第2話
賢者が造った人型ゴーレムは女性型で見た目は30歳くらい。
見た目は完全に人間なのだ。
史上最高の賢者が造っただけのことはある。
その人型ゴーレムが意識を失っているテンを起こそうとした。
「テン、テン」
「……んっ」
意識が戻ったテンは聞いたことのない音や知らない匂いに戸惑った。
「お母さん、この音や匂いとかって」
テンにお母さんと呼ばれた人型ゴーレムは答えた。
「どうやら元の空間は消滅して、私たちは外の空間……外の世界にいるみたいね」
「ここが外の世界……」
そこは山の中だった。
もちろん、赤ん坊のときから異空間で育ったテンは山とか知らない。
人型ゴーレムも山とか知らない。
「お母さん、ごめん」
「何を謝るの?」
「お母さんに相談しないでこうなったから」
「馬鹿ね、テンのせいではないから」
人型ゴーレムはテンの能力でこうなったことを知らない。
マスターである賢者がこうなるようにしておいたのかと思っているのだ。
「マスターはどうして……」
「え?」
「いえ、こうなったのならそうするしかないのです」
「は、はい」
「それに……」
「え?」
「私はあと1年以内に活動停止します」
「えっ?」
「死ぬみたいなものです」
「ええっ!? お、お母さん、病気なの?」
「いいえ、病気ではないけど特殊な体質みたいなものね。私は定期的に賢者の石を摂取しないと駄目なの」
「ケンジャのイシ?」
「それも純度99.999%以上の物が。もう、手に入れることはおそらく不可能」
「不可能?……そんな……」
「マスター以外にそれだけの純度の賢者の石はおそらく作れないはず」
「……お母さん、マスターとかケンジャのイシとかよく分からないけど……でも、でもね、希望は捨てないで」
「そうね。ありがとう」
テンはお母さんが必要とする純度の「ケンジャのイシ」を何としても手に入れることを心に誓った。
それがどのような物かは知らないが。
人型ゴーレムと違ってテンは人間なので喉は渇くしお腹は空く。
「お母さん」
「どうしたの?」
「喉が渇いたんだけど」
「じゃあ、テンが飲めるような水を探して……無菌空間で育ったテンがそのような水を飲んで大丈夫かしら」
無菌状態で育ったテンには、今、吸っている空気さえ毒かもしれない。
そんなことを考えていたら、テンが何やら空間で指を動かしている。
「テン、何をしているの?」
「あ、うん、ペットボトル飲料が出せるって」
「はい?」
ペットボトル?
そんな知識を人型ゴーレムは持っていない。
次の瞬間、テンは空間から何かを取り出した。
「……テンが異空間魔法を使える?」
いや、それはありえない。
「もしかしてマスターが。そうね、そうに決まっているわね」
「お母さん、何を言ってるの?」
「いえ、いいのよ」
全てはマスターである賢者がこのようになるようにしてくれていたのだろう。人型ゴーレムはそう思うことにした。
テンはペットボトルのキャップを開けて中の液体を飲んだ。
「ぷはー、美味しい」
「そう、よかったわね」
「ちょっと甘くて不思議な味なんだ。イオン飲料だって」
「イオン飲料?」
「うん。ビタミンミネラルとか適度に配合されている飲み物らしいよ」
「そんなこと、どこに書いてるの?」
「目の前の黒い板」
「黒い板?」
「これ、やっぱりお母さんには見えない?」
目の前の空間を指差すテン。
「見えないけど」
「そっか。僕にしか見えないのか」
「その黒い板に何か書かれているの?」
「うん。この黒い板は僕が困ったりした時に目の前に現れて、警告やアドバイス、援助とかしてくれるらしいよ」
「なるほどね、それは助かるわね」
「うん」
そのような物をテンに授けていてくれたとは。マスターである賢者に感謝をする人型ゴーレム。
黒い板は賢者が作った物ではなく、テンが異世界からの転移者だから持っているユニークスキルなのだが。
ユニークスキルとは、この世界で1人くらいしか持ってない特殊なスキルのことだ。
そんなことは人型ゴーレムもテンも知るよしがない。
「とりあえず、この黒板があれば」
「コクバン?」
「黒い板だから黒板」
「なるほどね」
「黒板があれば、この世界で最弱の僕も何とかなりそうだね」
「そうね」
「お母さんのことも僕が助けるからね」
「ありがとう、テン」
「あ、もしかして」
「え?」
「……駄目なのか」
「どうしたの?」
がっかりしているテン。
「お母さんが必要とする賢者の石。ケンジャのイシって賢者の石なんだね」
「まあ、賢者の石は賢者の石ね」
「うん。黒板に賢者の石を出せないか質問したんだ」
「それで?」
「賢者の石は賢者じゃないと作れないって」
「まあ、そうでしょうね」
「お母さん、僕は1年以内にお母さんが必要とする純度の賢者の石を作れる賢者になるよ」
「あ、う、うん、でも無理しなくていいのよ」
「頑張るよ」
「そ、そう」
いや、それは無理だよと思う人型ゴーレムだった。
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