第4話 婚約破棄のその後


 両家の話し合いにより、婚約破棄が成立した。

 それにより学園で面倒なことが起こる可能性があったため、学園が夏休みに入るまで少し期間があったけど、家の事情ということにして、私達姉妹はその日のうちに領地に戻った。


 案の定、一晩経って冷静になった元婚約者が接触してこようとしたり、その元婚約者に振り回されて、私ではなくリオーネにすり寄った人たちが、学園で接触しようとしてきたらしい。一部は家にも訪ねてきたというが、いないとわかり真っ青になっていたと執事から報告をもらった。


「ふふっ、『昔からリオーネ様が継ぐべきと思っていました』、なんて馬鹿なこと言ったのだから、うちに従属するのを変えて欲しいわ。『家のためにはリオーネ様の機嫌を取らないといけなかった』なんて謝罪、私をバカにしてるのかしら。こういう二枚舌だけはだめよ、手紙という証拠が残る状態で、アリーシャのみに謝ればすむと思っているわ」

「学園内のことだからと許すようにと当主自らお手紙を下さる家も……将来のわだかまりが残るとわかっているのかしらね。一度でも本人からの謝罪をいただけるなら、こちらも水に流すつもりではいますが……まさか、関係ない父が手紙を出したからということにはならないでしょうに」


 私達宛の謝罪や言い訳の手紙は封を切った状態で父から渡された。父の方でも「対処をするために把握しておきたかった」と言われていたので、そこに問題はなかった。

 特に、子爵家当主からの手紙については当主である父が返すことになり、なかなか大変そうだった。


 唯一、開封されていない手紙があり、中身はソファラ様からで、「領地に遊びに行きたい」という申し出だったので、喜んで返事を書いた。

 そして、夏休みに入って2週間後くらいにソファラ様がやってきた。



「お邪魔いたしますわ、アリーシャ様、リオーネ」

「ようこそ、お越しくださり嬉しいですわ、ソファラ様」

「ソファラ! よく来てくれたわ! 色々と話を聞きたかったのよ」

「ふふっ、ちゃんとお土産話を持ってきていますわ」


 ソファラ様は楽しそうに学園での様子を教えてくれた。


 私と婚約を破棄して、侯爵家との縁が切れた元婚約者。

 彼の友人達は潮が引くように彼の元から去り、一人で過ごしていた……訳でもなく、私のクラスに毎日顔を出して、「私が来たら○○に来るように伝えてくれ」と伝言を残したり、同じようにリオーネに侍っていた人たちに同罪だろうと主張して、泥沼に引きずり込んでいたらしい。

 ぶつぶつと「話し合えばわかるはず」「こんなことは許されない」と呟いていて、まともな周りからはドン引きされていたらしい。


 でも、おかげで派閥の選別については、速やかに決断が下せるようにしてくれたので、最後の最後にいいお仕事をしてくれている。


 リオーネと元婚約者に侍り、その仲を応援していた派閥に所属する子達の中でも、まだまともだった人達はその様子を見て、青褪めていたらしい。

 親にもきちんと報告し、なんとか謝罪をと家族総出で家に押し掛けて謝罪。その後は学校を休ませるなど、素早い対応をした家もあった。


「そうそう、こちらの派閥に擦り寄ってきた方もいましたわ。おかえりいただきましたけど……立て直しは大変ですわよ」

「ソファラ様にまでご迷惑をおかけするなんて……でも、今から強硬派への乗り換えですか。大変そうですわね。……立て直しですが、まともな家はすでに何人かはこちらに来ましたわ。両親や婚約者と一緒に。リオーネの婚約祝いと称して、祝いと詫びの品を持って……次はないと解っているでしょう」


 そう。

 発表をしていないが、リオーネには新しい婚約者がいると広まってしまった。

 情報を流したのはおそらく元婚約者の家であるデュラーク伯爵家。善意で、婚約者が見つからないだろうリオーネ嬢との婚約を持ちかけたが、すでに決まっていたという話を広めつつ、私の新しい婚約を邪魔して、元鞘に戻ろうという動きを見せている。


 他家としても、爵位を継げるわけではないこともあり、条件も厳しくなったことでうま味がないと考えているのか、私への婚約の申し込みは全く無い。


「あらあら。お許しになるの?」

「ええ。過ちを認めて謝罪をしましたので、今回は水に流します。この件で派閥を鞍替えされても困りますから」


 中立派としては、他にソファラ様の婚約者であるイザーク様もいるので、そちらがフォローをしてくれたのもあるが、これから強硬派へ鞍替えされてしまうのも困ってしまう。

 適当なところで許しておく方がメリットもある。私が爵位を継いだ途端に反旗を翻されると、やはり女当主などという話になってしまう。


「ソファラは、いいの? 私達と親しいとなれば、お家も煩いでしょ?」


 隣にいたリオーネが口を開く。

 到着時のやり取りもだけど、互いに砕けた口調で話すくらい、親しい間柄だったらしい。


 昔……二人がグラウィス様の婚約者候補だった時には、互いにいがみ合っていた覚えもあるのに、不思議に感じる。

 あの方がいなければ、仲がよいというのも不思議な気がする。リオーネは婚約者候補ではあったけど、グラウィス様に好意を持っていなかった……むしろ、候補を降りてから、「側近として仕えることにしたわ」と言って、親しくなった気がする。


