第21話 転機
予定通り2週間でシルベルタの街に戻って来た俺達は、報告とリサにおみあげを渡す為にビルド商会本店に行く事にした。
「行ってらしゃ~い」
王都のおみあげをもらった女将さんは、ご機嫌で送り出してくれた。
「無事に戻られたのですね、シンさん」
「お蔭様で、ロペスさんも元気そうで何よりです。2人とも居ますか?」
「今は会頭だけです、どうぞこちらへ」
「おう、帰ったか。大活躍だったらしいな」
「止めてくださいよ。頭のゴメスさんが良い人だったからですよ」
「そう言う事にしておこう」
「リサさんは?」
「シャイン伯爵のところで勉強しとる」
「伯爵?勉強?」
「伯爵は王都に情報提供した事が陛下に認められてな、その情報はシンからだが俺は伯爵から認められたと言うわけだ」
「それが勉強とどういう関係なのです?」
「おっと、解り難かったな。伯爵もリサと同い年のお嬢様がいるんだ。そのお嬢様が来春、王立魔法学院の試験を受けるのだがリサも受けると知って、どうせなら屋敷で一緒に勉強すればと言う事になった。あそこには魔法に関する書物が腐るほど有るからな」
「そういう事ですか」
学院の受験か、ちょっと羨ましいな。
「そこでだシンも王立魔法学院の試験を受けてみないか?」
「俺がですか?でも歳が」
「王立魔法学院は年齢、出自、を問わない、そしてどの国からでも受ける事が出来る。優秀な人材を育て集めたいと言う陛下のお考えなのだ」
「そうですか……」
会った事は無いが国王は頭の柔らかい人だな。
「で、どうする?滞在費等は言い出した俺が出そう」
魅力的な話だ。あの円盤の事も気になるし。
「分かりました、受けてみます。あっ、でもお金は大丈夫です、こう見えて結構稼いでいますので」
「そうか。そうだろうな」
「シンが帰って来たんだって?」
扉をバタンと開けて入って来たのはリサだ。
「やぁ、リサ。元気してた?」
「あたり前でしょ」
少し大人っぽくなったかな?
「なに買ってきてくれたの?」
やっぱり変わってない。
王都で流行っている呪い避けが付与されてる金のメダリオンを2人に渡すとすごく喜んでくれた。
その後はリサにせがまれ盗賊団アワーズの襲撃の話をする。だけど1番食いついてきたのは祝福の儀の話だった。
「え~、それで祝福されてきたの、い~な」
「それで何か良いことはあったのか?」
「残念ながら僕達はダメでした。でも"情熱の赤い薔薇"の人達はステータスの数値が上がったそうです」
「そうか」
「それでそれで、巫女様ってとても美しい人だって噂よ」
「うん、とても素敵な人だった。彼女もリサと同い年だよ」
「へぇ~、そうなんだ」
2時間も話していたらさすがに話す事が無くなった。一瞬の沈黙の後、ビルドさんがリサに言った。
「シンも王立魔法学院の試験を受けるそうだ」
「ホント!シン」
「ああ、ホントさ」
「私が色々と教えてあげる」
「頼む」
帰りがけにロペスさんに渡しそびれたおみあげを渡す。これは王都では定番でプディングと言う物だ。
これも勇者が伝えたのだろうプリンの元になった物だ。でもちょっと違いどちらかと言うとケーキに近い。
ウイスキーとプディング、勇者が伝えたとすれば国は判らないが、英国か米国が確率が高い。
日本人だとすれば勇者は江戸時代後期から明治時代前半までの人だろう。
「皆さんでどうぞ」
「ありがとう御座います」
帰りは教会に寄る予定だ。リリの加護神の事を訊く為だ。
リサと会った元気な子供たちの声が聞こえる教会に行くとあの時の若いシスターが居た。
「すいません、またお訊きしたい事が有るのですが?」
「はい、何でしょうか」
「天空神アステト様ってどのような神様でしょう?」
「アステト様ですか?その様な神は存じあげませんが」
「えっ、いないのですか?」
「そうですね、この世界の神の中にはいらっしゃいませんね」
「解りました、ありがとう御座います」
袋に入ったお布施を上に乗せたプディングの折箱を渡して外に出る。
この世界の神じゃない?もしかすると他の異世界の神か?
そうなると勇者も地球から来たとは限らないし年代も当てにならないか。
まぁ、俺に関係有るのはリリだし勇者が誰であろうと関係はないので気にする必要もないか。
「リリは何処から来たのかにゃ?」
「ミャウ?」
そりゃリリにも判らないよね。
ん、急に鼻がムズムズする。風邪かな?
☆☆☆☆☆☆
「おかしい。そろそろ手配書が回ってもおかしくない頃だが」
「お頭、ただいま戻りました」
「おう、何か分かったか?」
「はい。どうやら、お頭も俺達もお咎め無しと決まったようです」
「何だと……」
さては、あの兄ちゃん何かやりやがったな。ホント、ふざけた野郎だぜ。
「あっ、ゴメスさん、来てたんですね」
「おう、ロイじゃねーか。Aクラスになったんだってな」
「そうなんだけど、俺なんかまだまだっすよ。だいぶ前になるんですけど、オークの集落を潰しに行ったらジェネラルとキングがいて死ぬとこだったんす」
「ほぉ~、で?」
「ジェネラルとキングが剣を振り下ろした時、死んだと思ったんですけどね、ジェネラルとキングが音も無く空中に吹っ飛んだと思ったらダークバレットで額を撃ち抜かれてたんです」
「誰が殺った?」
「シンていうDクラスの冒険者で"見えざる神の手"っていう二つ名がつきました」
「シンだと?どんな奴だ」
「瞳も髪も黒で結構良い男でしたね」
間違いねぇ、あの兄ちゃんだ。Dクラスだと、ふざけるなよ。あれはそんな生易しいもんじゃねぇ。
あの時の俺は、まるで手のひらの上で転がされている感覚だった。元SSクラスの俺をだ。それにあの洞察力、本当に怖ろしいぜ。
強がってはみたが、あの兄ちゃんに出会わなければこうして、この子達の顔を見る事も出来なかったろう。
"見えざる神の手"だと?とことんふざけてるぜ。
あ~、嫌だ嫌だ本当に嫌だ。大きな借りを、あの兄ちゃんに作っちまったぜ。
ーーーー
王立魔法学院の試験は3月の始めにある。少なくても、ひと月前には現地での環境を整えたいとの伯爵の考えで、年が明けたら直ぐに王都に出発する事になった。
伯爵のお嬢様エリカ様と一緒に行くことになるのだが、その護衛が……。
「ヤッホ~、元気。また一緒だっちゃね」
「また美味しい料理が食べれて嬉しいわ」
「ララちゃん、リリちゃん、また会えて嬉しい」
「宜しく頼むぞシン君」
「こ、こちらこそお願いします」
かくして、王都で祝福の儀を受けたお陰で、ますます名を上げた"情熱の赤い薔薇"と一緒に王都に行くことになったのであった。
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