第4話

 翌日。俺は一足早く家を出る。二日連続一緒に出掛けたら由仁さんたちに怪しまれると思ったからだ。だいたい一時間ぐらい差をつけて家を出る手はずになっていた。ちなみに俺が先に家を出たのは単純に女子の方が準備に時間がかかるからだ。

 昨日も出掛けた大型商業施設に向かい、三階にある書店に立ち寄った。俺は書店で無限に時間を潰せる男だ。俺は小説を読むのが趣味だが、好きな作家とかは特にいない。だからいつも書店に行くと、本棚に並んでいる小説をランダムに手を取り、購入するという遊びをやっている。あらすじも一切読まずに買うので、読むまでどんな話かもわからない。そのわくわくが俺を読書に没頭させる。だが、友達にそのことを言うと、時間の無駄と一刀両断される。友達曰く、人生時間は限られているのだから、おもしろくない作品を読む時間がもったいないという。確かにそれも一理あるが、俺はいろんな出会いを楽しみたいからそれでいいのだ。俺はそうして一期一会の出会いを楽しむ。適当に店内を歩き回り、タイトルで引かれた本を手に取る。それから読んでいるラノベのシリーズの新刊を手に取り購入した。

 本をランダムで選ぶと言っても一冊ずつタイトルは見て回るので、時間はそれなりに潰せる。書店で時間を潰しているうちに結菜との約束の時間になった。

 四階の映画館に移動し、結菜を待つ。結菜を待つ間、上映作品のフライヤーを見て回る。アニメ映画も上映されているようで、出演声優を確認する。その映画はアニメ映画によくある芸能人が声優を務める作品ではなく、ちゃんと声優が演じている作品のようだった。

 そうして時間を潰しているうちに不意に肩を叩かれる。

 振り返ると、しっかりとメイクをした結菜が立っていた。

 俺が昨日選んだ黒のシャツワンピースに白のカーディガンを羽織っている。メイクをするとただでさえ可愛い結菜が更に大人びた雰囲気になるから驚きだ。


「待った?」

「いや、本屋で時間潰してたからそんなに待ってない」

「どう? 可愛い?」

「可愛い。俺が選んだんだから当然だろ」

「ありがと。穂高もかっこいいよ」


 デートの待ち合わせの定番のようなセリフを交換し、俺たちは映画館の券売機でチケットを発券する。

 既に劇場は開場しており、俺たちは急いでドリンク売り場へと向かう。


「結菜、何飲む?」

「何、驕ってくれるの?」

「昨日服選びに付き合ってもらったお礼だ」

「ありがと。じゃあオレンジジュースで」


 結菜のオレンジジュースと、俺のジンジャエールを頼む。しばらくすると店員がカップ二つを運んでくる。それを受け取り、俺たちは劇場の入口へと向かう。

 入場特典を受け取り、劇場の中へ。九番スクリーンの中へ入ると、上映前のムービーが流れているところだった。席に着いた俺たちはスマホの電源を落とす。


「見やすい場所だね」


 結菜が満足げに頷いた。事前に予約したからか、いい座席が空いていた。ほぼ中央に位置する座席で、映画は見やすそうだ。上映前ムービーはやがて映画の予告編へと移る。

 洋画を見に来たので、映画の宣伝も洋画が多めになる。結構おもしろそうな映画のラインナップが終わると、映画泥棒の注意喚起ムービーが流れ、いよいよ本編が始まる。

 映画はハリウッドスターのスタントマンの話だった。ただのスタントマンが行方不明になった恋人を探すというアクションラブストーリー。スタントマンの人の苦労や、覚悟などが垣間見えてなかなかにおもしろい。アクション映画としてかなりおもしろいレベルじゃなかろうか。隣を見ると結菜も固唾を飲んで行く末を見守っている。そして、場面はついに行方不明になった恋人と再会し、体を重ねるシーンに突入する。濃厚なシーンに、俺は少し気まずくなるが、結菜はそんな様子はない。むしろ待ってましたとばかりに目を輝かせていた。次の瞬間、結菜が手を重ねてくる。しっとりとした結菜の手汗が、俺の手に付着する。そして、結菜は手を絡めながら動かすと恋人繋ぎをしてくる。俺の指と指の間に、結菜の指が挿入されては抜かれていく。映画のシーンも相まって卑猥な想像をしてしまうのを抑えられない。

 俺が動揺していると、結菜が小声で耳打ちしてくる。


「ねえ、何考えてる?」


 結菜のハスキーな声が耳朶を打ち、脳に痺れをもたらす。俺は深呼吸をして心を落ち着けると、結菜を睨みつけた。


「映画に集中できないだろ」

「えっちなこと考えてたんだ」

「……」


 結菜は全てを見通すような目で俺を見て笑う。それから映画が終わるまで、結菜は手を離してはくれないのだった。


 映画が終わり、エンディングを見た後、俺たちは席を立つ。観客の多くが外に出るのが待ちきれないというように感想を話し出す。実際、映画はかなりおもしろかった。アクションシーンは迫力があったし、ラブストーリーも見入る展開で飽きさせない造りになっていた。

 結菜も満足したらしく、顔が綻んでいた。


「ねえ、ごはん食べて帰ろうよ。映画の感想も話したいし」

「そうだな。ファミレスにするか」


 俺たちは一階に下りてレストラン街に向かい、ファミレスに入った。丁度席は空いていたらしく、すぐに席に通される。メニューを見て、俺はリゾットを頼み、結菜はパスタを頼んだ。


