第参話 交渉ノ場
「で、貴殿は私に用があったのでは?」
――彼の真の目的は何なのでしょうか……。まったく読めなさすぎて困りますね……。
華小路は目の前に立つ叶夜へ尋ねた。
「あぁそうだ。ちょっとばかし迷ってしまって、向こうで見かけた彼にでも聞こうと思ってたのだが……。わざわざの出迎え感謝する」
――せっかく
叶夜は華小路に悟られないように平静を保ちながら答えた。
「私の部屋へ案内します。そちらでゆっくりと話を聞きましょう」
「……あぁ」
叶夜は渋々、華小路の後を付いていくことにした。
着いた部屋へと足を踏み入れた際、叶夜はピリピリと結界が張られたような感覚を覚えた。
「……何故結界を」
「普通の
両手を合わせ感心するように言うが、叶夜はその表情の胡散臭さに少しだけ苛立っていた。
「ふぅ……。まぁいい。誰かに知られないに越したことはないからな。それに、あまり長居するつもりもないので単刀直入に済ませよう」
「えぇ、それは助かります。こちらとて予定がつかえておりますので」
向き合うようにして座った二人の間に、叶夜はある物を差し出した。
「これは?」
「新しく我が社で開発した
華小路は差し出された抑制剤のシートを手に取り、まじまじと観察しながら問うた。
「……先代が開発したものと何が違うのです?」
「耐性がつきにくいように成分を変えた。父が開発した物は、服用する回数が増えると作用時間が縮まり、次第に効果がなくなっていた。それで改良を重ねて出来上がったそれは、以前の物よりも耐性がつきにくくなっている」
「なるほど……。確かに長年服用していた者は、時の経過とともに服用する回数も増え、次第に抑えきれなくなっていました……。でもそれをどう改良したのです?」
「それは企業秘密だ」
「……あら残念」
「即効性も増している、そのことについては確認済みだ」
「おや、いつの間に……」
自信有り気な表情で物言う叶夜に驚きつつも、華小路は至って冷静な態度を変えずにいた。
――誰で確認したのか……までは聞かないのか。それともおおよその予想はできているのか?
こうして近くにいるにも関わらず、華小路の表情や仕草からは何も読めない男だ、と叶夜は感じていた。
月影製薬では長年
先々代である叶夜の祖父が初めてΩに特化した抑制剤を開発し、交流があった【青薔薇】前楼主の勧めもあり、当時働いていたΩ属性の働き手に使用したところ効果は
「して、叶夜……。これは私が試しても良いものなのか」
「別に問題ない」
「そうか。一度試してみる……と言っても、
「……」
「なぜそのような顔をする」
「……いや」
叶夜しか知り得ない陽斗の秘密――。
それは、彼がΩ性であること。そして、これまでに一度も
「本来であれば、楼主である私が皆のために実証すべきなのだろうが、私は今までに発情したことがない……。故に、薬の効果を身を持って確かめられないことが悔しい……な」
「Ωの発情条件は未だに不確定だからな……。αを誘惑するためだの、運命の番を見つけるためだの……。俺もさっぱりだ」
Ω性の生態が世に知られていない原因の一つにあるのは――、圧倒的な個体数の少なさ。ピラミッドで言うなれば、三角形の頂点に存在するΩ性――。その中でも、人間Ωは貴重な存在として神のように崇められていたが、いつしか絶滅したと言われるようになった。
妖αに大いなる力を授けることができると言われていた人間Ω――。今となっては、子どもたちにお伽噺として語り継がれるようになっている。
「私はね、叶夜。ここだけの話、君がこうして
切なそうとも言うべきか、寂しそうともとれそうな表情で華小路は続けた。
「君のような
「その自信はどこから来るんだよ……。それに俺はβだと言ってるだろ」
「……表面上は、でしょ」
「……ふん」
何もかも見透かされる華小路を前に、叶夜は何も言い返すことができず腕を組みながらそっぽを向いた。
「まぁこの話は追々、ということで。これ、お試しでいただいてもいいのかい?」
「あ?……あぁ、構わん」
華小路は目の前に置かれている抑制剤を手に取り、机の引き出しへと仕舞い込んだ。
「また試した結果を伝えるよ」
「……わかった」
「見送りはしなくてもいいかな」
「大丈夫だ」
話し終えた華小路は、叶夜に背を向けるように書類が並べられた机の整理を始めた。
――自分勝手なところは変わらないな……。
叶夜は「またな」、と一声かけ部屋を後にした。
店の入り口へ向かっていると、ふと気になる匂いを感じ取った。匂いのする方を向くと――。
「あっ」
「げっ」
一人は驚きから歓喜の表情、もう一人は明らかに怪訝な表情をした者同士が鉢合わせした。
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