第6話 王太子夫妻


 王宮から召喚状が届いた。

 お茶会の誘い……カサロス王太子殿下とカリエン王太子妃殿下からのお誘いだった。


 カサロス殿下やカリエン妃殿下とは、歳が4つ離れていることもあり、挨拶くらいしかしたことがない。リオーネならわかるけど、個人的なお茶会に呼ばれることに心当たりがなかった。


「急に呼び出してごめんね、アリーシャ嬢」

「いえ、この国の次期太陽となる王太子殿下に拝謁賜りましたこと、感謝申し上げます。立太子されて益々輝きを増します時にお時間をいただけますこと、光栄にございます」


 先月、夏休みのために領地に戻っている間に、王太子殿下が正式に発表された。

 カサロス殿下とグラウィス殿下の間にて、王位継承争いが続いていたが、グラウィス殿下の婚約が破棄されて以降、第二王子殿下の勢力が一気に力を失い、とうとう王太子殿下が立太子した。


 今が一番地固めをしなくてはいけない時期に、唐突に茶会の誘いであるため、目的が分からなかった。


「あはは、ありがとう。今日は無礼講だから楽にしてね」

「無礼講、ですか?」

「うん、聞きたいことがあって、呼び出したんだ」


 穏やかに笑っているカサロス殿下に戸惑ってしまう。無礼講って、どういうこと? ほとんど話したことのない年下相手に、無礼を咎めないってどんな話をするんだろう。


「マルキシオス侯爵令嬢。緊張する必要はありませんよ。すみませんね、急に呼び出したりして。予定は大丈夫でしたか?」

「いえ、臣下として当然ですので。お気遣いいただきありがとうございます、王太子妃殿下」

「カリエンで構いませんよ。この人も王太子として呼んだわけではないので畏まる必要はありません。私もアリーシャと呼んでも?」

「はい、もちろんです、カリエン様」


 王太子妃と呼ぶ必要はないという意味に受け取り、名前で呼ぶと、カリエン様は「ふふっ」と笑い、しっかりと頷かれた。


「この人の発言は気にしなくていいですよ。突然無礼講と言われても困るでしょう、全く。言葉は正しく使いなさいと言っているでしょうに」

「ごめんね。でも、何があっても咎めないと伝えないとかなって」

「伝え方が悪いと言っているんです。言えないことも、言いたくないこともあるでしょう。それを無理に言わなくていい、そう伝えるだけでしょう」

「そう、だね。ごめんね、アリーシャ嬢」

「いえ」


 カサロス殿下はすこしおっとりしているのか、確かに、言葉が足りていないようにも感じる。ただ、それをカリエン様が支えているので、よい関係だなと思う。


「それで、私の何をお聞きしたいのでしょうか?」

「うん。僕の治世、女当主となるのは君だけだと思う。だからこそ、君に聞いておきたい。なぜ、君は自ら当主となることを選んだのかな?」

「妹と争いたくなかったからです。ただ、最近は……私がいることで、この先の女性の道が少しでも開けるならとも、思います」

「あなた達姉妹は幼いころから仲が良かったですからね。いつも同じ服装で、とても可愛らしかったのを覚えていますよ」

「ありがとうございます」


 女当主……特に、男爵や子爵など下位貴族や、夫が先立ってしまったための中継ぎ当主としての女当主はいても、私のように高位貴族で正式な当主となるケースは珍しい。

 ただ、女のくせに生意気という意識は無く、ただ、なぜその道を選んだかを知りたい? 始まりを考えるとそんなことでと思うのかもしれないけど。


「もう少し具体的に教えてもらえますか?」

「8歳になった誕生日、初めて妹と服装を別々に用意されました。私と妹で、数段違いがあるドレスを……用意したのは祖父母でした。その頃から、婚約者を探す家も多くなるため、姉の婿が継ぐことを内外に示す必要があったからでしょう。でも、それが嫌だった。王宮に連れていくときも、違うドレスで、悲しくなって……庭に逃げて泣いていた時、グラウィス殿下から聞いたんです。婿ではなく、私が継ぐこともできると……」

「まったく……あの子なら知っていたかもしれないけど、無茶を言うね」


 カサロス殿下は困った子という口調だけど、とても嬉しそうな顔をしている。

 当時、グラウィス殿下は9歳だから、よく知っていたなとは私も思う。私が当主になりたいと言い出した時、母は「そんなことができるはずがない」と言った。そして、父が調べて、過去に女当主が認められたケースがあることを探し出した。

