第8話 思い描いたもの

〈グラウィス視点〉


 僕が物心がついた頃、兄に褒められることが嬉しくて、色んなことを学んだ。

 剣を触れるようになれば、馬を乗れるようになれば、難しい本を読めるようになれば……兄は優しく「すごいね、ウィス」と頭を撫でて褒めてくれた。


 それがすごく嬉しかった。

 父も母も忙しく、毎日会うことは出来ない中で、兄に褒められることが喜びだった。


 しかし、僕が褒められるために何かをすればするほど……その結果が周囲の期待となり、いつの間にか兄と王位を争う立場になってしまった。

 次第に臣下を名乗る大人たちにより兄と会うことが出来なくなり……気付いた時には派閥が出来て、兄と敵対をしていた。


 そんな時に王宮の花壇の影で泣いているリシャと出会った。


 本人はアリーシャと名乗ったつもりだろうが、泣いて、しゃくりあげている状態だったため、リシャと聞き取ってしまい、その場ではそう呼んだ。

 その後、本当の名前はわかったが、そのまま「リシャ」と呼ぶことにした。


 マルキシオスのお家騒動は知っていた。

 双子は継承権争いの火種になる。次の男児を求められていて、夫婦の仲も睦まじいが、子が生まれないことは有名だった。

 

 そして、大人たちに争いが起きないようにと双子の区別をするべきだと言われ、悲しくて泣いていた少女。



 最初は……。

 妹と争いたくないと泣いているのに、ひどく腹を立てたことを覚えている。

 自分だって兄と争いたくはない。だが、こんな風に泣くことは許されなかった。勝手に派閥のトップというお飾りの地位につき、彼らの望むように振舞うしかできなかった。


「泣いてないで自分でなんとかしなよ。泣いても解決しないよ」

「お兄ちゃん、だれ」

「誰でもいいでしょ。妹と争いたくないなら、君が自分で頑張るしかないよ」

「がんばる?」

「この国は男性継承が原則ではあるけど、男児に恵まれなった場合には女児の継承を認めているんだよ。婿が継ぐことが多いのは事実だけど、絶対じゃないんだ』


 どうせ、そんなことは出来ないだろうけど。

 本音は隠して、八つ当たり気味に言った言葉だった。


 女当主は王国内の歴史でもわずかしかいない。

 大抵は婿に当主を継がせ、血を繋げるだけの存在になる。

 諦めて、自分と大切な妹とやらを衣食住で区別することになり、やがて仲は破綻する。


 そう思っていたのに……。

 その子は当主となるために勉強を始めた。当主としての勉強だけではなく、当然のように求められる淑女教育も、馬術や護身術などの男性が受ける教育も……必死に身につけようとする。

 王宮に来ると僕を探し、報告に来る子から目を反らせなくなった。


 最初はつらいと言っていたのに、いつの間にか笑顔でこれが出来るようになった、あれができるようになったと……彼女が王宮に来るのが楽しみになっていった。



 妹と喧嘩をして、泣いている時に……ぽろっと本音が零れた。

 こんなに頑張っても、やはり双子は争うことになるなら、何もせずに流されている自分は兄と争うことになる。


 受け入れることは出来ない。

 そう、心に決めた時……王にならないために、何をするべきかを考えた。


 王が優秀であることは、国の統治において重要なことだろう。

 だけど、兄は劣っているわけではない。穏やかで優しく、人の話を聞くことが出来る。とても優秀な人だ。それでも、兄だけでは出来ることは少ない。



 僕の周りに集まるのは兄が王位を継ぐと利権が少ない貴族ばかり。元より不利だからこそ、声高に僕を持ち上げるだけ。


 それなら……僕の周りに優秀な奴を側に置くのはやめようと決めた。

 仲の良かったイザーク達ではなく、口だけで家柄しかない様な奴らを側近候補に選んだ。婚約者候補も同じ、一番頭がお花畑なお姫様に憧れる子を婚約者に選ぶことを計画した。


 その頃、兄はカリエン様と正式に婚約した。

 兄を補佐しつつ、仲睦まじい様子な一方、僕自身は彼女に嫌われていると思った。将来の義姉と思い、挨拶をするが素っ気ない。


 よくよく考えれば、敵派閥のトップだから、仕方のないことだとも思った。

 ただ、兄を隣で支え続ける姿を見た時、ふと、思いついた。


 王族として支えるのは彼女がやってくれるなら、僕は臣下になって支えればいいのでは?

