第5話 一波乱
夏休みはソファラが来てくれたため、いつも以上に楽しく領地で過ごすことができ、9月から新学期が始まった。
教室に入った瞬間に、出迎えたのは元婚約者だった。
わざわざ、私の机の前でずっと待機していたらしい。
「アリーシャ。夏休みを一人で過ごし、僕が必要だと理解出来ただろう。君から僕ともう一度婚約したいというなら、受け入れる準備がある」
「デュラーク伯爵令息。私達は既に婚約破棄をしております。家名でお呼びください」
「アリーシャ、君と僕の仲だろう? 君も僕以外に婚約する相手なんかいないだろう、意地をはらずに僕と婚約すると侯爵様に伝えるんだ」
昔はこんな風に、尊大に私に命令をするような人ではなかった。
なぜ、婚約破棄をして他人となったのに、立場を理解しないのだろう。侯爵家の次期当主に対し、伯爵家の3男が命令口調で相手に暴虐無人に振舞うことが許されるわけがないのに。
「お断り致します」
「まだわからないのかい? 夏休み中、婚約者を募っても決まらなかった君に、相手はいないんだ。これは僕からの慈悲だよ」
血走った瞳で、高圧的に命じる様に恐怖を感じる。その瞬間、手首を掴まれたので、手のひらを開いて足を踏み込み、肘を上げる。
相手が思わず手を離した隙に距離を取る。はしたないかもしれないが、しっかりと教えられた通りの動きは出来た。
そして、無手でも相手に対応するために構えると、相手はひくりと一瞬ひるむが、すぐに頭を振って、「生意気だ」と怒り出した。
相手は怒ってこちらに詰めかけてこようとするので、覚悟を決めた瞬間、間に人が入った。
「デュラーク伯爵子息! 何をしている!? 女性に乱暴するとはっ!」
「いっ、いたいいたいっ! 何をするっ!? こんなこと許されると思ってるのか!」
「女性に乱暴をしようとしていた奴が何を言うか!」
「アリーシャ、大丈夫?」
ソファラの声にそちらを向くと、ちょうどソファラが教室に入ってきたところだった。
落ち着いて確認すると、私と彼の間に入って止めてくれたのは、ソファらの婚約者であるイザーク様だった。教室の様子を確認し、すぐにバリュス様の腕を捻り上げ、拘束している。
ソファラも私と彼の間に入り、物理的に距離を引き離してから、きっと睨みつつ、他の生徒に警備を呼んでくるようにと指示をしてくれている。
そして、すぐに学園内の警備の人が来て、デュラーク伯爵子息を連れていってくれた。
「イザーク様、ありがとうございます」
「アリーシャ嬢。すぐに助けられず、すまない。君に何かあったら親友に顔向けできない」
「親友、ですか?」
「イザーク様! そんなことより、急いで教師にも報告をしてきてくださいな」
「あ、ああ、そうだな。アリーシャ嬢も、手首が赤くなっている。医務室に行った方が良いぞ」
「まあ! アリーシャ、こんなに赤くなって!! すぐに行きましょう」
イザーク様にはもう一度お礼を言うと、にっこりと爽やかな笑顔が返ってきた。そして、「学園長に直接伝えてくる」と職員室の方へと向かっていった。
「素敵な方ね、ソファラ」
「ふふっ、いくらあなたでもあげないわよ」
「仲睦まじくて羨ましいわ。どうして、ああなってしまったのかしら」
「元から何も持っていなかったから、いきなり力を手に入れて使い方がわからずに暴走したのよ。哀れではあるけど、同情してはダメよ。貴女がするべきことは、これから先の女性のためにもなるのだから、妥協はだめ」
「……ええ。そうね」
私が無様に当主から転げ落ちるようなことがあれば、女性が当主になれるという道筋を無くしてしまうことすらある。
女性が当主となることが出来るという実例を作ることは、これから先、女性の未来を切り開くことにも繋がるのだとソファラに諭されてしまった。
妹と争いたくないという幼い頃の願いだけでなく、成長した今、自分が切り開いた未来を……後に続く女性たちに残すことも私がするべきことだった。
そのために、自分が選んだせいで歪めてしまい、犠牲になった彼に同情はしても……これ以上放置はできない。
医務室で手当てを受けながら、経緯を教諭に伝える。
骨に異常はないけれど、赤くなっていることもあり、しっかりと診断書を作成すると言われた。書面として残しておくことは大事なので、お願いすると、その間は医務室にいるようにと指示された。
「ソファラ、ありがとう」
「気にしないで、友達でしょう? まあ、実はこうなるんじゃないかとは思っていたから、早めに登校したのだけど……結局、防げなかったわ」
「まさか、自分がやったことをなかったことにして、強引に婚約者に戻すことを頷かせようとするなんて思わなくて……もっと慎重になるべきだったわ」
「これからは貴女を一人にしないよう、クラスの子に声をかけておくわね。学園には……」
「父に頼んで、何とかしてもらうわ。クラスは別だし、同じ授業を取っているわけではないけど、安心できないもの。ただ、まだ新しい婚約が決まっていないから、一部はあれの主張通りなのよね」
「だから、元鞘に戻すという話にはならないわ。というか、だいぶ正気ではなかったわよ?」
「そう、ね……」
ソファラが教室に戻った後、診断書を受け取り、「あの男が野放しになっている状態では、学園にはいられない」といる理由で早退することにした。
正門前にて馬車を呼んでもらうための手続きをしていると、ちょうど馬車が一台到着する。
