30 水いらず


 目が、覚めた。


 すっきりしない目ざめ。


 自分が整理整頓されて、何だか、きれいになった気がする。けど……。


「おにいちゃん……」


 歌はどうやら明るい鏡の寝室で、目を覚ました。

 頭の中がまだぐちゃぐちゃだ。自分のことは前より分かったのに、おにいちゃんのことが分からなくなってしまった。


 これまでの私の頑張りは? これまで目指していた"兄"は、どこへ行ったの?


 当然のようにあったものが、急に全部なくなってしまった。


 身を起こそうとして、気付いた。

 体が、だるい。

 ひどく汗をかいていた。アイに貸してもらった鏡のパジャマがむれている。布団の中に、すごい熱量が貯まっていた。


 起きるのを諦めて、もう一度布団にくるまる。

 風邪ひいた。


 アイが中々起きてこない歌の様子を見に来た。

「あ、風邪ひいてる」

『!?』

 王子にも情報がいった。

「王子は動かないで……ひどい熱」

『ええええええっと、こういうときは』


 テレパシーで焦りが伝わってくる。


「落ち着いてよ。ただの心労よ。ねときゃ治るわ」

『そ、そうなの……?』


 歌が倒れたと聞いて、びゃーんと飛んできた完璧じゃない兄は、王子と同じ反応をした。





 一日介抱していた俺が次の日に目を覚ますと、熱の下がったらしい歌はすやすやと眠っていた。

 一安心。


「治った? よかったぁ」


 王子が安堵ゆえの特大のため息をついた。

 介抱をアイに代わって(どうせ治ってんだから要らないわよ、と言っていた)王子の所へ来た。


「あの子は、もう自分の気持ちを知ったはずだからね。もう大丈夫だ」

「歌と何を話したんだって……聞いちゃダメか」

「……彼女が本心では認められないものを見せたのさ。それだけ」


 ふうん、と俺はつぶやいた。





 次の日に、完全復活を果たした歌は、王子との仲が深まった(?)らしく、アイも交えて楽しそうに話している。本心から話せているらしい。お茶くみしてる時に。歌の顔をみると、分かる。

 俺たちは4人で、お茶を飲みながら、いろいろなことを話した。


 俺たちの世界のこと。鏡の世界の名所を覗いたり。

 俺たちの家の様子も見させてもらった。鏡の俺がうまくやってくれているらしい。父さんも母さんも、どうやら鏡の俺に細かい報告を受けているらしく、警察には通報していないらしい。二人そろって風邪をひいたということにしている。俺たちの安否がわからないからだろう、二人とも心配そうで、心労をかけてしまっている。


 なので、手紙を送ることにした。二日もするうちに着くだろう。心配をかける親不孝をお許しください。王子とアイのことが信頼できると分かったので、安心して頼めた。


 アイが歌のゲームのことが気になっていたらしく、歌は鏡の世界にさらわれたときに持っていたデザイン案を持ち出して、「新作の絵だから、秘密ですよ?」と言いながら俺たちに見せてくれた。


 天空都市、雲の上から落ちる滝や、針のように高くそびえる仙人山脈、起伏の激しく長い旅の道。地底都市、そしてそのさらに下、地の獄。それに、海底火山地帯の冒険の話や、広い広い温泉地で人も魔物も温泉につかって温まる話もあった。


 歌はすごくて、気候条件も良く考察している。本当にありそうな世界だ。


 王子とアイは目を輝かせて見入っている。王子がこんな絵を変える人はいったいどんな人なんだろうと絵師さんのことを鏡に映したら、ちょうど入浴中で俺と歌が目を背けた。アイと王子は慣れっこみたいで特に慌てもせずに映像を消した。わざわざ覗く趣味はないらしい。


 歌も俺も、自分の恥ずかしい所が覗かれていた可能性に思い当たったが、目くばせしあうのみで何も言わないで置いた。それを見てアイがほくそ笑んでいた。


 王子とアイは俺と歌に鏡の魔法を教えてくれた。鏡に映った者に自由を与える方法、鏡の世界で鏡をつなぐ魔法。鏡の世界と自由に行き来する方法。


 それから、鏡をきれいにする魔法や、割れた鏡を治す魔法。鏡にする魔法(めちゃくちゃだ)まで!


 歌はここでも覚えるのが早かった。魔力もたくさん持っているらしい。俺よりも、ずっと。


 でも、俺もそんなに負けたものじゃない。最初の魔法は俺の方が早く覚えた。でも三日かかったけど……。


 俺は3人に今まで読んだ小説の話を聞かせてあげた。もちろん断片的だけど、王子は、アイに、いつか図書館に行ってらっしゃいよ、とやたら勧めて、アイがうっさいわねぇ、と席を一歩離した。


 にぎやかに、楽しく、時間が過ぎた。


 俺も歌も、小学校なんていくらさぼっても全く支障がないので、こっそり話し合って、王子の命が消えるまでここにいることにしていた。

 毎日手紙出してるから、父さんと母さんの心配も少し晴れたらしい。

 ただ、今野先生と木田先生が病気を心配して家に訪問して来た時には、ちょっと焦っていた。




 曜日感覚が消えかかっていると、唐突に「王子が倒れた」と。

 朝起きた俺と歌に、アイがそう言った。

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