつが悪そうに渋面を作った。自分で聞く勇気は持ち合わせていないのだろう。
「話はそれだけか」
有無を言わせずそう告げると、俺は文庫本を取り出し読書を始める。
「ああ」
俺の態度を見た男子生徒はゆっくりと離れていった。
やはり注目されるのは嫌いだ。ひっそりと学校生活を送りたいという俺のささやかな願いはどうやら叶いそうにない。俺は溜め息を吐きながら文庫本に目を落とすと、文字列を追うのだった。
結菜視点
学校に着くと教室に辿り着くまでにいろんな人に声を掛けられた。穂高に愛想よくしておけと指示されていたので、私は律儀に対応する。今日は選挙戦の立候補者が公示される日だから、それでみんな私が立候補することを知ったのだろう。
会長の座を争う久世くんはオーラが凄い人だったけど、私だって負けるつもりはない。なにより穂高が手伝ってくれるのだ。二人で絶対に勝ちたい。
お昼の放送の効果か、以前よりも人に声を掛けられる機会が増えたと思う。みんな親しみを込めて私のことをゆいにゃんと呼ぶ。その名前を聞く度、ちゃんとお昼の放送の効果は出てるんだなって感じる。
教室に辿り着くと、友達の美奈が私を見つけ手招きする。
「おはよう結菜、凄い騒ぎね」
「そうだね。みんな久世くんたちしか選挙出ないって思ってたから、対抗馬の出現に驚いてるんじゃない」
「でも、結菜人気あるから今頃安城くんは大変かもね」
「どういうこと?」
「結菜のパートナーとして選挙戦に出るってことは関係を勘繰る生徒がいてもおかしくないってこと」
「ああ、そっか」
一応、私は自分の人気があることを自覚はしている。クラスの子にも会長に推されるぐらいだし、男子から告白も受けたことがある。それでもその人気を素直に喜ぶ気にはなれなかった。私はたった一人が振り向いてくれたらそれでいいのに。あの失恋から私は自分を変える努力をした。それが報われて今人気者になっているのは嬉しいことだけど。
「でも、兄妹だからってのは置いといても、安城くんって人選悪くないと思うよ」
美奈がそう言って私を見やる。
「久世くんと班目さんが学年二位と三位のペアだから陰に隠れてるけど、安城くんって入学以来一度も学年一位の座を譲ってないし」
「そうなのよ。私も知らなった。穂高との付き合いは長いのに」
「なんか目立たないのよね。凄いことなのに。でも、だから言い訳もできるでしょ。安城くんをペアに選んだのは学年一位だからってさ」
「それもそうだね」
実際、穂高が頭いいのは知ってたけど、まさか不動の学年一位とは知らなかったし。私も穂高の近くにいたのに、全然穂高のことを知らないのだと自覚させられた。
「まあ私は結菜から安城くんのことを色々相談されてたから、時々観察してたんだけど、目立たないけど仕事できるオーラがあるのよね」
「そうなの?」
「うん。それこそ裏で暗躍する陰の実力者みたいな感じ」
「アニメの見過ぎだよ」
美奈はアニメオタクだ。なにかにつけてアニメの話題に引き込もうとしてくる。私はアニメとかはあまり見ないからわからないけど、時々美奈のアニメ鑑賞に付き合ったりしているから人並みには話に付いていける。
「でも、マンガみたいだよね。好きだった人と体だけの関係になって、あげく兄妹になっちゃうなんてさ」
「でも兄妹になったせいで穂高が頑なに体を許してくれないんだよね」
「セフレからじっくり篭絡していく作戦が遂行できないわけだ」
そう。私は穂高が好きだ。中学の頃、穂高に告白したが振られている。本人はまったく覚えていないみたいだけど。中学の頃の私は地味だったし、今みたいに明るい感じでもなかった。失恋をきっかけに自分を変えようとしたのだ。今度は穂高に振り向いてほしくて、それを原動力に頑張った。その努力の甲斐あって私は高校デビューを果たし、人気者になった。そして数合わせで参加した合コンで穂高と再会した時、運命だと思った。もう一度穂高に恋をするチャンスだと。だけど、私は告白する勇気を持てなかった。いくら自分を変えても、本質は全く変わっていなかった。それでも穂高との関係を繋いでいたくて、セフレになることを提案したのだった。
