24 転


 王子が話疲れて眠ったと、歌が外に出てきたのはまたずいぶんしてからだった。


「おにいちゃん、戻って来たよ……って誰? その人?」

「あら、オリジナルさん、こんにちは」

「オリジナルってことは、あなたがイミテートね?」


 歌がノリノリだ。新しい用語を作って来た。

 模倣イミテートねぇ。別物に見えるけど。


「あだ名はアイってことで。愛川だし」

「おにいちゃん、そのまんま過ぎない?」

「まあなんだっていいわよ。寝床に案内するわ。お二人は添い寝はお好き?」


 歌の顔がボッと赤くなり、俺はため息をついて、いたずらな表情をするアイに、「別で」と言った。



 王子が眠っているから、監視は多分ない。

「王子、どんな人だった?」

「無垢な人だと思う」

「帰る? それともまだいるつもり?」

「明日も行くって言っちゃったから、明日も残るつもり。おにいちゃんは?」

「もちろん残るよ」

 歌の目にも、王子は悪い人には見えなかったらしい。

「なんだか、かわいい人だった」

 小5にしてはずいぶんと上から世界を見ている。

「変なことされたらすぐ呼んでよ?」

「あの人はそんなことできないと思う」

「ふむ」

 俺は一拍置いた。

「帰りたい?」

「お母さんとお父さんに心配はかけたくないっていうのはおにいちゃんも同じでしょ? ……でも、それ以外は、別にどうでもいいかも」

「家のことは鏡の俺が説明してくれるらしいんだけどさ。まあ信用するかしないかは俺たち次第だね」

「……もうちょっといてみる」

 結構王子、好感触なんじゃない?





 事件は2日目に起きた。


 バタン!

 歌と王子がまた話して(王子が鏡デートに行くとかなんとか言ってた)いたので、外でアイとポーカーをしていた時だった。


 歌が飛び出してくる。


 いきなりのことだったもので、お、と口から声が出て、俺はそれで止まってしまった。


 泣いているようだった。ぐすっとすすり上げた。


 俺と目が合うと、びくっとした反応をして、歌は反対方向に駆けだす。


「お、おい!?」


 追いかけようとする俺を、アイが止めた。


「まあまあ、あっちは私に任せて」

「???」

「王子に事情を聴いておいて~!」


 楽しそうにニコニコしながら歌を追いかけていったアイに取り残された俺は、もう見えなくなった歌を目で追いかけた。

 仕方なく、アイを信頼することにして、従った。

 門は開けっ放しで、俺の予想に反して、歌に振られた王子が泣いているということもなく、泰然とベッドで身を起こしていた。

 なんか、立場逆転してない……?

 血が点々と垂れている。


 王子が現世を覗くのに使っていたという大きな鏡は、砕かれてしまっていた。


「鏡が……」

 王子の目が、こっちに来て、と言いたげだったので、そばによる。

「……あの歌をここまであらぶらせるたあ、いったいどんな手を使ったんだい?」

「彼女の本心は、彼女自身には認めがたいものだったみたいだね」


 ちっとも動揺したそぶりを見せないので、つい「恋人が泣いてるなら、引き止めて慰めの一言くらいあった方がよかったんじゃないの?」なんて言ってしまった。

「あれは、彼女が解決しなければならない問題だよ」

 王子は遠く、部屋の外を見つめていた。

「僕や君は何もしない方がいい……彼女の倒錯をややこしくするだけだよ」

「鏡は……」

「治せるよ」

 王子はひょうひょうとしていた。

「何があったんだ?」

「鏡の中の彼女は、それを君に知られるのが一番いやだと思っているのさ」


 城の中で一大鬼ごっこを繰り広げた後、腕っぷしの強いアイに引きずられるようにして歌が戻って来たが、俺は席を外していたので、その後何があったのかは知らない。

 想像することしかできない。



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