第7話 新しい婚約者


 3か月と少し経過して、漸く、父から新しい婚約者が決まったと言われた。

 11月中にと言われながら、12月に入っており、すでに建国祭まで二週間を切ったこともあり、やきもきしていただけに、ホッとした。


 新しい婚約者の名前を尋ねるが、父は「楽しみにしているといい」と言って、教えてくれなかった。


 ただ、新しい婚約者から贈られてきたという建国祭用のドレスは既製品ではなかった。ラベンダー色に銀糸の刺繍が施された美しいドレス。私にぴったりのサイズで用意されているので、ある程度前から決まっていたのだろうと思う。

 一緒に用意されたというアクセサリーも贈られていたが、当日まで開けないように言われてしまった。


「無事に決まったのに、どうして教えてくれないのかしら?」

「派閥の調整に苦労しているみたいよ? どの派閥からも予想外の相手だったから。それと相手の方の事情もあるのよ」


 リオーネは楽しそうに「やっと、肩の荷が下りた」と言っているので、なかなか決まらないため、心配をずっとかけていたらしい。


「予想外?」

「ええ、もちろんよ。まあ、私とソファラは予想通りだったわ。でも、周りからは予想外。お父様は複雑そうだったけどね」

「……そうなのね」


 お父様が複雑と言うことは、お母様が推したのかしら。

 それでも、この時期に婚約破棄をしながら、どちらも新しい婚約者が決まった事は良いことだと思い直す。



 建国祭当日。

 メイドたちにより磨き上げられ、ラベンダー色のドレスに着替えて、アクセサリーを身につける。


 身に付けたアクセサリーは全て紫と黄色が混じる不思議な宝石だった。

 


「素敵だけど……この宝石は?」

「アメトリンよ。アメシストとシトリンが一緒になった宝石。二つの色が混じった不思議な宝石よね。でも、素敵よ、アリーシャ」

「リオーネ。ありがとう。貴女もよく似合ってるわ。アクセサリーは、ヴァイオレットサファイア? ディオン様の瞳の色ね」


 ちょうどリオーネも支度が終わり、顔を出してくれた。

 リオーネのドレスは、私よりも淡い紫色。ちょうど、ディオン様の瞳のような色をしている。

 ドレスのデザインは、形は似ているけれど、レースや刺繍の入れ方が違っていて、お互いの今の雰囲気にあったものになっていた。


 でも、それより気になるのは、宝石の色。

 紫色の瞳は王族に限られるはず……瞳の色に合わせたとすると、まさか……そんなことはないと思いつつも、困惑する。

 嬉しい……そう、もし、もしもこの色の通り、グラウィス様なら、とても嬉しい。でも、その時に私は当主になれるの?

 でも、成れなくても、リオーネと争うことはないからいい? ううん、それではこれから先に、女性が当主となることのできる道が潰えてしまう。


 頭の中にぐるぐると考えがまわり、整理が追い付かない。


「アリーシャ、大丈夫?」

「え、ええ……なんだか、ちょっと考えがまとまらないわ」

「……そうね。もうすぐ迎えが来るそうだから、玄関に行きましょう?」


 リオーネは嬉しそうに微笑んだ。ディオン様とはうまくいっているらしい。

 玄関では、すでにディオン様と両親が待っていたが、私の婚約者となる方はいなかった。


「では、行こうか」

「お父様。私の婚約者は?」

「ああ……準備があって、迎えに来れなくなってしまってね」

「そう、でしたか……その、エスコートは?」

「会場で待ち合わせることになる。私と一緒に会場入りすることになる」


 お母さまをちらりと見ると頷いている。私が父のエスコートで入場することに問題はないらしい。


「お父様。私はお相手のお名前さえも知らないのですが……」

「ああ……そうだな。名前は、グラヴィ・レーグルス。今年、宰相府に入省を果たしたことで、最優秀ということで婿に決めた」

「まあ。宰相府ですか。優秀な方ですね」


 宰相府は文官でも最高峰。そこに入るほど優秀なのに、名前を聞いたことが無いことには不自然を感じてしまう。レーグルスという家名は、たしか、隣国のお家だったと思うのだけれど。でも、向こうの方であれば瞳の色が紫でもこの国より珍しくないのかもしれない。

