第7話
自家発電を終えて一階に下りると、ちょうど由仁さんが帰ってきたところだった。
「おかえりなさい」
「ただいま~。ケーキ買ってきたから結菜と食べて」
由仁さんからケーキを受け取った俺は、フォークを手に取るとそのまま二階へと上がる。結菜の部屋をノックすると慌てたような物音が響いたかと思うと結菜の焦ったような声が聞こえてきた。
「は、はーい」
「由仁さんがケーキ買ってくれたから結菜と食べてって」
「わかった。今、開けるね」
そう言って結菜がドアを開ける。乱れた髪に額が少し汗ばんでいる。目を泳がせながら上気した頬。明らかに普通じゃない様子に俺は怪訝な表情を浮かべて問い質す。
「なにしてたんだ」
「ちょっと運動をね」
目を泳がせながらそう言うと、俺を部屋の中へ招き入れる。部屋に変わった様子は見られない。気のせいかと思ったが、結菜がもじもじと股を閉じてもどかしそうに体を捩る。
「ケーキ食べるなら手洗ってこようかな」
そう言って不意に立ち上がった結菜はバランスを崩し、俺の方に倒れ掛かってきた。俺は咄嗟に手を差し出し、結菜を受け止める。その際に結菜の指に触れたのだが、ねばねばとした粘液のような液体が付着していることに気付いた。
「結菜。お前、手なんかねとねとしてるぞ」
「はうっ⁉」
結菜は赤面し、目を泳がせる。
その反応を見て、俺の頭が直感的に働いた。
慌てた反応、粘液のついた指、それら二つが示すこととはつまり、
「お前、一人でしていたな」
「なんで言うのーっ!」
結菜がポカポカと俺の胸を叩く。
まさか俺と同じく自分で自分を慰めていたとは。結菜が1人でそういうことをすると知って、少し興奮する。思わず一人でしているところを想像してしまう。俺は頭を振ってその妄想を振り払いながら、結菜に言う。
「すまん、ちょっと驚いてしまって」
「デリカシーなさすぎ! 私、手洗ってくるから、ケーキ分けといて」
そう言って結菜は部屋を出て行った。一人取り残された俺は、結菜の部屋で良からぬ考えが浮かんできてしまう。さっき抜いてきて良かった。これが溜まっている状態だったら今この場で始めかねなかった。
深く息を吐いた俺は、結菜に言われた通りケーキを分ける。ケーキはイチゴの乗ったショートケーキだった。
しばらくすると結菜が帰ってくる。
「お待たせ」
そう言って俺の正面に座った結菜は目を輝かせながらケーキにフォークを突き刺した。
そうしてケーキを一口サイズに切り分けると口へ運ぶ。ゆっくりと味わいながら咀嚼し、飲み込んだ。
「美味しい!」
「ああ、美味いな」
俺もケーキを頬張りながら頷いた。結菜はイチゴは食べずにスポンジ部分だけを先に食べてしまう。不思議に思って俺は聞く。
「イチゴ嫌いなのか」
「私、一番好きなものを最後まで取っておくタイプだから」
「だったら俺のイチゴやろうか」
「え? いいの?」
「ほれ」
そう言って俺はイチゴをフォークで刺して結菜の皿に移した。
結菜は目を輝かせて喜んだ。
「ありがとう! 穂高大好き」
「はいはい」
それを軽くあしらいながら、俺は微笑む。
また新しい一面を知った。結菜はイチゴがたまらなく好きだということ。当たり前だがこれまでは結菜のことについて特に知っていることはなかった。セフレという割り切った関係だったから、お互い相手のことは詮索しなかった。だが、兄妹になって一緒に暮らし始めて、生活は激変した。まだたった数日だが、これまで知らなかった一面が次々と出てくる。毎日が新しい発見だ。これが家族になるってことなのかもしれない。
「ところでさ、好奇心なんだけど、女って自分でする時何をおかずにするの?」
「うっ、なんでまた掘り返してくるの。てか、私じゃなかったらセクハラだよ」
そうは言いつつも、結菜は満更でもなさそうに笑う。そして、顎に人差し指を添えると、「んー」と唸りながら思案する。
「やっぱり好きな人のことを考えることが多いんじゃないかな」
「お前、好きな人いるの? 失恋したんじゃなかったっけ」
「失恋はしたよ。でも、好きでいるのは悪いことじゃないじゃない?」
一方的に想いを寄せるのは確かに悪いことじゃない。そうか、こいつまだ諦めていなかったのか。となると、相手は誰なのか気になってくる。
「相手は俺の知ってるやつ?」
「内緒。さすがにこの秘密は簡単には話せない」
それもそうか。ありえない話だが、俺に好きな人がいたとして、それを簡単に打ち明けられはしないだろう。だが、俺が女を好きになることはないだろうな。女と付き合うのは色々面倒だし、裏切られる可能性が高い。だったら、最初からセフレ程度の割り切った関係でいる方が気楽だ。結菜とも兄妹でさえなければ、俺は関係を維持していただろう。俺も結菜とするのは好きだったし、なにより結菜が俺を求めているからだ。
「お前が好きになるようなやつがどんな奴か気にはなるがな」
俺がそう言うと、結菜は上目遣いで俺を見ながら口の前に人差し指を添える。
「誰だろね」
そう言って残しておいたイチゴにフォークを伸ばす。
