第3話

 家を出た俺たちは近所の大型商業施設まで来ていた。映画館もこの大型商業施設に入っているので、明日もここに来ることになる。夏休みということもあり、平日の昼間だが若い顔が多い。

 服屋も何軒か入ってはいるが、行く場所は決まっている。俺たちは高校生だから、価格の安い店しか行けない。俺は案内板で店の場所を確認し、エレベーターで二階に上がる。


「ねえ、私たちもカップルに見えるのかな」

「手も繋いでいないし、それはないんじゃないか」

「じゃあ手繋ぐ?」

「なんでだよ。そんなところ万が一知り合いに見られたら終わるだろ」


 結菜の冗談を右に流しながら、俺は店の前に立った。正直に言うと、俺は服を買いに来るのに慣れていない。一度買った服を長く着るタイプだし、レパートリーも多くはない。そもそも、高校生のお小遣いでは服なんて高価な物はそう何度も買えるものではない。父さんに服を買いたいと強請ったこともないし、実際そこまで服を欲しがったこともなかった。だから服屋に入るのにはそれなりに勇気がいるのだが、今日は隣に結菜が付いてきてくれているだけマシだろう。

 結菜は服を買うのも慣れていそうだし、店員さんが寄ってくることもないだろう。


「それで、どんな服買うの?」

「どんなのがいいと思う?」

「いきなり丸投げ? まあいいけど。私の隣を歩くんだからダサい格好はごめんだし」


 そう言うと結菜は俺の手を引いてメンズのコーナーへ向かう。シャツを手に取ると、さっそく俺に合わせ始める。


「うん。似合う似合う。こういうシンプルなのがいいのよ」


 結菜が手に取ったのは特にイラストの描かれていないシンプルなシャツだった。それを何着か手に取ると、交互に俺に合わせてくる。


「うーん、こっちもいいかな。穂高はどれがいいと思う?」

「俺はシンプルならなんでもいいんだが。てか、デート服ってこんなのでいいのか?」

「わかってないなー穂高は。デート服は最低限清潔感さえあればお洒落に見えるものだよ」


 そういうものなのか。デートをしたことがないからわからない。イメージではもっと派手な装いをするのかと思っていた。


「デートだからって普段と違って派手な格好をする男が多いけど、それはマジで逆効果だからやめたほうがいいよ」


 女子が言うのなら間違いないのだろう。結菜の指摘通りの服装をイメージしていた俺は、少し恥ずかしくなる。結菜は時間をかけてシャツを吟味した後、一着のシャツを俺に手渡した。


「私はこれがいいと思う。穂高の落ち着いた雰囲気に合うと思うよ」

「なら、これにするわ」


 シャツを決めた俺は次いで上着を見に回る。結菜はジャケットを手に取ると、俺に合わせながら言う。


「そのシャツならこれが合うと思う」

「いいな。それにするよ」


 最後にズボンを見に回る。上に合うようにベージュのチノパンを結菜が選んでくれ、それを持ってレジに向かう。全部で一万以内で収まった。結菜は値段も見ながら最適な物を選んでくれたようだ。やはり結菜を連れてきて正解だっただろう。デートする女子に直接服を選んでもらえば失敗もない。


「しかし、デート服を選ぶのって大変だな。俺は服なんて着やすさ重視だから」


 俺がそう言うと結菜は人差し指をピンっと立てて言う。


「何言ってるの。デート服って大事なんだよ。ちゃんとした服を選べば、不細工もイケメンになれるんだから」


 お洒落に気を使っていそうな結菜が言うと、凄い説得力だ。


「そうだ。せっかくだし穂高も私の服選んでよ」

「は? お前それが男にとってどれだけハードルが高いと」

「私にどんな格好してほしいか考えて選べばいいだけじゃん。私も選んだんだから穂高も選ぶべき」


 それを言われると弱い。こういうのは本当に苦手なんだが、女子の服を選ぶって何を基準に選んだらいいんだ。困惑する俺を余所に結菜はぐいぐいと俺を女性服のコーナーへと引っ張っていく。

 俺は覚悟を決め、服を見る。普段から胸元の開いた服を着ている結菜だが、そういう刺激的な服を選んだら、結菜に誘惑する機会を与えかねない。ここは清楚路線の服を選ぶべきだろう。

 俺はとりあえず、ミニロゴのついた白のTシャツを手に取る。それから黒のワンピースを選び結菜に手渡した。


「これで」

「わかった。ちょっと試着してみるから感想頂戴」


 そう言うと結菜は試着室へと消えた。しばらく待つと、カーテンが開き着替えた結菜が姿を見せる。


「おお……」


 一見すると目論見通り清楚な感じが出ている。だが、結菜の体型でこの服装をすると清楚の奥に潜んだエロさが垣間見え、男の脳を破壊してくる。大人の雰囲気を醸し出したその服装に、俺はどぎまぎし、生唾を飲んだ。これは駄目だ。一緒にいるとこう服を脱がせたい欲が掻き立てられる。


「せっかくだからもう1パターン選ばせてくれ」

 

 そう言って俺は服売り場に戻る。まさか無難な清楚系を選んだのが裏目になるとは思わなかった。だからといって露出の高い服装は駄目だ。あれは俺の欲望がむき出しになりかねない。

