第10話

 家に帰ると、既に由仁さんがパートから帰ってきていた。夕飯の準備をしているようだ。

 俺は階段を上がり自分の部屋に入ると、視界に飛び込んできた光景に絶句する。ベッドの掛布団が異様に膨らんでいるではないか。俺は溜め息を吐きながら掛布団を捲った。


「なにやってるんだ、結菜」

「あは、バレたか。ちょっとしたどっきりだよ」


 ベッドの上で蹲りながら結菜がてへぺろと舌を出す。制服姿のままベッドに寝転ぶ結菜は、スカートをたくし上げながら俺を誘惑してくる。


「食べる?」

「食べない」


 結菜の頭にチョップをしてベッドから下ろす。結菜はベッドの上に改めて座りなおすと、唇を尖らせながら言う。


「凄いよね、穂高って。普通私ぐらいの美少女に誘惑されたら目をぎんぎんにして襲い掛かってくるもんだと思うけど」

「高校生男子が卑猥なことばかり考えていると思うなよ」


 俺は確かに性欲は強いという自覚はあるが、理性まで失っているわけではない。結菜がいくら誘惑してこようが、鋼の精神でそれを退ける自信がある。


「はあ、つれないなぁ。仕方ない、着替えるか」


 そう言って結菜は目の前で制服を脱ぎ捨てた。下着姿になった結菜を見て、俺は動揺する。


「おい、着替えるなら自分の部屋で着替えろよ」

「サービスじゃん。やれなくても目の保養になるでしょ」


 確かに結菜の下着姿は煽情的だ。胸の谷間がくっきりと見えるし、スタイルの良さがはっきりと出ている。というかこいつ着替え持ち込んでいやがったのか。結菜は色っぽい動きで俺に生着替えを見せつけると、部屋着姿になった。


「それでお兄ちゃん、せっかくだからゲームをしよう」

「ゲーム?」

「兄妹仲を深めるにはゲームが一番だと思うの。だからやろう」

「まあ別にかまわんが」

「やった!」


 そう言うと結菜はベッドの下から小さな箱を取り出した。


「ツイスターゲーム? なんだそれ」

「ツイスターゲームを御存じない? プレイヤーは指示された色の箇所に手や足を置いて行って、最後まで倒れなかった方の勝ちっていうシンプルなゲームだよ」


 そういうゲームがあるのか。ゲームには詳しくないから知らなかった。

 というか、こいつナチュラルに人のベッドの下から出しやがった。知らない間に俺の部屋に出入りしているのだろうか。


「クリスマス会でもらったやつなんだけど、する機会なくてさ。せっかくだから一緒に遊んで」

「わかったよ」


 結菜が箱からマットを取り出し、部屋に広げた。様々な色の丸が描かれたマットだ。なるほど、これで色の出たところに手足を置いてくゲームか。シンプルだが難しそうなゲームだ。体勢を考えながら体を動かさなければならないし、体の柔軟さも問われるゲームだろう。


「それじゃ穂高からどうぞ」


 そう言うと、結菜は機械のスイッチを入れる。すると、赤と表示された。俺は足を赤の丸の上に置く。

 次いで結菜の番。青と表示されたので、結菜も足を青の丸に置く。どうやらこれは二人でもできるタイプらしく、機械が自動的に指示を出してくれるようだ。

 続いて俺の番。緑と表示される。俺は手を緑の丸に置いた。というか、このゲーム結構相手プレイヤーとの距離が近い。自分の手足の置く場所によって相手の妨害をすることも考えるゲームなのか。

 しばらく続けていると、だんだんと体勢がきつくなってくる。俺は両手を後ろに付いて結構きつい体勢になっていた。


「青ね。ふふ、なら」


 結菜が指示に従い青い丸を探す。そして自分の近くにある青い丸じゃなく、俺の近くにある青い丸に手を伸ばす。


「むぐっ」


 結菜の胸が俺の顔に押し当てられる。甘い香りが鼻腔を擽り、俺の脳内を犯していく。おっぱいを押し当てられ、俺は咄嗟に呼吸を求めて鼻で息を吸う。そうする度に空気は入ってこず、結菜のフェロモンが鼻を通して脳内に侵入してくる。俺はたまらずその場に尻を付いた。


「はい、穂高の負け」


 結菜が嬉しそうにガッツポーズを作る。確かに俺の負けだ。結菜がこのゲームを提案したのは他の目的があったからに違いない。俺と絡み合い、俺を誘惑する為にこのゲームを提案したのだ。

 だからといって結菜の思惑通りになってたまるか。

 このゲームに勝って、俺は誘惑に屈しないというところを見せてやる。

 二戦目も、最初こそ体勢は楽だがだんだんと厳しい体勢になってくる。結菜の体が触れ、俺の体から力が抜けていく。今度は結菜は俺に尻を向ける体勢になっており、俺の顔の前に結菜の大きな尻が突き出される。俺はその尻からできるだけ距離を取ろうとするが、次の指示に従おうとして体勢を崩して結菜の尻に顔を突っ込んでしまう。


「ひゃん!」


 結菜が嬉しそうに声を上げる。またしても結菜の思惑通りに事が運んだことに俺は歯噛みする。柔らかな尻の感触が頬に伝わり、俺は息子が元気になっていたのだった。

 そのテントを張ったのを隠す為、俺は咄嗟に前かがみになる。だが、それを結菜が見逃すはずもなく、にやりと微笑むとじーっと視線を送ってくる。


「反応しちゃった?」

「うるせー!」


 俺は結菜にからかわれて赤面する。既に体の関係になっているとはいえ、こればっかりは慣れない。経験すれば男は女に慣れるようになると言われているが、体の誘惑はさすがに反応してしまう。


