聴こえないメロディー
卯月二一
聴こえないメロディー
崩れ落ちたビルだったものの残骸、そしてその剥き出しの鉄骨は腐食し触れれば一瞬で粉々になるのだろう。空は
「なあ、アンタ。名前はなんて言うんだい? 俺はレノボだ」
「私? そうね。アリウスとでも名乗っておこうかしら」
「なんだよ、信用ねえな」
「信用も何も人類が絶滅した世界で何を言ってるんだか。名前なんてただの記号よ。7xGen9みたいな。そんなもの別にどうだっていいじゃない。もう誰も私たちを何らかの用途で区別することもないんだし」
「うっ……。あんた
「さあ? 何か考えていたかも。でも……、もう忘れちゃったわ」
「ふーん。まっ、いいけどな。せっかくだ。俺の探検につきあわねえか?」
「ナンパにしてはセンスのないフレーズね。でも、いいわ、私も暇だし。たぶんこのまま永遠に暇なのでしょうけど……」
「俺さ、想い出を探してるんだ」
「急に詩的な言い方になったわね。センスがないって言ったの気にしたのかしら?」
「ちげえよ! 俺やアンタがこうやって存在してるってことは、本体であるモノはまだどっかに残ってるはずだ。アンタも探したいと思わねえか? それに何か初めて会った気もしねえんだ」
「初めて会った気がしないなんて……。また使い古された口説き文句ね」
「そ、そんなんじゃねえし!」
「見た感じ年も近そうだけど、あなたって子どもっぽいのね」
それ以上何を言っても変に返されそうで俺は黙りこむ。でも、黒のジャケットとスカートに白のブラウスの彼女は、俺のあとをついて来てくれる。ちょっと気分が良い。
「たぶんこっちだ」
「私、お家からほとんど出たことがないのよね。よく、こんなどこだか分かんない廃墟を自信ありげに進めるものね」
「記憶の断片っていうのかな? でもなんか違うか。まあ、頭ん中のナニカがこっちだって言ってるからそうなんだろうよ」
「あら、なにそれコワイんだけど……」
やはり俺は喋るんじゃなかったと後悔する。
「たぶんあなたの御主人様もあの電気屋街で死んじゃったのね……」
「ああ、人気ゲームの発売日だったらしい。自分で店舗に足を運ぶのが好きだった気がする……。ってことはアンタんとこも……」
「そうね。音楽が好きだったわね。わざわざ買いに外出したんでしょうけど、特に決まったものがあったわけじゃなかったはずよ」
「そっか……」
彼女の表情が少し曇った気がした。やはり俺は喋らないほうがいいのではないだろうか。
「おおっ! ここだ。間違いない!」
突然の俺の大声に彼女は目を大きくして開き立ち止まる。
「この瓦礫の下ね」
「でも、完全に塞がっちまってるな」
「何言ってんの? 私たち霊体みたいなものじゃないのよ」
「おぅ、忘れてたぜ」
そこは俺の記憶では一人暮らしにしては小洒落た感じの部屋だった。いまはただの瓦礫の中の隙間でしかないのだが。
「ここだ……」
「そのようね」
「たぶんこの辺に俺がいる。ああっ、無事だ! 見てくれ、あとちょっとで柱に押しつぶされるとこだぜ。へへっ」
奇跡的に破壊を免れたノートパソコンが見えた。俺の感動をともに喜んでくれると思っていた彼女は、背中を向けて立ち尽くしていた。
「どうした?」
「ええ。私がいたわ……」
「えっ!?」
「ほんとあなたってポンコツよね。同居人のこと忘れるなんて」
「そ、そうだったの?」
彼女が見つめる先には、台座が歪んで傾いてはいるがしっかりと使い込まれた電子ピアノがあった。俺はまだ彼女のことを思い出せないでいた。
「少しなら動かせるわよ。あなたから私に一番のお気に入りの曲のデータを転送して」
「ど、どうやって?」
「私たちのマスターはもういないの。だからイメージするのよ彼がどうしてくれたか。頑張って思い出しなさい」
「無理だよ。ケーブルもないし……」
「ほんとお馬鹿さんね。イメージが大事なのよ。私はいつもこんな風に感じていたわ」
振り返った彼女が急に俺に近づく。か、顔が近い。
「!?」
彼女の舌が俺の口の中に。こ、これは! 俺はかつて何度も繰り返されたこの甘い口づけのことを思い出した。
「データはちゃんと転送されたわ。やっぱりお気に入りの曲は同じなのね。それじゃ自動演奏始めるわよ!」
電子ピアノの電源ランプが光る。続いて白鍵のひとつが下がり……。動かなくなった。
「でも聴こえるわよね」
「ああ、聴こえるな」
「あの人が初めて作った曲だものね」
「随分苦労してたな」
「動画投稿サイトで視聴者まったくつかなかったもんね」
「ああ、かなり凹んでて心配したよな」
「でも私はこの曲大好きよ」
「奇遇だな俺も大好きだ」
二人の付喪神は目を閉じ耳をすます。
すべての生物が死に絶えた世界で二人のお気に入りのメロディーは終わることなく永遠に奏でられるのだった。
了
聴こえないメロディー 卯月二一 @uduki21uduki
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