28 二人語り


 アイは廊下で落ち着かなさそうな真人に話しかけていた。


『ねえ』

『うん?』

『あなた、ゲームが好きなの?』


 王子は心の中で叫んだ。

 何やってんの!?


 アイからテレパシーが飛んでくる。わたしを、映せ?


『ゲームは、まあ好きだね』

『ゲームを作るのが? やるのが?』

『まあ、やるのも好きだけど……』

『作れるの?』

『いや、作ってみたいって思ってるだけだよ? いきなりどうしたの?』


 さっさとしろとせっついて来るアイに、王子は素直に鏡を操作してやった。


「え? 王子……?」


 歌が説明を求める、と王子の方を向くが、王子は何も言わなかった。

 多分、アイには何か考えがあるんだろう。多分。


『私、歌だから、現実の世界の方の記憶もちょっとはあるのよ』

『うん、で?』

『それでちょっと気になったんだけど、あなた、現実の私とはどんな感じなの?』


「ちょ!?」

「大丈夫。多分、アイには何か考えがあるんだ」


『うーん、普通の、兄妹?』


 歌は思った。そうだ、この兄はちょっと天然ボケをするところがあるのだ、と。

 おにいちゃん、普通の兄妹は、大学範囲を小学生でやったりしないよ?


『普通?』

『まあ、多分他よりは仲はいいんじゃないかな?』

『あら、そう? 私は、ちょっと距離感があるように思えたけど』

『うーん、そうかなぁ?』


 真人はアイの意図を頭の中で探っていた。それが歌にもわかって、慌てて王子に言う。


「ね。王子、これ止めた方が……」

「信じて」


 王子が、力強く言って、歌は何も言えなくなった。


『あなたが、現実の私をちょっと避けてるように見えたわ』

『ええ~?』


 真人は、おどけたように反応しながら、考える時間を稼いでいる。


『ねえ、どう思ってるの? 教えて』

『……』


 歌は、やっぱり止めようか、王子を信じて止めまいか決めかねながら、兄の答えを前に息を飲んだ。

 真人は少し考えたそぶりを見せた。


『あの子は、俺とは比べ物にならないくらい天才だからな』


 歌の顔がゆがんだ。そんなことないのに。


『そうなの?』

『あの子は、俺が教えてことはすぐに飲み込むし、記憶力もいい』

『あなたも"天才"だったと記憶にあるけれど?』

『あー……』

 兄が答えに窮した。1、2秒、兄は答えを探していたようだったが、

『俺は、あの子が物心つく前に始めたからね。先に始めた分、知識だけは多かったから』

『それを運用する力もあったんじゃないの? 問題をくれたりしたって』

 アイが核心を突く。


『ああ、あの問題は、頑張って作ったな~、あれ作るのに、一個2時間くらいかかるから』


 嘘つけ!!!!! そんな時間なかったでしょ!!

 歌は叫んだ。


『……』アイも閉口した。

『いや、ほんとだよ? どんな計算させたいとか決めて、数字と答え決めて……』


 問題の作り方をべらべら話し続ける真人に、アイは匙を投げたくなってきていた。


 こいつに歌が慰められるようなことを言わせるか、歌が吹っ切れるくらいひどいことを言わせるかしようとしたのだが……しかも、こいつ、王子と歌が見ている可能性に気付いて、二人を意識した返答をしていやがる。


 嘘をつくなら、意味がないのに。

 でも、アイはもうちょっと頑張ります。

「私の記憶では、あなたはずっと本を読んでいたんだけど? いつ作ってたのよ」

「そりゃもちろん……あれ?」


 思い出せない。いつ、だ?

 アイがにらんでくる。


「ちょ、ちょっと待って」


 あの頃の生活リズムを思い返す。


「待って、5時起き、本読んで、宿題して7時45分に学校出るでしょ、んで、2時半くらいまで授業、図書室行って、帰って5時、ご飯食べてお風呂入って7時、9時まで読書……いつだ?」

「そんなの授業中か図書室しかないじゃない。もしかして、授業聞いてなかったの?」

「あ、そっか……?」


 図書室で何をしていたか、いまいち思い出せない。恐らく日記に書いてあった"リリィ"と何かしていたのだと思うが、そのあたりの記憶が怪しい。だが、長い時間を取れるのは、"リリィ"の"時間魔法"しかない。そう考えて、