 ただ、根を上げるかを試すために、倍以上の勉強になったり、護身術や剣術なども習わされたりと色々あったけど。


「私は嬉しかったのです。別々の服装で、差別することが嫌でした。これから先、全てに差をつけていけば、妹と仲が悪くなっていくのが理解出来たのです。それより、自分が頑張れば、このまま仲良くできるという言葉はとても……とても大切な言葉になりました」

「なるほど。では、グラウィス様とは面識があったんですね。なぜ、彼の婚約者になって王太子妃を考えなかったのですか?」

「? えっと?」


 カリエン様の問に聞いていることがわからないのできょとんとしてしまった。

 くすっと笑うカサロス殿下に視線を向けると、「色々と誤解があってね」と言われた。


「あの、どういうことでしょう? グラウィス様は元から王位に興味ないですよね。それに、その頃、私は当主になりたいのであって、あの方の婚約者になりたいと思ったことはありません」

「言っただろう? ウィスは王位に興味ないけど、周囲が持ち上げているだけだって」

「そう聞いていますけどね。ただ、アリーシャ嬢の件も含め、わからないことばかりですよ。今年になっていきなり事が動いたので」

「その……何を懸念しているのか、わからないのですが……」


 私に聞きたいことがいまいちわからないのだけど……王太子になったからこそ、私の立場について確認したいという考えなのだと思ったけど、少し違う。

 カサロス殿下とカリエン様で相違があるのを解消したいとか?



「そうだね。まず、確認。グラウィスの婚約者候補になる前、グラウィスとリオーネ嬢って仲悪かったよね?」

「いえ……仲が悪いというか、話したことはないはずですよ。リオーネが一方的に嫌っていたのも事実です。その、私が王宮でグラウィス様と会ったことを話すたびに聞きたくないと言われていたので。候補の話をいただいた時、両親が断ろうとしたら、近くで見極めるために婚約者候補になると言い出して……その、多分、最初から婚約者になる気はなかったと思います」

「は? 婚約者候補になる時、親しいことも考慮されていますよね」

「だって、アリーシャ嬢とリオーネ嬢の区別ついてないからね。双子と仲がいいという認識だったと思うよ。グラウィスは昔からアリーシャ嬢しか見ていなかったよ。リオーネ嬢は妹ってよく言っていただろう?」


 そう、リオーネは「妹みたいなもの」とは公言はしていた。

 リオーネは「やめてください」と拒否していたけど……でも、次第に仲良くはなっていた。


「はぁ……つまり、昨日今日で言い出したことではないということですね」

「そう言ってるでしょ、カーリィ?」

「アリーシャ」

「は、はい。カリエン様」

「あなたから見て、このバカとグラウィスはどういう兄弟ですか?」


 今、バカって言った?

 王太子殿下に対してだよね? 不敬……でも、夫婦だし、いいのかな?


「私から見て……仲が良いのに、周囲のせいで仲良くできないんだな、とかですか?」

「なぜ、そう思うのですか?」

「グラウィス様は私に自身を重ねている部分があるので……兄弟と仲良くしたいのに、環境がそれを許さない状況だったから、私を応援してくれているのだと思っています。私が妹と争いたくないと言ったとき、『僕も』と言っていました」

「なるほど。ちなみに、あなたから見て、今のグラウィスの行動はどう見えています?」


 私に聞かれても……今の行動なら、私よりもリオーネに聞いた方がわかっていると思うのだけど……。

 何だかんだと、側近として一緒に生徒会活動をしているので、聞いている可能性は高い。ソファラも知っているかもしれない。


「あの……正直、私がグラウィス様と親しかったのは10歳になるまでです。それ以降は、不自然ではない程度に世間話をするだけですけど」

「それで構いません。グラウィスが何を考えているか、私には理解できません。そして、このばかは……」

「ウィスは可愛いよ。頑張ってるから応援したいんだ」

「これです。ブラコンで役に立たないんですよ。貴方の見立てを教えてください」

「学園を卒業する前に王位継承問題から降りたなと……予定通りでは?」


 多分、グラウィス様が学園卒業するまでに王位継承争いに決着とはまではいかなくても、自分を不利にするだろうとは思っていた。

 カサロス殿下が正式に王太子になる条件として、グラウィス様を推す強硬派の力を弱めるか、グラウィス様が失墜する必要がある。おそらく、前から狙っていたと思う。


「予定通り、ですか? なぜそう思いますか?」

「そもそも、昔はイザーク様達と仲が良かったのに、傍に置くのを止めましたよね。しかも、代わりの側近はそこまで優秀でもなく、あまり信用してなさそうだったので。ある程度は側近にやらかしをさせて、その責任を取る形で引くつもりかなと……」