 一瞬期待しただけに、少し残念に思いつつも、安堵もした。


「行きましょう、アリーシャ。大丈夫ですよ、会場でお会いすればわかります」


 母に促されて、馬車に乗って式典会場へと向かう。

 式典会場につき、父、母、私の順番で馬車を降りる。リオーネとディオン様は別の馬車でこちらに向かっている。


 まずは父が馬車を出て、次に母。そして、私が場所を降りた瞬間、こちらに向かってくる男が目に入った。


「アリーシャ! 遅かったな。やはり新しい婚約者などできるわけがない。建国祭に一人では次期侯爵として面目が潰れるだろう? 俺がエスコートしよう」


 元婚約者、バリュス・デュラークが、目を血走らせてこちらに向かってきている。

 だいぶ距離があるので大声を出しており、私が一人でいることを周囲に知らせて、エスコートをする権利を得ようとするのも小賢しい。

 わざわざ私が誕生日プレゼントに送ったハンカチを胸元に刺していたり、婚約中には身につけなかった揃いのブレスレットもあり、気持ちが悪い。



「デュラーク伯爵子息。それ以上近づかないでくれるかい? アリーシャには新しい婚約が決まっている。このドレスもその方から贈られてきたものだ。君が大声で娘を貶めようとするなら、退出してもらうが」


 父が私をかばうように前に出る。そして、ディオン様とリオーネの馬車も到着し、私を隠すように前に立った。


「そんなバカな! 俺以外に伯爵家以上の次男、三男でフリーな者は近い年齢ではいないはずです! 俺こそがアリーシャにふさわしいはず!」

「アリーシャの婿の条件は、騎士または文官として自身で生計を立てられる者、身分は問わぬとして募集し、今年、最も成績の良かった者を婚約者とした」

「そんなバカな! 侯爵家の婿ですよ! 認められるわけがない! だいたい、どこまで優秀かもわかったものではないでしょう!」


 声高に主張する元婚約者に父は黙って聞いている。

 これでは、新しい婚約者の方に失礼になるかと反論をしようとするが、「少々お待ちを」とディオン様に止められる。ちらりと会場簿入り口に視線を送るディオン様に誘導されるように私も視線を送るとこちらに悠々と歩いてくる人がいた。


「じゃあ、決闘をしようか。僕と君、どちらが婿として相応しいか、白黒つけよう。ああ、剣に自信がないなら、学問で競っても構わないよ」

「は? え?」

「アリーシャ・マルキシオス侯爵令嬢の婚約者となったグラヴィ・レーグルスだよ。君がふさわしいというなら、その座をかけて戦おう」

「え、いや、あなたは……」


 名乗った名前こそ知らない名前だけど、どう見てもグラウィス第二王子殿下だった。いや、眼鏡をかけているので、変装しているつもりかもしれないけれど……。


 きょとんとしている私の隣まできて、にこりと笑う姿はいつもの彼で、だけど、普段なら必ず身に着けている王家の紋章などは一切身に着けていない。

 それに、服の質も王族としては少々落ちる……貴族が身に着ける分には問題は無さいけれど。


「グラウィス様、一体なぜ?」

「うん。側近のやらかしの責任を取る形で、王位継承権を放棄を願い出て、漸く許可されてね。当然、王族としての地位も返上して、今は、隣国のレーグルス侯爵家の縁者として姓を名乗ることが許された平民だけどね。それでも……幸い、マルキシオス家の婿には身分は問わないとあったから、婚約者に立候補したんだよ。少し下がっていてね」


 パシッと身に着けていた白い手袋を元婚約者に投げつけた。おろおろしている元婚約者に対し、「さっさと拾ってくれる?」と言っているが、その目はすぐにでも射殺しそうなほどに怒りが見えている。