「あ、思い出した、思い出したよ。図書室で問題作ってたんだ」

「へえ、そう。読書ばっかりしていたって"記憶"にあるけど」


 "リリィ"と一緒にいる時は『人払い』がかかって人が来ない。だから、"リリィ"と一緒に問題を作っている間のことを、歌は知らない。そういうわけか。

「歌がいないときに作ったんだよ。問題を作っているところを見られちゃ、まずいからね」

 適当言った。


「嘘くさいわね」

 アイはジトッと言った。

「嘘じゃないって」

「この前、2周目って言ってたわよね?」

「そんなこと言ったっけ?」

「言ったわよ。ごまかすとあなたのためにならないわよ」

「いや、よく考えてよ。もしかしたら、アイの勘違いかも知れない。アイが夢の中で俺に会ったって可能性も」

「黙って白状することを勧めるわ」アイは俺の目の前にすっと鏡を突き出した。

「やだなぁ、言ってないって……ところで、この会話、歌も聞いてるんだろ?」鏡の中の俺が言った。

「あー……」言っちゃった。

「聞いてないわよ。さあ、吐け」アイが鏡を俺の鼻前に鏡をぐいぐい出して、「吐け、吐け」と言い続ける。

 歌が聞いているなら察されるだろうが、まだ「二周目」はうやむやにできる。正直、誰かに話すことではない。肉体年齢相応の生活を送るならば。

『なんかあるんでしょ? 言ったら?』

 王子がのっかってくる。やっぱり、歌も見てるのね。

『歌はどうしてる?』

『僕の胸倉につかみかかってる。「ばれてるじゃない!」って』

 いつの間にか仲良くなりました?

『何で誘導するようなことをしたわけ?』

『アイに聞いてくれない?』

『あ、はい』

「吐け、吐けーー」

「歌と2人きりで話せばいいでしょー?」鏡の中の俺が勝手に答えた。

「黙れ。吐け。吐かねば……」

 アイの中にあった魔法力が全身から放出され、次いでそれが指先に集まる。

 アイは鏡の中に指をつっこんで、鏡の俺を捕まえた。

「!」

「吐かねば、指でつぶす」

「ちょっ、それしたら俺はどうなる!?」

「人間性がつぶれる」

「……しゃれになってないよ」

「えい」

 鏡の中の俺が潰され、鏡中から断末魔が響き、同時に俺の方も体の力が一気に抜けて立っていられなくなってしまった。へなへなと膝をついた俺の髪を乱暴につかんで、額をぶつけてきたアイが「どう? 吐く気になった?」とすごい目でにらみつけてくる。

「……暴力反対」

「なら言いなさい。その方があなたのためにもなるんじゃなくて?」

「そんなことはないよ」

「ずっと孤独なままでいいわけ!?」

「……? 君は俺のなんかを知ってるわけ?」

「ちょっとはね。あんたがたいそう寂しい思いをしてるってのはあんたの鏡像が教えてくれたわよ。あんたが寝てる間にね」

 俺は鏡の中の俺をにらんだ。つぶれたまま、そいつはすいやせんとばかりに頭をかいた。

「それで、何か話せば楽になるって?」

「そうよ。違う?」

「残念ながら、俺がたとえ寂しいと告白したとしても、何も変わらないだろうけど」

「でも話せば何かが変わるわ」

「変わるわけがない!」つぶれたままの俺の鏡像が叫んだ。

「鏡の俺の言う通り。このままでいい」

「よくない!」

「俺の鏡像が他に何か言ってた? それとも、歌がどうかしてるの? 俺には何も教えてくれないけど」

「違うわ。私が」

「嘘でしょ。君がどうしてこの話題にこんなに執着するのさ」

「……」

「俺が何も言わないのは、別に俺のためだけじゃない。周り全員のためでもあるんだよ。いいよ。認めるよ。俺には秘密があるさ。でも、それを話してしまえば、もう元の関係には戻れない。俺の、人生を揺るがすような秘密なんだよ!」

「それが、あんたの妹を苦しめていたとしても!?」

「何?」


「アイさん。もう大丈夫です。ありがとう」

 俺とアイが振り向いた。

 壁の鏡から、歌がやってきていた。

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