第9話
選挙にはまだ時間がある。今は立候補する人間の募集。うちの選挙は会長と副会長のペアでの立候補になるので、立候補期間は通常よりも長く設けられている。その間に知名度を上げて、結菜に票が集まるようにすればいい。
放課後。授業が終わり、俺と結菜は教室で落ち合った。担任に立候補するなら二人のポスターを作らなければならないと言われ、その写真を撮るように言われたのである。写真は写真部に頼んで撮ってもらうようにと言われた。俺たちは二人で写真部の部室へと向かう。
「お昼の放送好評だったよ。なんか話し掛けられる頻度が増した気がする」
「そうだな。うちのクラスでもおおむね好評だったようだ」
俺がいない間、クラスの様子は一輝が教えてくれる。一輝によれば、主に男子が結菜の登場に喜んでいたらしい。中には悩み相談しようかなと考えている生徒もいたらしく、これから先、悩み相談が増えるかもしれないとのことだ。
写真部の部室に着くと、結菜が軽くノックをする。「どうぞ」という声が返ってきたので、結菜が引き戸を開ける。
中には数名おり、グリーンバックを背景に写真を撮るところだった。
「あの、選挙のポスター用の写真をお願いしに来たんですけど」
「あーはいはい。ちょっと待ってくださいね」
写真部員らしき女子が、結菜と俺を歓迎する。椅子を用意してくれたので遠慮なくそこに腰掛ける。
「今、何してるの?」
結菜が写真部員らしき女子に聞く。
「あなたたちと同じで選挙のポスター用の写真を撮ってるの」
「なるほど。ってことはあの人たちも選挙に出るんだ」
「まあ、現会長の弟さんだからね」
写真部員の言葉に俺は反応し、ポーズを決めている男子生徒と女子生徒を見る。
男子生徒は背筋をぴんと伸ばし、凛々しい感じの男だった。なんというか貫禄がある。雰囲気があるというのか、確かなカリスマを感じる。
一方の女子は眼鏡をかけたショートカットの女の子で、いかにも生真面目そうといった感じだった。
この二人が、件の久世、班目ペアだろう。
久世壮亮。現生徒会長の弟で、次期生徒会長筆頭候補。笑顔でカメラに向かう様は確かな余裕が感じられた。
一方の班目飛鳥はやや表情が硬い。笑顔は苦手なのか、真顔でカメラに向かっている。
写真を撮り終えると、久世と班目はふーっと息を吐き、椅子に座る俺たちに気付いた。
「やあ、君たちも選挙に出るのかい」
久世が笑顔で話し掛けてくる。結菜は笑顔でそれに応じると、臆することなく言葉を返す。
「うん! 私が会長で、安城くんが副会長候補」
「安城……確か学年一位の」
目ざとく俺の名前に反応した久世は、目を丸くして俺に視線を送ってくる。
「いや、失礼。僕は久世壮亮。
「僕も勉強には自信があるんだけど、入学以来学年二位に甘んじている。そうか、君が」
「どうも」
「頼もしい味方がいるようだね。いい選挙にしよう」
そう言って久世が結菜に握手を求めてくる。結菜はそれに快く応じると、班目がじっとそれを見つめていた。
「写真部のみんな、ありがとう。おかげでいいポスターができそうだ」
そう言って久世と班目は部室を出て行った。最後にきちんと写真部に礼を言うあたり、気遣いもできる男らしい。しかし、このタイミングで久世たちと遭遇するのは予想外だったな。だが、対面してみてわかったことだが、確かなカリスマがある。アイドル性では結菜に軍配が上がるだろうが、それでも人の前に立つ為に生まれてきたような男だった。現会長の弟というのもプラスに働くだろう。正直、俺は現会長よりもカリスマを感じた。なかなかの強敵のようだ。
「それじゃ、お待たせ。写真撮りましょうか」
写真部員がそう声を掛けてくれたので、俺は立ち上がる。
「待って」
結菜がそう言って待ったをかける。何事かと思うと結菜は俺の髪に触れて言う。
「髪、セットしてきて」
「は?」
「せっかく一緒に写るんだからかっこいい安城くんと撮りたいの」
面倒なことを言い出した。別に髪のセットをしなくても普通だと思うが。だが、写真部員も髪をセットした方がいいと言うので、俺は仕方なく手洗いに移動する。ワックスを取り出し、髪を整えると鏡を見て確認する。手洗いから戻ると、結菜が写真部員と談笑していた。
「お昼の放送聞いたよー。めちゃくちゃおもしろかった」
「ありがとう。選挙も頑張るから応援してね」
「うん。頑張って」
どうやらこの短時間で仲良くなったらしい。さすがのコミュ力だな。
「お、いいじゃん」
結菜が戻ってきた俺を見て、満足げに頷いた。写真部員のオーケーも出たので、写真撮影に移る。
こういうのは正直慣れていないのだが、結菜は余裕らしく、早くもポーズをとっている。俺はできるだけ目立たないように笑顔を意識して撮影に臨む。
「撮りまーす」
写真部員が手で合図を送り、シャッターが切られる。そのまま何度か撮影を繰り返し、無事に撮影を終える。
撮影を終えた結菜は写真部員に撮れた写真を見せてもらっていた。出来に満足したのか、うんうんと頷いている。
「ありがとう。いい写真が撮れた」
結菜が嬉しそうにそう言うと、写真部員も笑顔で見送ってくれた。