「映画おもしろかったねー」


 早速、結菜が感想を話し出す。


「そうだな。アクション映えが凄かったし、主演の人の演技も凄く上手かった」

「だね。最後のエンディングと一緒に流れた撮影風景もおもしろかったわよね。本物のスタントマンが出てきて」

「そうだな。あれはスタントマンを題材にした映画ならではだな」


 映画のエンディングと同時に、実際のスタントマンが活躍する映像が流されたのだ。そのシーンには俺も結菜も食い入るように画面を見つめた。


「あと、私はやっぱり絡み合うシーンね。女優さんの演技が凄い良かった。めちゃくちゃ濃厚じゃなかった」

「言うと思ったよ」


 確かにそういう絡みのシーンはたっぷりと用意されていた。ディープキスから濃厚な絡みまでたっぷり用意されていた。

 映画の話をしていると、料理が運ばれてきた。俺たちはそれぞれスプーンとフォークを手に取り、料理に舌鼓を打つ。


「でもやっぱり一番おもしろかったのは絡みのシーンの時の穂高かな。めっちゃ顔強張ってたし」

「うるせえよ。お前が俺の手を使って変なことするからだろ」

「手繋いでただけじゃん。むしろあれだけで変なこと考えちゃうの、溜まってるんじゃない? 抜いてあげようか」

「いらんわ」


 少しでもそういう隙を見せるとすぐにそういう話に持っていく。結菜はそんなに俺と寝たいのだろうか。俺自身、自分がセックスの技術が高いなんて思っていない。むしろ下手だとさえ思う。それなのに結菜は俺としたがる。俺以外の男を知らないだけなんじゃないかと思うが。


「てか、そんなことより明日から学校だぞ」

「うわー言わないでよー。幸せな気持ちに浸ってたのに」


 結菜はうげっと舌を出し、顔をしかめる。


「いや、学校でのこと話し合っておいたほうがいいだろ」

「別にいいんじゃない。兄妹になったってバラしても」

「お前は良くても俺が困る。知らないだろ。男子たちの嫉妬の視線を」


 結菜はこんなだが、学校では人気がある。俺がこいつと最初に会ったあの合コンも、全員結菜目当てだった。なぜか俺がお持ち帰りする羽目になったが、とにかく結菜はモテる。告白もそれなりにされているし、密かに思いを寄せている男子はたくさんいる。


「てか、お前そんなにやりたいなら彼氏でも作ったらどうだ」


 俺がそう言うと、結菜は溜め息を吐き、あからさまに嫌そうな顔をした。


「言ったじゃん。私はエッチが好きなんじゃなくて、穂高とするのが好きなのって」

「俺とするの何がいいのかわからん」

「穂高は優しいんだよ。愛撫も丁寧だし、キスだってめっちゃしてくれるじゃん。穂高は私を満たしてくれるの」

「自分ではよくわからんが」


 結菜が俺のやり方を気に入っているというのはよくわかった。


「それに私、恋愛はしばらくいいかなって思ってるし。あと、人を誰でも股を開く女みたいに言わないで」

「だってお前、俺とすぐしたじゃん」

「あれは傷心だったからだし、穂高はタイプだったからいいの」


 よくわからん。結菜が俺のどこを気に入ったのかいまいちよくわからない。俺自身、学校一人気の美少女と体の関係になるなんて思わなかったわけだし。


「てか、穂高はモテないの?」

「いや、モテないな。俺自身目立つの嫌いだし」

「でもさ、昔告白されたことあるでしょ。なんで付き合わなかったの?」

「なんで知ってるんだ?」

「女子のネットワークを甘く見ないことね」


 結菜の言う通り、俺は一年前、一度だけ女子から告白されたことがある。名前はもう覚えていないが、地味めの女の子でラブレターを使って俺に告白してくれたのだ。

 俺にとって人生でたった一度の女子から告白された事例。そのたった一度のチャンスを俺は棒に振ったのだ。


「なんでその子のこと振ったの?」


 結菜が興味深そうに聞いてくる。俺はドリンクを煽り、頬杖を突く。


「自分に自信が持てなかったから、かな」


 あの時の俺は自分のことで精いっぱいで誰かと付き合うなんてことを考える余裕はなかった。それ以前に俺は女性不振だった節がある。母親が余所に恋人を作って出て行って以来、俺は女性というものを信用していない。余所にできた恋人の方が、俺たち家族より大事だったのかと思うと辟易する。それは今でも変わっていない。だから女子と付き合うなんてことは考えられなかったし、結菜とも体の関係と割り切って付き合っていた。

 女は最後に裏切る。その偏見が俺の脳内にこびりついて離れない。


「付き合えば好きになれたかもじゃん」

「どうかな。母親のことで俺は女子をあんまり信用してないし、たぶん上手くいかなかったと思うよ」

「そう……じゃあ最初からその子のことは見てなかったんだ」


 なんだかわからないが結菜が沈んでしまった。なにか不味いことでも言っただろうか。


「まあ、気にするなよ。これは俺の問題だし。さっさと食って帰ろうぜ」

「そうだね」


 それから俺たちは飯を食って帰った。結菜は帰り道、一言も発しなかった。

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