「よく見ているね、僕もそう思うよ」


 頷いているカサロス殿下は、うんうんと頷いている。

 グラウィス様、結局使えない側近の代わりをリオにさせているので、わざと出来ない側近を傍に置いているのはわかっていた。

 何か理由があるとしたら、側近が何かやらかすのを期待しているのだと予測している。


「グラウィスを婿にと考えたことはあります?」

「いいえ。私は自分が当主になること、グラウィス様は兄であるカサロス様を支えること。お互いの願いを果たすには、それは無理だと思います。そもそも、その……王族を婿に迎えて、私が当主になることは出来ないですよね。それに、グラウィス様も侯爵になることよりも、カサロス様の近くで支えたいと考えていると思います」

「そうですか……ちなみに、新しい婚約者はどんな方を希望していますか?」

「父が決めることになっています。私はその……見る目がないので任せています」

「まあ、色々と騒動が起きていますからね」


 先日の件は王家にも報告しているので、なんだか二人に顔を反らされた。私の男を見る目が無いことに対し、何も言わないのがちょっと傷ついた。

 前婚約者のやらかしが、私の見る目が無いという認識になってしまっている。


「確認ですが、貴方、自分の婚約者とは上手くいってなかったのですか?」

「……そうですね。家に害が無い方であれば……私が爵位を継ぐためには、婿になる方が優秀でないほうがいいと考えていました。そういう人で……少しずつ、変わっていることに気付けなかった。気付こうとしなかったことが、破棄に繋がったんだと思います」

「なるほど……そこに悪意があったとしたら、どうします?」

「悪意……王家にとって、邪魔でしたか?」

「私の主観ですが……数少ない女当主の婿が無能では困ります。誘惑に勝てるようなら、見込みはありましたが、結果はこれですからね。ただ、王家というには語弊があります」


 王家の方でも介入していたのかもしれない。

 出来れば、婿が継いだほうが今まで通り、変化のないままでいられる。そういう意味では、無能な婿を排除もあり得たのかな?


「君が彼を選んだのはウィスから言われたの?」

「いえ。私自身が選びました。先ほど言った通り、10歳で次期当主と発表されてからは、グラウィス様とはほぼ接触していません。ただ、邪魔をしない程度で優秀でない人を選ぶと考えた影響にはグラウィス様の側近たちを見てですね」

「なるほど……いいでしょう。疑ってすみませんでしたね」

「えっと、何を疑われていたのでしょうか?」

「いきなり王位継承争いに終止符が打たれたことですよ。あなたの婚約破棄も含め、どこまで仕込みなのかを疑っていました。まあ、妹の方はグラウィスと共謀してそうですが、あなたは自分で考え行動していることがわかりました」


 なるほど?

 まあ、リオーネもグラウィス様から次の婚約を約束してもらっていた点を考えると、多少、共謀とかあったのかな。


 どう動いていたのかは聞いていないけど……まあ、女性だからそう思われてないだけで、実は一番の側近。ディオン様はグラウィス様が学園に入学する直前に加えられた新顔でもある。


「優秀な双子ですね。卒業後は、是非、力を貸してください」

「カリエン様?」

「王太子妃として、新しい人材を取り込む必要があります。婿の力を使うことなく、貴族の荒波に呑まれぬことを期待していますよ、アリーシャ・マルキシオス」

「たまに口が悪いけど、仲良くしてあげてね。君の活躍を楽しみにしてるよ」

「カサロス王太子殿下、カリエン王太子妃殿下のために、力を尽くす所存です」


 一度席をから立ち上がり、深くカーテシーをして挨拶をする。

 新しく権力を得た方々であり、将来、私が仕える方々に改めて、忠誠を誓い、つつがなくお茶会を終えることが出来た。



「賢いあの子と組んで、王位を狙うことも出来たでしょうに」

「望んでないよ。あの子を好きになったのは、自分の望みのために努力する子だからだよ。大切な子を本当の意味で手に入れるためには、自分が婿に行くことは出来ない。最低限、次期女当主として認められるだけの時間と自分の王籍を捨てる必要があった。たぶん、長期計画で挑んでいたと思うよ」

「妹の方は?」

「姉が自分のために頑張っているのに、妹は何もしないと思う? グラウィスに姉を任せると決めたから、協力しているのだと思うよ。……発揮する能力が違うだけで、どちらも優秀だよ」

「わかりましたよ。グラウィスの王位継承権の放棄と王籍離脱、僕も後押ししましょう」



 それから、カリエン様が主催するお茶会に定期的に参加するようになった。

 爵位を継ぐことで奇異な目で見られることも多く、好意的に接してくる女性が少なかったが、カリエン様から「頼りにしている」とお言葉をいただき、少しずつ風向きが変わった。

 大変だろうけど、応援しているという言葉ももらえるようになったのは嬉しかった。


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