第10話 風の吹く堤防

 道の駅からバスに乗り何分か揺られ、着いたダム。

 日が沈みだし、太陽の時間から月の時間へと変わりつつある。冬に近い秋夜しゅうやの時期、山の気温は町よりも低く肌寒い。カイロでもマフラーでもなんでも防寒具を持ってくるべきだったなと後悔するも時は戻らない。

 暫くダムの周りを歩き回っていると丁度いい感じの堤防があり、そこに二人で座った。

「寒くない?」

 少し離れた位置に座る蒼依に聞く。前と後ろには障害物の一つもないため、冷たい風がちょくに当たってきて肌寒いを通り越して寒い。

「こうすれば寒くないから平気だよ」

 蒼依は十センチほど空いていた隙間を埋めるように引っ付き、僕の左肩に頭を置いた。途端に心臓の鼓動が速く、血流がよくなり温まった。

「そうだね」

 太陽が完全に沈み、月の時間がやって来た。運良く今夜は雲一つない満月でまるで僕たちの旅立ちを歓迎しているように見えた。

 夜が怖かった。

 夜になると家に帰らないと行けないから。

 怖くない、つらくないと思い込んでいても気づいてしまったらもう二度と怖くないとは思えない。罵詈雑言を言われても右から左へと流すことが出来ていたのに、いつの間にか聞き流せなくなって、罵詈雑言の一つ一つを真面目に受け止めてしまう。

 つくられた子なのだから好かれるはずないのに、心の何処かで愛して欲しいという感情が生まれた。それに気づかず、訳もわからないまま勉強も運動も人一倍頑張った。けれどこの世にいない、完璧なまま死んでしまった兄を超えることは出来ない。初めから出来っこないのだ。

 本当はもっと早くに死ぬ予定だった。小学校に入学したら三階の教室から飛び降りる予定だったのが蒼依と出逢って死ぬのをやめた。

 蒼依は太陽みたいだった。いつも誰かを照らし続け、自分ではない誰かのために頑張る優しい人。

 小学校入学と同時に引っ越して来た僕に一目散に話しかけてくれたのは蒼依だった。

 みんな幼稚園・幼保園が一緒だったみたいで既に仲のいい子たちと話しており、自分で話しかけるにも行けなかった。話しかける気はさらさらなかったのだが、寂しかったのだろう。死ぬ前に一言だけでも誰かと話したかった。

 そんな時、話しかけてくれたのが蒼依だった。否定され続けていた僕の存在を全て肯定し褒めてくれた。

『また明日ね』と手を振って笑顔で言われたとき死んじゃいけないと思った。今、僕が死んだら悲しんでしまう人が、蒼依がいるからと。

 だから今まで生きてこられた。蒼依がいたから全部頑張れた。否定されても、全部蒼依が肯定し認めてくれるから。

 本当は蒼依にはまだまだ生きていて欲しい。

 だけど僕が蒼依にそんなこと言う資格はない。

 太陽のように沢山の人を照らし続けた蒼依は、もう昔のような輝きは放っていない、放てないのだ。沢山の人を照らし過ぎたのだろう、蒼依は太陽から静かな月へと変わった。

 人生最期の日。蒼依と一緒に過ごせてよかった。

 蒼依の冷え切ってしまった氷のように冷たい手を取り、何年も前から伝えたかった言葉を口にする。

「蒼依、愛してる」

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