「いいえ。私は中立派の辺境伯家に嫁ぐ身。同じく中立派の侯爵家と繋がりがあっても問題ありませんわ。……というのは建前ですけど。すでに強硬派でも、グラウィス様を担ぎ上げる事には消極的になっていますわ。穏健派の担ぎ上げるカサロス様も能力がありますしね」

「あの方は口調がおっとりしていますから。天然なところもありますしね」

「ええ。それに騙されるとお隣にいるカナリアに見せかけた猛禽に啄まれますわね」


 リオーネもソファラ様の言葉に頷いている。

 カサロス殿下のお妃であるカリエン様は、とても美しく可憐な見た目ですが、なかなかに辛辣であると噂は聞いていた。


 カリエン様のお家自体は超が付くほどの穏健派であり、争いごととは無関係な家柄ですのに。私自身はご縁がなく、挨拶くらいしかしたとこはないけれど、リオーネとソファラはグラウィス様の婚約者候補時代にそれなりにばちばちとやりあったらしい。


「でも、わざとおっとりそうにしているだけで、あの殿下も強かよね。しかも兄弟そろって粘着質」

「リオーネ、不敬な発言はやめておいたら? 私も貴方も、もう関係ない方々だし」

「ソファラはそうだけどね。あれでも、一応、私と私の婚約者の主なのよね」


 リオーネは複雑そうな顔をする。何だかんだと、側近として支える気持ちは変わっていないらしい。


「仲がいいですね」

「あら、リオーネだけでなく、アリーシャ様も気を使う必要はございませんわ。仲良くしてくださいませ」

「まあ……それなら、私のこともアリーシャとお呼びくださいな」

「ええ、アリーシャ。私もソファラと呼んでくれると嬉しいわ」

「ふふっ、よろしくね、ソファラ」


 ソファラは、行儀見習いとして辺境伯家に度々滞在してからは、対外的には強硬派だけど、中身は中立派になっていると本人は言う。

 そして、そんな娘に感化されたのか、ソファラの父に代替わりしてからはそこまで強硬派でも無くなっているとか。


「そうだったのね」

「というか、強硬派が担ぎ出すならグラウィス様だけど……王になる気がないじゃない?」

「それは……」

「ここだけの話だもの、遠慮しないで大丈夫よ。私が候補降りる時、あの方、なんていったと思います?」

「え? たしか、『リオーネは婚約者ではなく側近になって支えて欲しい』だったわよね。ソファラにもなにか言ったの?」


 突然の問に答えが見つからず、ほぼ同時期に候補を降りたリオーネの話をする。


「そうよ。あの人、自分で無能な側近ばかり選んでおいて、手が足りないから私に「側近としての仕事を君に頼む」ってやらせたのよ。それから忙しくて、学園に入ってからは人手が絶対に足りないって直談判して、ディオン様を側近にいれたのよ。それからはずいぶんと楽になったわ」

「私の時は『君は優秀過ぎる。王になるつもりがないから邪魔になる』でしたわ。そして、ご自身が一番信頼している友人を紹介すると言って、イザーク様との縁談を用意していただいたの」


 優秀過ぎるから邪魔というのもすごい発言ね。

 確かに、ソファラ様は優秀。学年で淑女として一番であることは疑いようがない。リオーネと同じく、生徒会としても仕事をしている。私も頑張ってはいるのだけど、忙しい時期などはどうしても淑女教育をお座なりにしてしまうこともある。


「そうすると、クローディア様はどんな理由だったのでしょう?」

「あの人は外国への留学ね。候補を降りた後に、交換留学として旅立って、まだ戻ってこないの。たまにお手紙は頂くわよ」

「私の方にも来るわね。ようやく婚約破棄にこぎつけたと報告したら、来年には戻ってくると返事が来たわ」


 なんだかんだと、仲よく連絡を取り合っているらしい。候補から本当の婚約者となったセリア様の話は聞かないけれど……リオーネが嫌っているから、ここで口に出すわけにもいかないわね。



「それで、アリーシャの婚約はすぐ決めるのかしら?」

「お父様が今年の騎士試験、文官試験の結果が出るまでは決めないと言っていまして……合格者も候補に入れて、優秀な方であれば身分は問わないと……リオーネの発案でして」

「そう……なら、余り揉めないかしらね。こちらも助かりますわ」

「ソファラもそう思う? まあ、すでに根回しで動き出していると思うけど、お父様ったら教えてくれないのよ」


 二人の発言にキョトンとする。

 なんだか、二人は私の婚約者になる人が解っているような口ぶりだけど……そんなに優秀な方が今年の卒業生にいたかしら?


 グラウィス様の側近が馬脚を表してからは、評判が悪い世代となってしまった。それこそ、成績はグラウィス様とディオン様が上位を独占していた記憶しかない。

 だけど、私の婚約者候補にリオーネとソファラは心当たりがあるらしい。


 父からは11月中には決め、12月の建国祭には正式に発表となると聞いている。

 まだ3か月は婚約者不在となるのだけど、ソファラもフォローもしてくれるという。ソファラの知り合いだと、新しい婚約者は強硬派かしらと聞いてみたが、曖昧に微笑って流されてしまった。



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