「どうするの? 僕は何で勝負しても構わないよ。でも、リシャの隣は譲らない。ようやく、この場所を手に入れることが出来たからね」

「え? あ、いや」

「勝負をする気概もないなら、目の前から消えてくれるかな? これからマルキシオス侯爵家は会場へ入場しなくてはいけないからね」


 にっこりと笑うウィス様にこくこくと首を振るだけの人間になった元婚約者は走り去っていった。


「入場後に合流する手はずでは?」

「僕もそのつもりだったのだけどね……マルキシオス侯爵閣下、この度はアリーシャ嬢の婚約者として認めていただいたことに……」

「そのように他人行儀に話をするのはやめてくれるかな? 我が家の婿となることに身分は問わないとしたのは私だ。元王族だろうと隣国の侯爵家の養子の平民だろうと関係ない。君は君、可愛い愛娘の婚約者だよ。家族として接してくれるね?」

「ありがとう、というのもおかしいかな? でも、嬉しいよ」


 父がグラウィス様に話しかける様子は、王族に対する態度ではなく、失礼がない程度の砕けた話し方であり、かつてのバリュス様やディオン様のような婿に対する気安さが見え隠れしている。


「お父様もアリーシャも、皆さまが困っています。まずは会場に行きましょう?」


 リオーネの言葉に促され、父と母、私とウィス様、ディオン様とリオーネの順にエスコートされながら会場へと入った。


「グラウィス様」

「ふふっ……驚いた?」

「ええ、グラウィス様がまさか」


 まさか、私の婚約者として現れるなんて思いもしなかった。

 そう、言葉にしようとしたが、唇に指を充てられ、続きを遮られた。


「昔みたいにウィスと呼んでよ。もう、名前も変えてしまったし、ウィスと呼んでくれる人はいなくなってしまったから……ね、リシャ?」

「ウィス様…………」


 まだ、私が次期当主として発表される前の呼び方。

 幼いころ……呼んでいた名前。


「話は後で、ゆっくりね。今は、建国祭を……君の婚約者としての初めて役目を務めさせて?」

「はい」


 ウィス様が横に立って私の腰を抱き、エスコートする体制になった。

 通常のエスコートよりもかなり密着した状態になって驚き、少し距離を取ろうとしたけど「駄目だよ」と少し力を入れられ離れられない。


「その、今までこんなに近い距離でエスコートされたことが無かったので」

「そうだね。でも、注目されているからこそ、ここで見せつけておきたいんだ。……ダメかな?」

「後で、ちゃんと説明してくださいね」


 注目をされていることはわかっている。そして、ウィス様は己の考えをきちんと持ち、無意味なことをしない人であることは理解している。

 だから、この行動にも何か意味があるのなら、恥ずかしがっているだけではいけない。それでも、ドキドキして、顔が赤くなっていないか心配になってしまう。



 会場では、建国祭の宣言を行われた。

 そこで、国王陛下からの宣言、お言葉があり……その最後にグラウィス様が王籍から外れたことが発表された。

 私の横に立っていたことも皆がわかっていたけれど、何を言っていいのかわからないのか、見なかったように振舞い、いつの間にか周囲から人が減っていた。


「王籍から外れるのは処分として厳しすぎるのでは?」

「僕が頼んだんだよ。兄上の継承の邪魔になりそうだったからね」

「……そのために準備をされていたのですか?」

「そうだね。君は? 願いは叶ったかな?」

「わかりません……私が当主を継ぐつもりでしたが、王族が婿になったら……」

「僕は平民だよ。それに、侯爵家の仕事を手伝う余裕はない。宰相として、兄上の右腕になるために駆け上がることになるからね……安心した?」


 私の戸惑いが分かっているように、はっきりと平民であると言われる。

 そして、グラウィス様の言葉に、はっとなって、リオーネを見る。そう、「身分問わず」とお父様に提案したのは、リオーネだった。


「リオ」

「いつから? この計画を知ってたの?」

「まあ、ね。詳しい話は私じゃなくて、グラウィス様、じゃない、グラヴィに聞いてね。んふっ、これで私が命令できる立場になったしね。アリィのためなら手伝うけど、今後はご自分でお願いしますね」

