第6話

 翌日の昼休み。俺は職員室へやってきていた。結菜に頼まれた副会長として立候補することを伝える為である。担任の教師を呼び出し、俺は和泉結菜と立候補する旨を伝える。担任は驚いていたが了承してくれた。

 教室に戻ると結菜が俺の席に座っていた。一緒に立候補する手前、学校で接点を持つのも当然といえば当然だがこうもすぐに会いにくるとは。

 前の席の一輝が驚いたように目を丸くしている。一輝は俺を見つけると、手招きする。


「お、やっと帰ってきた。和泉さんがお前に会いに来てるぞ」


 俺は自分の席に戻ると、椅子に座っている結菜の肩に手を置く。


「なにしにきたんだよ」


 結菜は悪びれる様子もなく微笑むと、一枚の用紙を取り出して俺に手渡してくる。


「立候補するのにサインもらわなきゃだめだからもらいにきたの」


 見れば、生徒会に立候補する申請用紙だった。担任に伝えればそれでいいんじゃないのか。俺は用紙を受け取ると手早くサインする。それを見た一輝が目を丸くして驚いてる。


「穂高、生徒会に立候補するのか? お前が?」


 幼少期から俺の性格を知っている幼馴染は、信じられないといった様子で俺を見る。


「和泉に頼まれたんだよ。俺たちその友達だから」


 突っ込まれる前に先手を打つ。あとは結菜が話を合わせてくれれば問題は起こらない。


「そそ。私たち仲いいんだよ。だから一緒に立候補することにしたの」


 結菜が俺の手を取って上にあげる。

 気付けばクラス中の視線を集めていた。


「え、和泉さん生徒会長に立候補するの?」

「俺、応援するよ」


 クラスの生徒たちが次々と結菜に話し掛ける。それを手を挙げて「ありがとう」とまるでアイドルのように躱しながら、結菜は俺の手を取った。


「というわけで安城くん、生徒会選挙の作戦会議をするよ」

「俺はまだ飯食ってないんだが」

「じゃあ一緒に食べながら話そう」


 確かにここで一緒に弁当を食べることはできない。俺と結菜の弁当が同じだと誰かに気付かれたら騒ぎになりかねないからな。だったら場所を移したほうがいいだろう。

 俺は弁当を持って立ち上がると、結菜に付いて教室を出る。


「それで、どこ行くんだ?」

「屋上なら誰もいないっしょ」


 確かに屋上なら誰もいないだろうが。しかしまだ暑いのではないだろうか。俺の心配をよそに結菜はぐんぐんと屋上に向かって歩いていく。

 屋上へ出ると心地よい風が吹き抜けていた。これなら涼むことはできそうだ。俺は適当に座ると弁当を広げた。


「えへへ、お揃いだね」

「兄妹なんだから当たり前だろ」


 作っているのが由仁さんなんだから。

 弁当を食べながら結菜が箸を突き出し、宣言する。


「出るからには絶対勝つよ」

「やっぱりわざと負けるのはなしか」

「当たり前じゃない。選挙で負けたなんてなんか格好悪いじゃない」


 結菜は眉を潜めて言う。そういうことを気にするタイプなんだな。こいつのことはあまり知らないが、意外に負けず嫌いな性格らしい。


「穂高にも働いてもらうからそのつもりで」

「必要ないだろ」

「どういうこと?」


 俺はからあげを口へ運びながら言う。


「お前の学校での人気を見る限り、当選は確実だろってことだ」


 さっきのクラスでの人気といい、俺が何もしなくても結菜は当選するだろう。学校の選挙なんて所詮人気投票だし、結菜が勝つ見込みは高いと思う。


「それがそういうわけにもいかないのよね」

「どういうことだ?」


 結菜は溜め息を吐くと、用紙を一枚取り出した。そこには既に立候補しているメンバーが書き連なっており、その中に見慣れた名前を見つける。


久世くぜ壮亮そうすけ。確か、今の生徒会長も久世じゃなかったか」

「そう。現生徒会長の弟なのよね。しかもそれだけじゃない。ペアを組む副会長が前期の風紀委員の班目まだらめさんなの」


 班目まだらめ飛鳥あすか。一年生から風紀委員を務めており、他のメンバーからも頼りにされていると聞く。次期風紀委員長筆頭候補と言われていたはずだ。なるほど。現生徒会長の弟と、次期風紀委員長筆頭候補が組んだのか。確かに強敵だな。


「それでもお前の人気なら大丈夫なんじゃないのか」

「無理だよ。うち一応頭いい学校なんだからね。私みたいな赤点常連の生徒が生徒会長とか嫌がる子も多いでしょ。学年二位と三位のペアだよ」


 確かに一理ある。うちが偏差値の高くない学校なら結菜みたいなタイプが生徒会長選挙に当選する確率は高いだろうが、うちだと確かに厳しいかもしれない。

 勝つには演説でそれなりに生徒の心を掴む必要がある。魅力的なマニュフェストと圧倒的カリスマが必要だろう。生徒会長の弟に関しては俺はほとんど知らないが、あの会長の弟ならそれなりにカリスマを持っていてもおかしくはない。


「ねえ、どうしたら勝てると思う」

「まあ俺もお前のペアになったからにはちゃんとするよ。まずは魅力的なマニュフェストからじゃないか」

「マニュフェストって何?」

「簡単に言うと公約だ。お前が生徒会長になったらこういうことをしますよってやつ」

「何する?」

「それはお前が考えろよ」


 しょっぱなから丸投げな結菜に俺は呆れて溜め息を吐く。

 