「そう言えば、セフレだった頃こっちの家にも来たよね」
「そうだな。うちは父さんが仕事でいないし、女を連れ込むのには適していたからな」
「ふふ、最初会った時は真面目気取ってたくせに、ずいぶん言うようになったね」
「俺だって男だ。性欲はある。しかも強い」
「知ってる」
結菜は噛んだように笑う。そしてぐっと伸びをすると、後ろに寝転んだ。
「それがまさかこの家で暮らすことになるなんてね」
「確かにな。この部屋でしたこともあったもんな」
結菜が現在使っている部屋は空き部屋だったが、母親が昔使っていた部屋でベッドがあった。俺は自分の部屋に連れ込むのは色々詮索されそうで嫌だったからうちでする時はこの部屋を使っていたのだ。
「覚えてる? 初めてこの部屋でした時のこと」
「覚えてるよ。お前が俺を責めたいとか言い出して、上に跨ってきた時だろ」
「うん。案外楽しかったね。上から穂高を見下ろすのがなんだか癖になりそうで楽しかったよ」
結菜とセフレになっていろんな経験をした。興味本位でいろんな体位を試したし、楽しい時間だったように思う。その時に戻れないのが少し寂しくもあり、せつない。
「私はまたしてもいいんだけどね」
そう言って結菜が隣に移動し、体を寄せてくる。
「しないっての。父さんたちにバレるわけにはいかない」
「バレないようにすればいいじゃん」
すがるような目で俺を見つめる結菜の頭を撫でながら、俺は声を潜めて囁く。
「どこで墓穴掘るかわからないだろ。だからこういうのはやめてくれ。俺だって我慢するの必死なんだ」
「穂高、我慢してるの?」
「当たり前だろ。俺は性欲強いんだぞ」
「だよね。ふふ、ちょっと嬉しいかも。だったらやめてあげないよ。これからも誘惑しまくるし」
不意に頬にキスをして、結菜が身体を離す。
突然のキスに、俺は胸が高鳴る。心臓がうるさい。結菜のような美少女にこんな小悪魔みたいなことをされると、心臓に悪い。
俺は苦笑しながら結菜にチョップをした。
「それより選挙のこと、ちょっとは考えたのか」
「うーん。考えてはいるんだけど、全然思いつかないのよね」
まあこれまでそんなことを考えたこともなかっただろうし、いきなり考えろと言っても思いつかないのも無理はない。
「だったら今から考えるか」
「手伝ってくれるんだ」
「俺も副会長として立候補してるからな」
生徒会長選挙は久世、班目ペアが本命だと言われている。そこにアイドル的人気を誇る結菜がどこまで食らいつけるかという感じになるだろう。放送部との交渉で昼休みにゲストパーソナリティとして番組に出演する約束は取り付けてある。これで結菜の知名度は増すだろうし、票にも繋げられるだろう。
あとは演説で訴えるべき公約をどうするかが鍵になる。私が生徒会長になった暁にはってやつだ。
「うちは偏差値がそれなりに高い学校だ。成績を上げる方向で何か考えられるといいな」
「だったら、生徒会主導の勉強会イベントを開くとかどう?」
勉強会か。確かに興味のある生徒はいそうだが。
「私みたいな成績が悪い生徒を救済して平均点を底上げする目的で。勉強が嫌いな子もみんなでやれば参加してくれるんじゃない?」
確かにおもしろい案だ。勉強ができない結菜が積極的に参加を訴えることで、参加者が見込めるかもしれない。なにより、アイドル的人気を誇る結菜と勉強できるなら男子はこぞって参加するだろう。公約の一つに加えても良さそうだ。
「いいんじゃないか。だったら演説の時に副会長が教えますって言えばいい」
「副会長って穂高が? なんで?」
「学年一位に教えてもらえるってなったら食いつく生徒も多いだろ」
「学年一位って誰が?」
「だから、俺?」
「へ?」
結菜がきょとんとした表情で俺を見る。そして次の瞬間大声を上げて驚いた。
「えーっ! 穂高って学年一位なの?」
「声がでけえよ。言ってなかったか?」
「聞いてないよ! 頭いいのは知ってたけど学年一位だとは思わなかった」
「まああまり知られてないかもだが。俺が目立つの嫌いで今まで吹聴してこなかったし」
だから演説では学年一位の安城穂高が講師役で参加しますとでも言わなければならないが。
「それと制服のデザイン変更で公約はいいんじゃないか」
「うん、いけそう。あとは私が昼休みにアピールできるかだね」
結菜が気合を入れる。その点に関してはあまり心配していない。結菜は物怖じしないし、アイドル的な素質がある。きっと番組も成功に導くだろう。
あとは副会長として裏で支えてやるだけでなんとかなるだろう。
問題は本命の久世、班目ペアがどんな公約を掲げてくるかだ。
昼休みの放送が始まったら、結菜の存在を認識するはずだ。そうなると、何か対策を立ててくるかもしれない。一度、久世、班目ペアについて調べておくほうがいいかもしれないな。
俺は考えをまとめると、スマホを取り出した。一輝にメッセージを送って手筈を整えるのだった。
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