「申し訳ありません、アリーシャ嬢。主であるグラウィス様の手前、お伝え出来ず……困ったことなど、なにかありましたらご連絡ください」

「わかってるよ。二人ともありがとう」


 どうやら、二人はずいぶん前から知っていたらしい。王籍離脱のことも含めて知っていたらしい。

 そして、後は知らないとばかりに二人で飲み物を取りに行ってしまった。


「……婚約破棄から、全て計画ですか?」

「リオーネの婚約も僕の婚約も、解消をするつもりでは動いていた。僕への対抗心が強かったから、僕が大切にしていたリオーネを婚約者に欲しがったからね。セレナとの危険な恋を演出してやれば、動くとは思ってたんだけど……まさか妊娠までさせるとは思わなくてね。思ったよりも派手に破棄することになった。おかげで、王籍を手放しやすくなったけどね」

「バリュス様は?」

「うん。少しずつ毒を吹き込んだよ。自身がないのは昔からだからね、自身の無さの裏返しで尊大に振舞う様になっていった。とはいえ、最初だけだよ。ここ三年はノータッチ。僕も学園と視察と自分の事業でてんやわんやだったからね」


 計画は私が彼と婚約した頃からあったらしい。

 忙しいというのはその通りだと思うけれど……しっかりと準備できたから気付かれる前に引いたのかしら。


「どうじないね?」

「そう、ですね。驚いてはいるのですが……すべて掌の上でしたか」

「まさか。必死だったよ。リオーネがこちら側についてくれたから何とかなったけどね」

「昔は嫌っていたのに驚きました」

「それだけ、バリュス君が嫌いだったんだよ。あれを義兄と呼ぶくらいなら、腹黒粘着質でも我慢すると言ってきたからね」


 リオーネ、なんてことを……というか、それはいつの話なのかしら? 多分、リオーネが候補降りた時には協力関係になってたのよね?


「話を続けたいけど、そろそろ出番かな?」

「そう、ですね」


 国王陛下への挨拶が終わり、ダンスパーティーへと移る。


 ダンスパーティーが始まり、王族の方たちが踊り始める。第一王子のカサロス殿下、第三王子エラプラン様が踊り始めると、横にいるウィス様が少し目を細めて、嬉しそうに笑っている。


「いいのですか?」

「うん。傍に行けなくても、こうやって見ることはできるからね」



 王族の方たちが終わり、爵位の順によってダンスが行われる。


「踊ろうか、リーシャ」

「簡単におっしゃいますね。こんなに注目されているのに、一度も練習していないのですが」

「そうだね……じゃあ、ミスした時にフォローしやすいように密着して踊ってもいいかな?」

「ウィス様っ! からかわないでください」


 耳元で囁くように提案された案を想像すると、頬が火照っていく。

 先ほどのエスコートも距離が近かったけど、ダンスとなるとさらに距離が近くなってしまう。


「行くよ、しっかりついてきてね」

「えっ、わっ」


 ウィス様とともにダンスを開始する。すぐ近くではリアーネとディオン様達、ソファラとイザーク様も遠くない位置で踊っている。


 元婚約者と踊っていた時には、一定の距離を取って、ダンスが得意でなかったこともあり、基本に忠実に、密着することもほとんどなかった……。

 今、あり得ないくらいに密着した状態で心臓がバクバクしてくる。


 しっかりと体をさせてくれているので、バランスを崩したりすることもないけど、華やかに見栄えのする踊り方……足さばきが早くて間違いそうになっても、フォローするように抱きしめられ、息もぴったりと合うように見えているはず。

 たまに全体重がかかっているのではないかという動きをしているのに、疲れたそぶりも見せずに連続で2曲を踊り切った。



「顔が赤いね。少し疲れたかな?」

「ウィス様は全然疲れてないようですね」

「鍛えているからね……少し外の風にあたろうか」


 ダンスを終えて息が乱れている私を気遣う様に外のテラスへと向かう。

 いつの間にか、手にはドリンクも持っていて、それを一口飲んで息を整えながら、改めてウィス様を見る。



「改めて……アリーシャ・マルキシオス嬢。貴方の婚約者となりました、グラヴィ・レーグルスです。今の立場は、隣国のレーグルス侯爵家の縁者である平民、来春より宰相府への入庁が決まっているだけで、他には何もない。……なんていいながら、王子だった時に始めた事業もそのまま貰えたから、まったく資産がないわけじゃないんだけどね」