「まあ例えばだな。うちの制服って昔ながらの学ランだろ。だから制服を変えるとかだな」

「なにそれいいじゃん。制服を可愛くしたら、通いたいって子増えるかもだし」

「そういうのをお前も考えるんだよ。あと、お前ってどれぐらい人気あるの?」

「私? さあ、クラスの子とはみんな仲いいけど」

「じゃあお前のクラスの票はもらったな。他クラスにアピールするか」


 俺は頤に指を添えながら思案する。他クラスにアピールするには何が最適だろうか。平等にあるチャンスは生徒全員の前で行う演説だ。その演説でどれだけ生徒の心を掴めるかが大事だが、演説は真面目に聞いていない生徒も多い。となれば、演説以外で結菜をアピールする機会が必要だ。


「うう、わかんない」


 頭を捻っていた結菜が首を横に振って弱音を吐く。まあいきなり考えろというのは無理だったか。だが、この選挙、まともに勝負をしても勝ち目はない。なら、絡め手で勝負するしかないのだが、結菜の魅力を前面に押し出して勝負したい。残念なことに俺は学校では地味な存在だし、俺の存在はアピールしても無駄だろう。あくまで結菜の魅力で勝負するべきだ。


「とにかく、俺も考えておくからお前も公約考えておけよ」

「うう、わかったー」


 弁当を食べ終えた俺たちは屋上を後にする。教室に戻ると、俺はクラスの生徒(主に男子)に取り囲まれた。


「なあ、和泉さんとどういう関係なん?」

「ただの友人だ」

「本当に? 付き合ってないのか?」

「付き合ってない」


 俺がそう言うとその男子は安堵の表情を浮かべる。どうやら結菜に気があるようだ。結菜は誰とも付き合う気がないと言っていたが、それをわざわざ言う必要はないだろう。


「モテモテだな、穂高」


 一輝が目を細めながら俺をからかってくる。俺は溜め息を吐きながら、机に突っ伏した。


「疲れたよ。慣れないことの連続だ」

「そう言えば昔合コンで和泉さんとお前抜け出してたよな。あの時にもしかして仲良くなったのか?」

「そうだよ。あの時に友達になった」

「水くせえな。それならそうと言ってくれればいいのに」


 確かにただの友人関係なら一輝にも話していただろう。だが、俺と結菜はただの友人関係じゃなくセックスフレンドだった。そんなこといくら仲のいい幼馴染でも言えるわけがない。


「まあ、がんばれよ。俺はお前らに入れてやるから」

「サンキュ」


 幼馴染の気遣いに素直に感謝し、俺は午後の授業は眠って過ごした。

 

 放課後、俺は放送部の部室にいた。放送部の部長とは交友関係があり、親しい。てなわけで放送部と交渉に来たのだ。


「それで安城、何の用だ」

「何。昼休みにちょっとラジオをやらせてもらえないかなと思ってな」

「ラジオ? 俺たちがやってるやつか」


 うちの学校では昼休みに放送部がラジオをしている。音楽を流したり、生徒からのリクエストに応えたりと結構リスナーの付いている番組だ。俺はそのラジオを利用することにした。


「選挙期間中、和泉結菜をパーソナリティにして番組をやってほしい」


 俺がそう言うと放送部部長は目を丸くした。


「え、マジ? 和泉さんが出てくれるの」


 俺は知っている。この放送部部長も結菜のことが好きだということを。お近づきになれる代わりに番組を使わせろというわかりやすいメッセージを含ませた。


「もちろん。和泉さんが出てくれるなんて大歓迎だよ」

「交渉成立だな」


 がっちりと放送部部長と握手を交わしながら、俺はにやりと笑った。これで演説以外のアピールポイントは確保できた。あとは結菜に交渉するだけだが。

 家に帰った俺は早速結菜にその話を持っていく。


「なにそれ。おもしろそう!」


 話を聞いた結菜は目を輝かせながら興奮気味に飛び跳ねる。


「てか、なんで放送部とそんな話できるの。穂高って実は影の実力者?」

「そんな中二病みたいなことを言うな。たまたま放送部部長と知り合いだっただけだ」


 結菜の言葉に、照れくさくなった俺は頬を掻く。


「とにかく、お前が出演して人気を高めれば、選挙で票も集まりやすくなるだろ」


 俺は目立たなくていい。目立つのは結菜の役目だ。俺は目立ちたくない。だから陰に徹する。

 結菜はひとしきり喜んだあと、俺を部屋に引きずり込んだ。


「お礼に、食べていいよ?」


 ベッドに寝そべりながら俺を誘惑する結菜。俺は溜め息を吐きながら、結菜の頭にチョップする。


「そういうのはなしだって言ってるだろ」

「えー、なんでよぉ。いいじゃん。しようよ。今ママたちいないし」

「そういう問題じゃない。何度も言わせるな。俺たちは兄妹だ。兄妹はそんなことしない」


 結菜は頬を膨らませながら文句を垂れる。しかし、ずっとこんな風に誘われたら、いつか我慢できなくなる日がくるかもしれない。もし、俺が童貞だったらきっと我慢できずに襲っていただろう。その点は結菜に感謝だな。俺の童貞を卒業させてくれたのは結菜なのだから。

 俺は結菜の部屋を出ると自分の部屋に戻った。結菜に誘惑されて膨らんだ股間を曝け出すと、自分の手で慰めるのだった。


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