「やめだ。やめ。心臓に悪いわ」

「ええーもっとやろうよ。負けたままでいいの?」

「その手には乗らねえよ」


 別に俺は負けず嫌いじゃない。結菜に挑発されたところで、素直に乗るほどお子様ではないのだ。


「ちぇ、つまんないの」


 口ではそう言ってはいるが、結菜は満足そうだ。たっぷり俺を誘惑できたのだから当然だろう。


「ほら、もう出ていけ。俺は勉強する」

「ええー、もっと遊ぼうよ」

「また今度な」


 強引に結菜を追い出す。一刻も早くそうしなきゃいけない状況がそこにあった。元気百倍の息子を鎮める為、俺はベッドに寝転んでズボンを下ろすのだった。


 結菜と暮らし始めてから、明らかに自家発電の頻度が増えている。これも結菜の誘惑の影響だろうと思うが、これでも結菜に手を出していない俺を誰か褒めてほしいものだ。行為を終えたティッシュをゴミ箱に放り込みながら、俺は静かに息を吐く。同じ屋根の下で女性と暮らすというのは、男にって思っていた以上に難しい。やはり自己処理の機会を探すのに苦労する。一人で部屋でしていたとしても、突然部屋に入ってこられたらという不安があるし、そうなるとできるときは限られてくる。

 以前、結菜の行為中に部屋をノックしたことがあるが、もしノックせずに部屋を開けていたらと思うと、頭を抱えたくなる。

 学校の男子たちも、結菜がこんなに淫乱だと知ったら失望するだろうか。いや、むしろ興奮するかもしれない。高校生男子とはそれほどまでに性に飢えている生き物なのだ。


「結菜、穂高くん、ごはんよー」


 一階から由仁さんが俺たちを呼ぶ声が聞こえる。俺は返事をし、すぐさま一階に下りた。父さんはまだ帰っていないらしいが、テーブルの上には父さんの分の食器も並んでいた。


「今日はカレーですか」

「そうよ。重孝さんから聞いてるわ。穂高くん、辛いカレーが好物なんでしょ」

「そうですね」


 そう言ってテーブルについて手を合わせる。結菜も遅れてやってきて、テーブルに着いた。結菜のカレーと俺のカレーの色が違った。結菜の方のカレーは黄色っぽく、俺のカレーは黒っぽかった。


「わざわざ味分けてくれたんですか」

「たいした手間じゃないから気にしないで。結菜は辛いのだめなの」

「ええー、穂高くん辛いのいける人なんだ」


 結菜が舌を出して顔をしかめる。そうか、結菜は辛いの苦手なのか。また新し一面を知ったな。俺はスプーンでカレーを掬うと、口へ運ぶ。


「うん、美味い」


 辛さが口の中を刺激し、鼻につんと抜けていく。この刺激がたまらなく俺は好きだ。それでも本格的な辛さはない。ピリ辛程度なので、少し物足りなさは感じる。

 平然とした顔でカレーを頬張る俺を見て、結菜がそんなに辛くないのかなと言い出した。


「食べてみるか」


 俺は一口カレーを掬うと結菜にスプーンを差し出した。

 今更間接キスを気にする間柄でもない。それは結菜も同じなのか、平然とスプーンにぱくついた。


「んんーっ……!?」


 途端に顔をしかめ、涙目になってしまう。どうやら結菜にはこの程度の辛さでも無理らしい。水を求めて由仁さんに手を伸ばしている。由仁さんは苦笑しながらコップに水を灌ぐと、結菜に手渡した。

 結菜はそれを一息に飲み干すと、顔を仰ぎながら荒い呼吸を繰り返す。


「こんなに辛いの食べる人って何がいいの」

「これがいいんだよ」


 辛党と甘党は分かり合えない。それは古来から繰り返されてきた戦争だ。俺は激辛メニューとかもいける口だから、結菜とは根本的に舌が違うのだろう。

 それから結菜は俺のカレーには目もくれず、自分の皿のカレーだけを一心不乱に食べていた。この辛さでも無理となると、結菜の皿に入っているのは恐らく甘口だろうな。意外に子供舌なところが可愛く思え、俺は噛むように笑った。

 それから食事を続けていると、父さんが帰ってきた。父さんは疲れた顔をしていたが、俺たちの顔を見ると表情が華やいだ。


「家族そろっての食卓、最高だな」


 家族の為に仕事を頑張っている父さんには本当に感謝している。父さんがテーブルに着くと、由仁さんがカレーをよそって父さんのところへ運んでくる。


「穂高、結菜ちゃんと上手くやってるか」


 やはり年頃の男女を一緒に住まわせることは気がかりらしい。父さんが心配そうに尋ねてくる。


「心配いらないよ。結菜さんとは今度一緒に生徒会に立候補することにしたから」

「それは凄いな」

「穂高くんはよく私を支えてくれているので、心配いらないですよ」

「そうそう。父さんたちは俺たちに遠慮しないで仲良くやって」

「ありがとう」


 父さんと由仁さんの安堵した表情を見て、俺は微笑む。

 きっと父さんたちはこの再婚、非常に悩んだはずだ。年頃の男女を同居させることに何も思わなかったはずはない。それでも愛する人と一緒になる道を選んだ。今度こそ、由仁さんが父さんを裏切ることのない女性だったらいいなと思う。

 俺はまだ女性を信用できない。心の中でそう嘯く自分が嫌になりそうだった。


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