写真も撮れたし、あとは公示が終わればポスターが貼り出されることになる。一輝の話では選挙に出るのは久世たちと俺たちだけになりそうだということだ。なんでも久世が出るから諦めている生徒が多いとか。久世、班目ペアで決まりだという雰囲気があるらしい。これをどうひっくり返していくかが、鍵になりそうだ。
「結菜、久世と会ってどうだった」
結菜は頤に指を添えると、思案する。
「んー、なんていうかオーラが凄い人だった」
「だよな」
「あーこの人が会長になるんだって変な納得があったんだよね」
「なら、諦めるか?」
俺がそう聞くと結菜はかぶりを振り、俺に指を突きつける。
「相手が強敵だと燃えるじゃん? 私が会長になってあの二人をメンバーに加えたい」
確かに生徒会メンバーは選挙に出たメンバーから選ばれることが多いらしいが、結菜は既に勝つ未来しか見えていないようだ。
「なら、やることは多いぞ。昼のラジオで人気を獲得するのは必須だ」
「わかってる」
結菜はやる気十分という感じだ。あまり心配はいらなさそうだな。
「どうする? 一緒に帰る?」
「いや、誰かにつけられたらまずい。俺は書店に寄って帰るよ」
「気にしすぎだって。まあ、じゃあ先帰るね」
そう言って先に結菜を帰らせる。俺たちが兄妹であることを知られるのはリスクでしかない。基本的に隠す方向でいいと思う。俺は結菜を見送ると、グラウンドに出た。グラウンドでは野球部が練習後のトンボ掛けをしているところだった。俺はしばらくその様子を眺めると、野球部は部室に消えていった。
それからしばらくすると、着替えを終えた一輝が俺の肩を叩いた。
「よっ、待ったか」
「いや、全然」
俺は一輝を待っていた。今日は練習が早めに切り上げると聞いていたので、待ち合わせをしていたのだ。
「とりあえず帰りながら話そうぜ」
一輝と帰路を共にする。幼馴染だから家の方角は同じだ。
学校を出ると、一輝がスマホを取り出し、画面を見ながら言う。
「それで、お前に頼まれてた件だけどな。野球部の間でも久世たちが会長になると感じている部員は多かったぞ」
一輝には野球部の部員の意識調査をお願いしていた。どれぐらい久世たちに票を入れるつもりなのかというのが知りたかった。
「でも、うちの部員はまだ和泉さんが立候補することを知らない。知れば反応を変える部員は多いだろうな」
「その根拠は?」
「うちの部員は和泉さんのファンが多いから。中には本気で狙っているやつもいるんじゃないか。男子生徒は和泉さんに票を入れるんじゃないか」
「そう単純じゃないんだよな」
俺はそう言うと、一輝に去年のデータを見せる。
「これは去年のアンケート結果だが、選挙を真面目に考えていると回答した生徒は七割を超えている。これは相当高い数値だろう。うちの学校の生徒は生徒会長選挙をただの人気で決めるつもりはないってことだ」
生徒会長にふさわしい人間を選ぶという生徒が多いはずだ。なら、現時点で勉強のできない結菜はマイナス評価に違いない。結菜を勝たせるには会長としての資質を生徒にわかりやすく見せる必要がある。
「まあ確かにな。俺も現時点でどちらに入れるかと言われれば久世たちだな」
「だろ。そう簡単じゃないんだよ」
「だが、俺はお前を評価している。お前が会長に立候補していたなら、俺はお前に入れていた」
幼馴染の突然の誉め言葉に、俺は頭を掻いた。
「俺が立候補しても当選はしない。それは確信を持って言えるな」
「それはそうだろうな」
俺は良くも悪くも地味だ。久世のようなカリスマ性はないし、結菜のような知名度もない。俺はあくまで陰の人間。それが似合っている。
「だが、付け入る隙はある。久世たちの公約の中に恋愛禁止というのがあった。これは嫌がる生徒も多いだろう」
「確かにな。恋愛禁止は嫌だわ。青春といえば恋愛だろうに」
高校生と言えば恋愛したい年頃だ。それを禁止されるとなると、久世たちに入れにくい生徒がいるのは間違いないだろう。そこに付け込んだ結菜が票をかっさらうという算段だ。俺はひとつの策を昨日のうちに一輝に頼んでいる。
「噂はすぐ広まるだろうな。野球部は交友関係広いしお喋りなやつ多いから」
「久世たちが公約で恋愛禁止を掲げようとしている。この噂が流れれば、久世たちの支持率を下げることができる」
公約が発表される前に噂を流すことが大事なのだ。現状、選挙には久世たちしか出ないと思っている。そこで恋愛禁止の公約があると噂されれば生徒たちは絶望するだろう。そこにもう一人立候補がいると知ったらどうなるだろうか。恋愛したい生徒たちは全力で結菜を応援してくれるだろう。
「まあ、どれだけ効果あるかはわからんけどな」
「こういう陰の仕事は俺の仕事だ。やれるだけのことはやるさ」
「まあ、頑張れよ。俺にできることあったら協力してやるからよ」
そう言って一輝は俺の背中を叩いた。頼もしい幼馴染の言葉に、俺は心を奮い立たせるのだった。
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