27 「一人語り」
鏡の歌は、また
私は、自分が非常に容姿において優れているって言うことは、すぐ分かった。
だから、この気持ちを恋だと思った私は。
「おにいちゃんに、見てもらおうとして、可愛くなろうともしたとでも?」
歌は大きな大きなため息を吐いた。
自分がおしゃれに目覚めたのは、まわりの少女たちに触発されてのことだと思っていたが。もしかしたら、最初からそうだったのかもしれない。なんて気持ち悪い自分。
でも、向き合った方がいいのはわかってる……アイに説得された。自己矛盾を抱えたまま成長したら、自分がこじれていってしまうだろうって。
鏡の自分に突き付けられた"自分"に恐怖して動転していた気持ちが落ち着いて来ると、歌にもそう思え始めた。
自分のために。
「そうなのかもしれない……いや。そうなんでしょうね。一番初めに自分で買った服は、おにい……兄に見せて、褒められて、それから宝物みたいにしてた」
王子は、現実の歌が、勇気を出して、自ら告白したことにたいそう驚いた。勇気が必要というレベルではない。
もしかしたら、歌も本心では、乗り越えようとしているのか。兄を想う気持ちを。
ふたりの歌は語り続ける。
アイは無言で退出した。
同時に、兄に見てもらうために、もっと勉強した。
「兄に秘密でお父さんに買ってもらった参考書を読んで、必死に勉強した」
でも、季節が過ぎるにしたがって、どんどん、この気持ちは大きくなる。どうして?
(※リリィとマヒトが人払いの術を使ってしけこんでたせいで、兄と一緒にいたいという願いを無意識に抑制されていたから、無意識に兄への気持ちがこじれたのもある)
お兄ちゃん、すき。
おにいちゃん。
触れ合いたい。抱きしめ合いたい。
「そんなこと、考えてなんかいなかったわよ」
でも、抱きしめられたら、幸せだったでしょ?
時々、妄想しなかった? おにいちゃんとデートしたりすること。
鏡の中の自分が、自分を、まっすぐ見た。
歌は、青い顔をしながらも、もう鏡から目をそむけはしなかった。
耳を塞ぎもしなかった。右手で左腕を抱いて、震えながらでも。
「でも、このころのはずよ。プログラミングを始めたのは。つまり、私が、兄と対決しようとし始めたのは」
兄がパソコンを買ってもらった。相当喜んでいたから、パソコンという物が何なのか気になって、私も見てみた。
「おにいちゃんがプログラミングを始めたのを見て、私はおにいちゃんの要領の悪さに驚いた。おにいちゃんがしたいと本気で思っていることに、おにいちゃんの才能が意外にもないってこと。だから私は……」
おにいちゃんに、一泡吹かせたかった。なんとなく。多分、私の恋心にちっとも気付かないでいるから、その復讐の意味もあったんだ。
「おにいちゃんより早くプログラミングを覚えて、早くゲームを作った」
兄がゲームとは文学であると口を酸っぱくして言うので、いろんな小説を読み始めた。
「作ったゲームをおにいちゃんがやった時、おにいちゃんは、『参りました』って言ったの」
私は、おにいちゃんがとうとう敗北を認めて、とっても喜ぶはずだった。
「でも、嬉しくなかった。なんか、あの時のおにいちゃんは、『知ってた』って顔をしてたから」
よくわからなかったけど、それからおにいちゃんはパソコンにほとんど触ってないと思う。
「私は、なんでおにいちゃんがあんな顔をしたのかわからないまま、ゲームを一本仕上げたわ。国中でヒットした」
『モンスターウォッチ』『アンダークエスト』『逆転!あつまれ裁判の森』『ポケット配管工』(※作品は、兄の意見にしばしば影響される)
「続編も飛ぶように売れたわ。いつの間にか、お父さんとお母さん以上に稼いでいた」
おにいちゃんに、勝った。完全に。完膚なきまでに、"努力"の勝利を証明した。
「ゲームの賞も取った。そうしたら、兄は、『おめでとう』って言って、部屋に戻っていった。おにいちゃんは本気で喜んでたけど……」