既に二限目が始まっている時間なのに? 疑問に思って、馬車を確認すると降りてきたのは、グラウィス様だった。
「アリーシャ嬢? どうしたんだい、こんな時間に」
「グラウィス様。ええ、少しトラブルがありまして、早退することにしまして」
「その、手首の包帯は? 怪我をしたの?」
「え、ええ……」
教室であったこと、怪我は無いが、手首が赤くなってしまっているので薬を塗って、包帯を巻いてもらったこと、今は馬車を呼んでもらうために手続きをしていたこと話す。
「まだ呼んでいないなら、僕の馬車を使うといいよ」
「そんな、そこまでしていただく訳には……」
「視察先から直接来たから、王家の紋は隠しているから、王家の馬車とはわからないはずだよ。侯爵へ急ぎ報告する必要もあるだろう? 僕は一緒には行けないけど……」
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
確かに父に報告するのは急いだほうがいい。
伯爵家側も動く可能性があるので、こちらが先手を取っておきたい。
「ありがとうございます、グラウィス様」
「うん。侯爵には王家にも報告するように伝えてくれるかな」
「はい、必ず伝えます」
グラウィス様は馭者に侯爵家へと指示を出して、校舎に入っていく。
馬車の御者が「どうぞ」というので、そのまま乗せてもらい、急ぎ家に帰った。
ちょうど父は執務室にて仕事をしていたので、時間をとってもらい学園での出来事を報告した。
「伯爵家には抗議しておこう。学園にもな」
「はい……それと、グラウィス様より王家にも報告するようにと」
「なるほど……明日、謁見の手続きを取っておこう」
「謁見ですか? そこまで大事にするのですか?」
「あの家は被害者側として大声で喚くのが得意だからな。王家に謁見の間にて顛末を聞かせておけば、よほどのことが無ければあの家の味方をすることもないだろう」
翌日、父は謁見の間にて報告をしたことにより、伯爵家が被害者面をしても、どの家も取り合わなくなった。
それどころか、国王陛下より「夫婦関係は互いの信頼なくは成り立たぬ。件の婚約において、信頼は地に落ちており、修復などできまい」、「人間関係の機微が分からぬ者に伯爵を任せてよいものか」というお言葉を受けたらしく、デュラーク伯爵家ではルスト様への爵位移譲が進んでいるという。
伯爵家からは、ルスト様からは謝罪の手紙をいただいたが、他からは一切なかった。また、元婚約者についてもそのまま学校に通い続けていたため、父から護衛を付けることを学園に通達し、騎士が一人付くようになった。
男性が供に行けない場所については、絡まれないようにとソファラや他の友人と一緒に過ごし、隙は見せないようにしていた。
「リオ! 無事なの!?」
「無事よ。ディオンがしっかり撃退したもの」
リオーネが元婚約者に襲われたという知らせを聞いて、保健室に向かうとリオーネがベッドに腰かけ、その横には手当をうけているディオン様がいた。
どうやら、私の方に隙がなかったため、リオーネを人質に取って、話をしようとしたらしいが、一緒にいたディオン様が阻止をしてくれた。
ただし、その時にナイフを隠し持っており、ディオン様にナイフが掠って怪我をしてしまい、治療を受けているところだった。
「アリーシャ嬢。どうか、そのような顔をなさらないでくだい。これは、わざと掠ったので、大した怪我ではありません。これであの男を退学、最低でも停学に出来ますよ」
「そんな! そこまで巻き込むつもりは」
「ほんとう、そういうとこが腹立つのよね。あのバカを追い込むためにそこまでする必要ないのはわかってるでしょ」
「ふっ……だが、あれが野放しの間はあれとアリーシャ嬢のことばかり考えるでしょう? これでデートの時間は俺の事だけ考えてもらいます、いいですね?」
「なっ……べつに、ちゃんと考えてるわよ……ディー」
「ええ。そうしてください。アリーシャ嬢なら許しますが、他の男のことは考えないように」
「えっと……仲が良いわね。ご馳走様? 私は失礼するわね」
愛称を呼んだリオーネにニヒルな笑いをするあたり、本当に怪我のことは気にしていないらしい。
というか、なんだか不思議ないちゃつき方をしているようなので、お暇することにした。あとで感謝のお手紙と一緒にリオが好きそうなお店とかをリストアップして渡しておけばいいかしらね。
その後、ディオン様の目論見どおりに、退学処分を受け、姿を見掛けなくなったことにホッとした。
自業自得であっても、大人しく自信なさげだった彼が、私の婚約者として……将来の侯爵家の一員となることを約束された立場だったからこそ、自我が肥大してしまい……その立場失うことで焦燥によって問題を起こす。
私が彼を選び、人生を歪ませてしまったせいだと思うと申し訳ないとも思うが……これで護衛をつけずに学園に通えるようになったことに安堵した。
また、デュラーク伯爵家は今回の騒動により、正式にルスト様が伯爵となったらしい。
ただ、ルスト様の地位もまだ盤石ではなく、バリュス様を領地に幽閉しようとしたが、ご両親が邪魔をして出来なかったらしい。
ルスト様は侯爵家にきて、私と父に土下座して詫びていたけど……。
このせいで、伯爵家に対し、手を切る貴族も多くて、立ち行かなくなっているらしい。
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