第2話 電車の中
「最期の写真」
そう呟き、蒼依にカメラを向けシャッターを切った。
画面越しで見る蒼依と生で見る蒼依は全く違う。何処かどう違うのかと訊かれると上手く答えることは出来ないが、とにかく違う。
電車の進行方向のおかげで蒼依は僕の肩に頭を乗せた。本人の意識は全くないようで、変わらず寝息を立てている。
高校に入ってから登校以外で生の青依と近づくのは久しぶりで、思わず鼓動と息が荒くなる。
近くなった蒼依の髪からは昨日フローラルな匂いがしていたが、今日はシャボンの匂いがする。シャンプーでも変えたかな?
ふと気になって蒼依の着ているシャツの腕をまくる。
そこには、変わらず火のついた煙草を押し付けられた痕があった。中には初々しい傷もあり、鞄に常備している火傷に効くとされている軟膏を取り出して塗った。
こうやって薬を塗ってあげるのは何年振りだろうか? 高校生になるまではしていた覚えがある。
蒼依は虐待を受けている。本人は虐待されている意識はないようだが、誰からどう見たって虐待を受けているとわかるほど、傷だらけだ。
蒼依の家庭は複雑だ。
父親と母親は蒼依が小学校一年生の時に離婚し、母親に引き取られた蒼依は母親と二人で暮らしていた。
小学校四年生の夏休み明け、とても嬉しそうに新しい父親が出来たと報告してくれたときの表情は今でも覚えている。
その報告を受けた僕は幼いながらにありとあらゆる手段を用いて蒼依の新しい父親について調べた。
名前は
この情報は近所の噂好きの人たちや、同じ系列の会社で勤務している父親から聞いた話だから人の主観が入っているため、信ぴょう性には多少欠けるが、蒼依も嬉しそうだったし心配はないと思っていた矢先だった。
真夏に似合わない長袖の隙間から見えた、腕に火傷の痕があった。蒼依に聞いても答えてくれなかったので、仕方なく家を張り込んでいると蒼依の母親の怒鳴り声が聞こえた。
窓の隙間からそっと覗くと、僕の知らない蒼依の母親がいた。普段の温厚な雰囲気とはまるで違う、悪魔のようなその顔。蒼依の家の換気扇からは絶えず煙草の臭いが吐き出されている。
止めようかと迷ったが幼かった僕は動けず、その場で固まったまま蒼依の腕に火のついた煙草を押し付けられる様子を見ていることしかできなかった。
どうしてあんなに蒼依のことが大好きだった母親が蒼依を傷つけているのか、今でもわからない。
そういう僕も最近になって気づいたが教育虐待という他人からはわかりづらい、なんとも陰気な虐待を受けている。だけど蒼依の腕の痛みに比べたらなんてことない。
蒼依と違い、要領の悪い僕は蒼依と同じ高校に入学できたものの、テストの点数がいつも赤点ギリギリで学校では勉強以外のことを考えられない。
そのため、今年もせっかく同じクラスになったのに、
何のために同じ高校に入ったのか意味がわからなくなる時がある。そういう時は決まって蒼依本人の許可なく写真を撮って、家に帰って勉強の合間に見返す。
その度にエールを貰っている気がして、勉強頑張ろうと毎回思う。
〜次は◯◯駅〜
電車内にアナウンスが響き渡り、僕は寝ている蒼依の肩を出来るだけ優しく、そっと叩いた。
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