その時、おにいちゃんの部屋を覗いたら、おにいちゃんはベッドに転がってぼんやりとしていた。
私は、「おにいちゃん、どうしたの?」って聞いたわ。
「私は……勝ち誇った気持ちで、ウイニングランを走っている気持ちで、聞いた。兄は『別に』って言ったの」
歌は王子に向けて話していた。
「虚ろな目だったわ。今でも覚えてる。あの時、兄が何を考えてるかわからなくて、やっぱり、自分と兄は違う存在なんだなって思ったの。それから、兄は、私を見ることなく、ますます本と勉強の世界に落ちていった」
私を見なかった。
「おにいちゃんは、完璧じゃないって、その時にわかったの」
そうしたら、あこがれていた自分が、対等な自分に変わった。
私って変。
おにいちゃんが完璧じゃないって言うのを、私が認められなかった。
完璧じゃないおにいちゃんなんて、おにいちゃんじゃない。
変だわ。
おにいちゃんの"才能"に瑕ををつけようとしていたのに、おにいちゃんが完璧じゃなくなるのは嫌、なんてね。
「ああ、そう。私のこの感情って……そんな感じだったのね。言語化されるとわかりやすいわ」
歌が力の抜けたように笑った。
おにいちゃんが完璧に戻ってくれるように、私はおにいちゃんを励ましたり、挑発してみたりしたの。
でも、おにいちゃんは、一度失った輝きを取り戻せなかった。
いつの間にか、誠一さんや千佳ねえの方が頭がよくなってた。
おにいちゃんは、問題を出すことがなくなって行って、勉強会でも窮屈そうにし始めた。
それで、勉強会から逃げるように本を読むの。
そんなおにいちゃんが嫌で、嫌で。
こんなことなら、プログラミングなんか頑張らなければって……。
「でも、続けたんだよね?」
王子が口をはさんだ。
「うん……だって、おにいちゃんがそれを望んでいたから……」
兄は、私のゲームを楽しそうにプレイしてくれる。兄がゲームが大好きなのは見ていれば分かった。それなのに何でいつも本を読んでるんだろうとも思った。
おにいちゃんは、日に日に暗くなっていく。
いつの間にか、おにいちゃんは、誰かと接することを嫌がっているみたいになってた。
おにいちゃんが言ったことでしょ? うまく周りと付き合っていけって。
一回そう言って、おにいちゃんが元の明るさを取り戻せるようにしようとしたの。
そうしたら、何て言ったと思う?
鏡の中からの問いに現実の歌が答えた。
「『俺はそんなに要領がよくないから』」
私は悲鳴を上げそうになったわ。
やっとわかったの。おにいちゃんは最初から完璧なんかじゃなくて、私がやったのは、ただ、おにいちゃんを傷つけただけなんだって。
私がおにいちゃんを傷つけて、私がおにいちゃんをこんなにして。
おにいちゃんは諦めたような顔だったの。
でも、私はどうすればいいかわからなくて――何も変えなかった。
おにいちゃんに謝っても、おにいちゃんは元には戻らない。
「あ!
おにいちゃんがゲームが大好きなのにちっともやらない理由が分かったわ――私がおにいちゃんの好きなものでおにいちゃんに勝っちゃったから?」
なるほど。と王子は思った。
つまり、歌は、兄が好きで、兄に勝ちたくて、兄を下したら、兄が変わってしまったことに激しく罪悪感を抱いている、ということだ。兄が好きであるがゆえに、自分を許せないのだろう。
鏡の歌が、涙を流す。
おにいちゃんが好きなのに
おにいちゃんが見られない
見ていられない
おねがい、もとにもどって
私の日常
あの日の、しあわせなときに
私が、あやまるから……
二人の歌が涙を流す。
王子は、つられて自分も涙を流しているのに気付いた。
僕は、君が泣くのを見ていたくないよ。
その時、意識の端で、アイが落ち着かなさそうにしている真人に話しかけているのを感じた。
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