思い返してみれば、自分でも相当大胆なことをしたと思う。それでも実際に穂高として、私は満たされた。穂高は優しかったし、責めが丁寧だった。その行為に愛がないことはわかっていても、私は穂高を求めた。体の関係を続けているうちに、穂高をゆっくり振り向かせていく算段だった。
だけど、穂高はまったくもって隙を見せてくれない。自分のことは話さないし、私のことも知ろうとしなかった。それがもどかしくて、同時にせつなかった。
「穂高の言うこともわかるんだよ? 家族に知られたらまずいのは確かだし。でも、一つ屋根の下に暮らしてるのにできないって生殺しだよ」
「結菜って自信がないんだよね。だから体で訴える」
「だって本質は根暗のままだもん。昔は眼鏡も掛けてたし、一層暗かった」
「私は昔の結菜も可愛くて好きだったけどね」
「私の頑張りを否定しないで」
「ごめんごめん」
穂高が私のことを覚えていなかったのはショックだった。確かに私の容姿はだいぶ変わったし、その点に関しては自分を誇れるようになったと思う。でも、同時に忘れられているというショックが確かにあった。私は告白する時にちゃんと名乗ったし、あの時の自分の精いっぱいの想いをぶつけたつもりだ。それなのに名前を憶えられていなかったのはショックだった。
ママが再婚し、その相手が穂高のお父さんだと知った時はめちゃくちゃ嬉しかった。これで今まで以上に穂高のことを知れると思ったし、同時に私のことを知ってもらえると思った。でも、兄妹になってしまったからこそ、上手くいかないこともあるのだと知った。穂高は私を抱いてくれなくなったし、私の誘惑にも乗ってこない。
「はあ、結構頑張ってるんだけどな」
溜め息が漏れる。私だって積極的に穂高を誘惑するのは恥ずかしい。もう体を見られてやるところまでやった関係だからそんなことはないだろと思うかもしれないが、それとこれとは別なのだ。恥ずかしいものは恥ずかしい。それでも穂高に振り向いてほしくて頑張って誘惑してるのに。
「なんだか自信失くすなぁ」
机に突っ伏す。私の髪を手で梳きながら、美奈が微笑む。
「まあ、恋愛は持久戦ですよ、お姉さん」
「そうよね。そうだ」
そう。恋愛は持久戦だ。短期決戦では結果が出ないのは中学の時に実証済み。持久戦にのみ活路がある。だからこれからもめげずに穂高を誘惑していくつもりだ。いくら穂高が拒否しようと折れるつもりはない。私は今できることをやって、機会を待つのだ。その瞬間が来るまで、息を殺して待つのだ。
「ありがとう美奈。なんかやる気出てきた」
「どういたしまして」
その為にもまずは生徒会長選挙だ。二人の共同作業。会長選に二人で協力して勝利すれば、仲もきっと深まるはずだ。その為にも私はこの選挙戦、負けるわけにはいかない。
でも、私の成績が悪いのは懸念点だと穂高も言っていた。すぐに成績を上げるのは難しいけど、少なくとも赤点を回避できるぐらいには成長しないと。その弱点部分は目を瞑るとして、私が勝てるとしたらアイドル性の部分だろう。確かに久世くんは凄いオーラがあったけど、決してイケメンというわけじゃない。アイドル的な人気を獲得できるとしたら私に分があるはずだ。それを見越して穂高も私に放送部のラジオをやれって言ったんだろうし。
なら、私がすべきことは媚びるようなファンサービスだろう。話し掛けられたらできるだけ愛想よく対応して、笑顔を振りまく。それが私にできるこの選挙戦の戦い方。
穂高は私のパートナー。自信を持ってそう言えるように、私自身頑張らなきゃいけないことがたくさんある。穂高は穂高で頑張ってくれるだろうし、私も穂高の期待に応えないといけないし、応えたい。その為に、私は自分を変えた時と同じように、心に努力のスイッチを入れ、闘志を燃やすのだった。
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