 俺はじっくりと吟味しながらシャツワンピースとカーディガンを選んだ。これなら胸もそんなに強調されないだろう。俺はその服を持って試着室に戻る。


「これを着てみてくれ」

「わかった」


 試着室のカーテンが閉まる。中でがさごそと衣擦れの音がする。俺はその音を聞いて言いようのない緊張が生まれてくる。しばらくするとカーテンが開き、着替えた結菜が姿を披露する。


「これは……」


 可愛い。シンプルにそんな感想が浮かんだ。シャツワンピースはミニスカぐらいの丈なので、生足が魅惑的に俺を誘ってくる。生足は問題だが、女子高生らしい服装に収まっている。さっきの清楚系よりは隣を歩いていてもなんとかなりそうだ。


「俺はこっちがいいと思うんだが」

「へえ。生足がいいんだ。もっとおっぱいの谷間露出したやつがくるかと思ってた」


 それを避ける為だとは口が裂けても言えなかった。しかし、こいつ何着せても似合うな。全女子から羨ましがれそうな体型だ。


「それじゃ私、これ買ってくるね」


 そう言うと結菜はレジに向かっていった。店先でそれを待つ俺はふーっと息を一つ吐いた。ミッションコンプリート。デート服を買うという無理難題をなんとかこなした。途中結菜の服を選ぶという想定外のイベントも発生したが、なんとか乗り切った。結菜も俺が選んだ服で満足そうだったし、とりあえず及第点だろう。てか、俺が選んだ服を着るのか。なんだかそそるな。これも結菜の思惑かもしれない。


「お待たせ」


 結菜が戻ってくる。お互いに目的も済んだことだし、帰るか。そう俺が言おうとすると結菜が俺の袖を引いた。


「ねえ、ゲーセン行きたい」


 結菜がゲーセンに行きたいと言ってきたので、俺は強制的にゲーセンに連行される。


「プリクラ撮ろう」

「なんでだよ」

「んー、家族になった記念」

「しかたないな」


 結菜の希望で、プリクラ機の前へと移動する。プリクラなんて撮るのは初めてだから勝手がわからない。機種選びも結菜に任せ、俺はされるがままに撮影ブースに入った。可愛らしい音声がポーズを取るように指示してくる。手でハートを作れだとか、猫耳を作れだとかプリクラって自由なポーズで写真を撮らせてくれないのか。結菜はノリノリでポーズを取っている。俺は羞恥心に染められながらも、結菜に促されポーズを取る。

 撮影が終わると外に出てお絵描きタイムというのが存在する。何を描けばいいのか全然わからない。結菜は迷う様子なく楽しそうにペンを動かす。

 よく見るとスタンプ類も豊富に用意されていた。俺は適当にスタンプを押していく。結菜はなんて書いてるんだ? そう思い隣を覗き込むと、セフレと書き込んでいた。


「おい、それはダメだろ」

「いいじゃん、誰に見せるわけでもないんだし」

「ダメだって。それにもうセフレじゃないし」

「私はまだセフレのつもりだもん」


 だが、結菜も冗談だったらしくすぐに消去した。どうやら俺をからかう為のものだったらしい。お絵描きタイムが終わり、いよいよ写真を印刷する時間になった。その前にスマホに選んだ写真を一つ転送できるようだ。QRコードを読み込み、互いに写真を選んでスマホに転送する。


「てか、目でかすぎだろ。気持ち悪いわ」

「私も穂高も元々目大きいもんね」


 最早別人にしか見えない写真を眺めながら、俺たちは写真を二分割した。


「はい、兄妹記念」

「兄妹記念というならもらっておくよ」


 プリクラを手帳に挟み、仕舞った。結菜は嬉しそうに微笑むと、俺の手を引いた。


「次はUFOキャッチャーをしよう」


 それから結菜の欲しいというぬいぐるみを取るのに台を選んだ。UFOキャッチャーは得意だ。別に景品はいらないから普段あまりすることはないが、昔からなぜか欲しい景品は必ず取ってきた。結菜が欲しがる猫のぬいぐるみを狙い、俺はアームを動かす。アームは緩いだろうから工夫をして取らなければならない。アームを紐の間に通し、吊り上げる。ぬいぐるみは持ち上がり、順調に運ばれていく。一発で取った俺を見て結菜が手を叩いて喜んだ。


「ええっ、凄い凄い、なんで取れるの!?」

「まあそれなりに得意だし」

「景品取り放題じゃん」

「やめとこう。出禁になるだけだ」


 結菜をそう諭し、取った猫のぬいぐるみで我慢させる。それから適当にゲームセンターで遊び、帰路に就く。明日も出掛けるのに金を使いすぎたな。結菜が楽しそうだったからいいか。帰り道、結菜が回り道をしようというので、付いて歩く。しばらくすると、見慣れたラブホ街に連れていかれた。


「おい……」

「どうしたの? 休憩していく?」


 何かを期待するかのような声色で結菜が言う。

 

「いかねえよ。なんてとこ連れてくんだ」

「ええー、回り道したらたまたま通っただけだよ」


 白々しい。結菜は目を泳がせながら苦笑する。


「このビッチが」

「失礼な。私穂高としかしてないよ」


 嘘か本当かいまいちわからないんだよな。だが、確かに俺としたのが初めてだったし嘘ではないんだろう。


「私、するのが好きなんじゃなくて、穂高とするのが好きなだけだから」


 胸に手を当て、そう訴えかけてくる結菜。そんなことを言われても俺たちはもう家族だ。家族で肉体関係があるなんておかしいだろ。父さんたちにバレたらショックを受けるはずだ。だから、俺はもう結菜を抱くことはないだろう。

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