 そんなことを思うようになった頃、リシャが婚約をした。


 人を憎悪したのは初めてだった。

 他の奴に譲れない、その思いが強くなり、王籍を棄てる事決めた。


 その後、すぐに婚約者候補を整理して、正式な婚約をした。


 優秀なソファラは、イザークに押し付ける形で、外国語が堪能なロゼリアは外国への興味が高かったので海外留学を勧めた。

 意外なことにリオーネは、協力者になった。僕を嫌っていたはずの彼女は、「アレはない」と言っている。確かに、姉妹での争いの原因にならないためには毒にも薬にもならない人物は間違っていない。ただ、あれが自分の半身を幸せにするとは思えなかったらしい。


「あの二人を破局させたら、面倒なのが寄ってくるのは見えているので、それくらいなら仕方ないので妥協します」

「妥協……なら、婚約者ではなく側近になってくれるってことでいい?」

「絶対に幸せにすること、出来ないとか許しません。代わりに、協力者として貴方に仕えます。あの役立たずの側近達のせいで、手が回らなくなって計画失敗はやめてくださいね」

「流石に任せることできないよね」

「どれでもいいので、あのポンコツ達の誰かと婚約すればいいでしょ。ソファラをイザーク様に紹介したみたいに、私を紹介してください。どうせ、計画が成功するまでは近くにいたほうがいいでしょ? まあ、アリィが他の人に恋をしたらそっちに付きますけどね」

「僕がそれを許すと思う?」


 そして、協力するためにリオーネは僕の側近の中でもプライドだけは高い、男と婚約することになった。いずれ、婚約を解消して、リオーネにふさわしい婚約者を用意することを約束して……。


 側近の一人と婚約した後、彼がやらなくてはいけない仕事を全てリオーネがしてくれていた。流石というか……リオーネは優秀だった。リシャと同じ教育を受けていただけはある。男だったら本当の側近に出来たのにと思うこともあったくらいだった。




 そして……計画は実った。



 前婚約者の愚かな振る舞いにより、僕の婚約は破棄となる。そして、その醜聞が大きくなったことで僕を罰する必要ができた。処罰を軽く済ませたい両親に対し、兄が僕の王位継承権の返上を主張した。


「兄上……」

「父上、母上。ウィスの……グラウィスの幸せを願うなら、本人の望みを聞くべきじゃないかな? この子はずっと、マルキシオスの婿になることを願っていた。そうだよね?」

「なっ、なぜそれを」

「君の兄だからね。好きなんだろう? まあ、そのためにやっていることは褒められたことではないけどね」


 兄に色々とバレていたことには驚いたが、僕の幸せのためにと両親を説得してくれた。その上で、試験を受けて、宰相府に入ることも出来た。


「王族で無くなっても、僕の弟だよ。待っているね、僕を支えてくれる日を」


 そう言って、小さい頃のように、抱きしめられ、頭を撫でられた。


「あと、気持ちはわかるけで、ほどほどにしないと……重すぎると女の子に嫌われちゃうからね」

「大丈夫。余計な虫はもういないから。僕しかいないなら、寛大になれるよ。リオーネもディオンが引き取ってくれたしね」

「あなた達、男同士で抱き合うのはやめなさい。それと、あなたには遊んでる暇はないでしょう。一年半で基本的な仕事を覚えないと、新婚なのに家に帰れない日々が続くことになると思いなさい」

「えっ」

「あたりまえでしょう? 宰相府の忙しさを考えなさい。ちゃんとした新婚生活を過ごしたいなら、いまのうちに馬車馬のように働くんですよ、いいですね」

「は、はい、カリエン様」

「義姉上で結構ですよ。甘やかさないように、せいぜいこき使ってあげますから」


 王籍を外れた日から、独身の文官が入る寮の一室を与えられた。今までの部屋の数倍狭いが、特に気になるということもなく、そのまま朝から晩まで働いた。学園自体はすでに卒業資格を満たしているので、3日に1度行くくらいで、ほぼ仕事に明け暮れた。


 せっかく婚約者になったのに、会いに行くことも出来ず、仕事ばかりで潤いの無い日が建国祭の日まで続いた。

 それでも、良かったこともある。建国祭の後からは週に一度はリシャとお茶会をして、堂々と会えるようになった。


 イザークとか旧友も何だかんだと、ふたたび、傍に来てくれた。もう、側近はいらないため、本当にただの友人として……。


 リシャは、王籍を外させたと少し心配しているが、概ね僕の計画通りであり、これから望んだ未来へと歩いていけるようになった。




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