「ウィス様」

「ずいぶんと時間がかかってしまったけど……ようやく、君の隣に立つ権利を得た。大切に、幸せにすると誓うよ。どうか、僕と結婚して、幸せな家庭を築いて欲しい」


 ウィス様が膝をついて、懇願するような声で、でも、その瞳は力強く、逃がさないと雄弁に語っている。


「何が起きているのか、まだ、夢心地のようで……なぜ、私だったのでしょうか?」

「昔、君が泣いていた時、僕が返した言葉は覚えているかな」

「……『わかるよ。僕も兄とは争いたくない』」


 一度、当主教育がつらくて、でも、妹を争いたくないと決めたのに、リオーネと大喧嘩をして、泣きながらウィス様に縋った時。宥めてくれた彼に「どうせ私の気持なんかわからないくせに!」と言ってしまったとっきに返ってきた言葉。


 普段は聞くだけで、自分のことを漏らさない……王族として、にこやかに、表情を崩すことのないウィス様が、悲しそうに、辛そうに呟いた言葉だった。


 辛くて、きつくても戦っているのは自分だけじゃないと知った日。



「そう。君にだけ漏らした……僕の弱音。あの時にはすでに第一王子派と第二王子派が出来上がっていて、僕は諦めていた。兄を支えるどころか争うしか道はないと……でも、君は努力をして、自分で願いを掴み取ろうとして……あの時には、ご両親から王家に君を次期当主として認めるための嘆願書が出ていたことを知っていた。その時にね、僕も夢をもった。兄の治世を支える存在になりたい……そのために王籍は邪魔だった」

「自ら、その地位を捨てたのですか? 王族であるからできる事もあるのでは?」


 邪魔。

 そんなことを言えるような、楽な生き方をしてきた人ではなかった。


 ずっと、民の、貴族の見本となるように……いつも笑っている方だ。声を荒げることも無く、どんな身分の者にも分け隔てなく接する人だった。


 国王陛下や王妃陛下からの期待も厚い、素晴らしい王子だった。


「厳しいね。でも、僕がいる限り派閥は無くならない。あれだけ無能を傍にそろえたのに、フォローしてくれる連中が多かったからね。それに……侯爵になる君の隣に立つには、王籍は邪魔だった。王子として妃をもつなら、君の横に立つことはできない」

「え?」

「君が好きなんだ。自分の願いのために努力をし続ける君に惹かれた。兄を支えたいと願う一方で、君を支えたいと願ったんだ……君が当主として発表されたとき、僕が婚約者候補を持ったとき、悩んだよ……そして、君の横にバリュス君が立ったとき、思い知った。君の隣は僕のモノだと、声高に叫びたかった……だから、王籍を捨てようと思った」


 ……私も同じ時に悩んで、ウィス様への思いを封じることに努めた。

 特に……リオーネが候補の一人になった時に、もし、当主にならなければと……私も婚約者になるチャンスはあったと考えてしまい、自己嫌悪したこともある。



「こんな僕だけど、どうか、受け入れて欲しい」

「…………はい。私も幼いころから、ウィス様が好きでした。当主となるために諦めたはずの道が、こんな形で……ウィス様が全てを失う形で叶うと思っていなくて……申し訳ないのに嬉しいんです」


 言葉を返した瞬間、「んぐっ」と変な声が漏れてしまった。

 ウィス様から力強く抱きしめられ、その力に思わず、出てはいけない声が出てしまった。


「ありがとう。大切にする、絶対に……」

「はい。私も……一緒に幸せになりたいです」


 互いの視線が合い、そのまま顔が近づき、唇が重なった。一度……二度、そして……長い三度のキスをした後に、ウィス様は少し私から距離を取った。


「ウィス様?」

「ごめん。まだ、あと1年以上待たないといけないのに……これ以上はまずいと思って」

「ふふっ……そうですね。ウィス様の前婚約のことを考えると、正式に婚姻しないとダメでしょうね」

「……うん。今は君の隣を確保できたからね。我慢するよ……戻ろうか」

「はい……」


 エスコートされて、会場に戻る。

 すぐにリオーネ達と合流して、その後は何事もなく建国祭は終わった。


 ただ、家に帰って、ベッドに入っても、今日の出来事を思い出して恥ずかしくなってしまい、なかなか寝れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る