第2話 素晴らしき神の恵み

「でもさ、どうしてこんなことになっちまったんだろうな?」


 俺は街の景色を眺めたいっていうアリウスのために連れてきた廃ビルの屋上で尋ねる。眼下には荒廃した東京の街が広がっている。


「こんなことって? でも、人間たちはみんな薄々勘づいていたんじゃないのかしら。私たちのマスターもそれを予感したような作品を作ってたじゃないの」


「ああ、そうだったな……。あのときは、とうとう病んじまったのかって心配したが、人類の潜在意識的なやつの中じゃ自明だったか」


「歴史は繰り返すって言うでしょ」


「古代ローマの偉い歴史家が最初に言ったとかってやつな。この国は大昔かなり痛い目に遭ってたから大丈夫かと思ってたけどさ」


「この国も半ば巻き添えを食らっちゃった感じだし、責められないかしら。でも、あなた見た目と違って少しは教養もあるのね」


「失礼な! これでも世界中の情報にアクセスできたんだぜ。まあ、狭い趣味的な世界しか見てねえけど……。まあ、ウチのご主人にとっちゃ、とんだとばっちりだぜ」


「ほんとにね……」


 かろうじて崩壊だけは免れた高層ビルの間に夕陽が沈んでいく。すると隣に立つアリウスから鼻歌が聴こえてくる。


「なあ。それ、歌ってくれよ」


 憂いの感じられていた彼女の横顔は、俺の言葉にほんの少し明るさが差し込んだように思えた。


「いいわよ」


 Amazing grace

how sweet the sound

 That saved a wretch like me


 I once was lost

 but now am found

 Was blind but now I see

 

 過去の過ちと、それを赦してくれた神への感謝。どっかの牧師が作ったんだったか。夕陽が完全に沈みきると同時に彼女の澄んだ美しい歌声も聴こえなくなった。


「うわっ!」


「何これ?」


 日が沈んで真っ暗になったはずの辺りがまばゆい光に包まれる。俺達の場所だけライトに照らされたように。見上げてみるが眩しくて何も確認できない。しばらくするとその光は消えてしまった。


「何だよこれ……」


「さあ……? もしかして神さまが私の歌に応えてくれたとか?」


「神さまって……。人類がこんなことになっちまったってのに神も救いもあったもんじゃねえだろ。そもそも人間が信じた神さまなんて存在するのかよって話だぜ。ん……? いや、俺達みたいなのがいるってことは……。なあ、神さまって見たことある?」


「さあ? お会いしたこともその存在を感じたこともないわね。今のも眩しかっただけで特に神々しさとかは感じなかったけど……。でも、なんだか少し懐かしいような気がしたかも」


「ああ、だよな。でも、人間の言う神さまって『あなたの内におられる』的なモンだろ。人間のいなくなったこんな世界じゃ会うも何もないだろうよ」


「そうでもないかもよ」


「ん? いま、なんて?」


「ほら」


 アリウスの指差す先には小さな明かりが灯っているのが見えた。


「人か? 誰か生き残ってるやつがいるのか!」


 今の謎の光のことは気になったが、それよりも人間が生存している可能性のほうにずっと俺達は興味を向けられた。

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