26 みにくい?


 鏡の中の歌が水を差した。「でも、そんなの建前」

「え!?」

 鏡の中の自分が言った言葉に、混乱した。



「心の奥底では、おにいちゃんにくっついて、甘えていたいだけ」

「勝負ごっこをして、楽しんでるだけ」


 鏡の歌が濁流のように話し始める。


 やっぱりおにいちゃんが好き。

 努力をふみにじってもおにいちゃんが好き。


 おにいちゃんが好きだからこそ、教えてあげたい。努力している人の気持ちを。


 違う。


 努力しているの気持ちを。



 ねえ、見て! 私を見て!

 おにいちゃんとたくさん頑張ったよ! おにいちゃんが見ていない所でも頑張ったよ! ほめて、ほめて!


 そんな、頑張ったね、なんて、上っ面の演技はいや!


 私を認めてよ、おにいちゃん!


 こころのそこから、私をすごいって思って!


 私だけが特別でしょ!?


 私はおにいちゃんの"妹"だから!


 おにいちゃん、私が一番でしょ!?


 私、頑張ってるよ! テストはいつも一番! 誠一さんよりも、千佳ねえよりも、頑張ったし、私の方が先に進んでるの!!


「やめなさい」


 私の気持ち、わかってよ。

 私、恋してるだけ。


「止めてよ!!!」


 耳を塞いで、鏡の自分語りを聞くまいとしていた歌は。


「やめて……やめて」

「僕は君を否定しない。大丈夫だから」

「やめてよ!!!」


 肯定する王子の頬を、歌はしたたかに打った。


 手のひらの後がついても、王子がちっともひるまないのを見て、今度は、血が出るほど握りしめた拳で、鏡の自分のいる、王子の大きな鏡を全力で殴りつけた。


 バキ。


「ああああああああああ!!」



 人は、絶対に他人に見せることのできない、醜い部分がある。それを知られては、生きてはいけない。


 ましてや、自分が知らなかった自分の一番醜くて卑しい所なんて。


 見ていられない! 見せるな! 私が腐るような思いがする!


 何も考えずに鏡を全力で殴る、殴る、殴る。

 壊れろ、壊れろ! 私の気持ちを、踏みにじるものなんて――。

 鏡にひびが入る。

 ぴし、ぴし、ぴし……。


 鏡は頑丈だった。

 歌は何度もたたく、叩いて、割って。息が上がって、拳が上がらなくなっても、砕けた鏡の破片が拳に突き刺さっても。

 王子は、そんな歌を静かに見つめていた。




 情緒不安定になった歌は王子の寝室を飛び出し、それを見た王子はアイに即座に指令を出した。


 歌を自殺させるな。

 歌の兄をここへ。


 アイは優秀な子だ。すぐに指令の意図を汲んで、走り出す。城鏡魔法の権限も一部与えた。


 アイと歌のかけっこを足もとの鏡でのぞき見しながら、まひとと先ほどの会話を交わし、無事アイが歌を確保し、なだめすかし、慰めるのを見た。


『うう……おえっ』

『ねえ、歌さん』

『!? あ、アイ、さん……』


 追って来たのが自分の鏡像だと知って、歌は少し安心したらしい。自分のことを少しは暴露されても大丈夫だと。


 彼女は、混乱しているのだ。自分の知らない、自分でも気持ち悪いと思うような、自分の一部分を知らされてしまったから。


 人間には、知らない方がいい、自覚しない方がいい"自分"がある。


 兄の方には出て行ってもらった。


 アイに連れられて、歌が戻ってくる。鏡魔法で破片を取り除かれた拳のけがは、鏡の魔法でもう治り始めていた。

「ごめんね。いきなりあんなに、辛いことを、して」


 泣きはらした跡のある歌に、王子は出来るだけ優しく声をかけた。


「……」

「続きを始めて、いいのかな……?」


 今更優しい男を気取るつもりはあまりなかったが、それ以外の方法は知らなかった。


「……覚悟は、決めてきました。たとえ地獄のような苦しみでも、ここでぜんぶ終わらせるつもりです」


 視界の端のアイが満面の笑みを浮かべる。


 君は彼女に何を言ったんだい? アイに視線を投げた王子は、ただ面白そうな顔をしているアイを見て、諦めた。

 鏡魔法で砕かれた鏡が修復される。

 再び鏡中に現れた鏡の歌も、何だか落ち着いて見える。


 一度全てを吐き出して、抱えていた荷を下ろしたのか。


 王子は片目を閉じて、城内を見た。大量の吐しゃ物を騎士たちに掃除させる。

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恋愛(?)モノがたり! 木結 @kiwomusubeyo

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