第8話 兄のお墓
蒼依と半分こしたざるそばと伊勢うどんを食べ終え、死ぬ前に行っておきたかった場所に向かって歩き出す。途中、道端にとても綺麗で小さな一輪の
広く誰も通っていない坂道を上り見えてきた墓地。そろそろ持つのが
短く急な坂を登り、小屋で
お盆のときに来たのが最後。その後は誰も来ていないようで菊やヒサカキの花は枯れ、造花の
生ける花もないが、この枯れた花たちを挿しておくのも悪い気がして、今どき珍しい
墓石の前へと戻ろうときびすを返すと蒼依がジッと口を半開きにして、会ったことない兄が眠る小さな墓石を見ていた。
「兄さんなんだって」
蒼依の隣にしゃがみ、コンビニで買ってきたジュース三本と色んなお菓子を小さな供物台に供えていく。
「お兄さん?」
「そう」
「お兄さんいたの?」
「いたらしいよ。会ったことないけど」
ぬるくなってしまったぶどうジュースを手のひらで転がし、雲ひとつない青空を見上げる。
写真でしか知らない兄。声も仕草も何もかも僕は知らない。
享年十歳という若さでこの世を去った兄は何もかも完璧だったらしい。勉強も運動も全てにおいて劣る所はなく、人柄もよかったとのこと。
兄さんが死んだ理由は白血病だった。
白血病を治すには骨髄移植が必要で、両親は直ぐに適合者かどうか調べたが適合せず、両親はどうにかして兄を助けるため死に物狂いで調べ、兄弟間の骨髄移植について知った。骨髄移植の適合割合は両親より兄弟のほうが高く、それを知った両親は兄を助けるべく僕をつくった。
けれど僕が生まれる直前に兄は死に、役目がなくなった僕はただ生かされた。
毎日のように亡くなった兄と比べられ、兄の
生まれたくて生まれたわけじゃない。あくまでも兄を助けるためにつくられたのだ。役目がないのなら殺してくれたらよかったのに。
「真生」
「ん?」
青空を自由に飛び回っている大きな鳥を見ながら返事した。
「お兄さんのこと好きなの?」
「なんで?」
思ってもみなかった質問に驚きを隠せず蒼依のほうを向いた。蒼依はボーッと
「だって顔も知らないのに最期の日にこうしてジュースとかお菓子とか持って会いに行くなんて好きなのかなって」
そう言って蒼依は名前も知らない僕の兄が眠っているお墓を見た。
兄のことが好きなのかは自分でもよく分からない。ただ好きな土地に兄が眠っているだけだ。蒼依の言う通りわざわざ会いに行く必要もお菓子を買い込んで供える必要もない。
相手は死んでいるのだから話しかけても返されることはない。ましてや兄のせいで僕は虐げられる毎日を送っているのだから好きにはなれない。
「好きじゃないよ」
「じゃあ嫌い?」
また虚空に視線を移した蒼依がボソリとささやきかけるような小さな声で聞いた。
好きではない。でも、だからと言って嫌いなわけでもない。両親の口から出てくる兄はいつも完璧そのもので、むしろ弟として誇らしい。だったら好きなのか? いや、それはなんか違う。
「あいだくらいかな」
「ふーん」
つまらなさそうに空を見ている。
確かにつまらないよなぁ。
同じように空を見る。さっき飛んでいた白い翼の大きな鳥は何処かに消えてしまっていた。
「時間ってまだある?」
「あるよ沢山」
そう答えると蒼依は深く息を吸って吐き出した。
「じゃあ最期のお願い。真生のこと教えて」
「いいよ。じゃあ僕も蒼依のこと教えて」
互いに目を合わせることなく、仮面によって隠されていた想いをポツポツと呟くように話していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます