22 アイ


 再び眠りについた王子を置いて、玉座の間から出た俺と偽歌は……。


「そう言えば、俺は君を何て呼べばいいんだ? 鏡の歌? 偽歌?」

「ずっと思ってたけど、ニセって、ひどいわね。私も立派な"本物"なのに」

「そうだよな。あだ名でもつけるべ?」

「うたって、二文字しかないのに? 『うー』とでも呼ぶつもり?」

「名字が愛川だから、アイってのは?」

「別に何でもいいけど」

「じゃあアイで」


 王子が眠り際に「城の案内を、してあげなさい」と言って、アイは俺を連れて広い城を歩き回る。


「ここが客室、あそこが大広間」

「書庫とかないの?」

「あるわよ」

「マジ!?」


 案内されるなり書庫に飛び込んで、本棚を検分すると、ひとつわかったのは、ぜんぶ鏡文字みたいだってことだ。

 これは面白い。ここまで来た苦労賃に、ぜひとも読ませていただきたいもの。


「歌のことはどうでもいいんだ」鏡の俺が何か言った。

「あら、そうなの?」

 アイが意外そうな顔をする。


「そんなわけあるか」

「妬ましいんだ。2週目の俺でも手も足も出ない、あの才能が」

「にしゅうめ?」

「鏡像君、お前もう、黙ってろ」


 ため息をついた。


「あなた。2周目ってなに?」


 さあて。鏡の『自分』を何とかしないと、丸裸にされちまうぞ……?


「ちょっと席を開けてもらってもいい?」

「なによ、面白そうなのに」

「本当は、こんなところ、来たくなかった」鏡の中の俺がそう言って、へへへ、と笑った。

「でしょうね」


 俺にはわかる。これは、鏡の世界の話じゃない。このゲームの世界の話だ。


「このおしゃべりの口を止める方法はないの?」

「あなたが『しゃべりたい』って思うのを止めればいいんじゃない?」


 心の底では誰かに打ち明けたいと思ってるって?

 そんな恰好がつかないことを俺が望んでるって?


「ほんとうは、さびしい」

 黙ってろ。


 鏡の俺は、口をつぐんだ。

 アイは知りたげな顔をしていたが、俺に遠慮して何も聞くことはなかった。


 歌の起床を待っている間暇なので、書庫から、めったにないような本を探してきて、歌の眠る部屋の前で待つことにした。


 歌が消えたとき、これはバッドエンドかなってちょっと思った。実際、異界にさらわれて、俺だけじゃどうにもならない状況になってたし。誘拐犯がそんなに強引でもなく悪そうなやつでもなかったから、こうして解決の余地があるわけで。本当なら、歌も俺ももう「終わって」いてもおかしくなかった。


 その点では、ある意味王子に感謝している。が、そして同時に、畏れもしている。あの王子の機嫌を損ねると、本当に「終わる」可能性がある。


 つまり、アイや王子の監視や、鏡の俺の暴露を避けながら、穏便にことを進める必要があるわけ。それもあって、王子に強く出ることはやめていた。


「なあ、アイ」

「なぁに」

「王子の寿命ってあとどれくらいなの」

「うーんと、……王子は、まだ言わないでほしいって」

「なんじゃそりゃ。それで後から100年とか言われても反応に困るんだけど」


 俺の言葉を王子にテレパシーで送ったらしいアイはしばらく宙に視線をさまよわせて、


「王子によると、一か月持たないってさ」

「なにそれ、死にかけってこと……?」鏡の中の俺が代わりに呆然とつぶやいた。

「あの王子があんたの妹に恋したのは、何年も前のことよ」

 壁に寄りかかって座っていた俺の隣に腰を下ろしたアイは、どこをみるでもなくぼんやりしながら、そういった。


「ずっと、耐えてたのね。でも、最期に、会いたくなった。私ね、あんたの妹のことならちょっとは分かるのよ。表裏一体だからね。あの子は、あんたが言ったとおりにするわよ。だから……あんたに話してる」

「どうした。いきなり」

「私もね。最初は自由を手に入れて戸惑ってたのよ。今になると慣れてきて、王子の感情とか、記憶とかが逆流してくる」

「……」


 急にアイが向き直った。


「お願い。王子の願いをかなえてあげて。急にさらったことも謝るし、できる償いはするから」


 アイは、真剣だった。


「……なんでそんなこと?」

「それは、まだ言えない」


 彼女の腹芸なのかどうなのかはわからない。いや、多分本気でそう言っているのだ。

 王子もアイのことも、俺は不思議と嫌いにはなれなかった。ほだされている。

 合理的に考えれば、さっさと帰れるようにすべき……。

 現実世界で何日も家を空けるのは余りよくはないし、親が心配する。

 歌もきっと、合理的に判断するだろう。

 だから俺は歌が王子を拒絶するのを待って……。



 どうにも。



 アイが、俺が頼めば歌は聞いてくれるであろうことを示唆したからか、王子に優しい顔をしながら歌に拒絶させる二枚舌な自分が見えてきて、そしてそれがアイにばれている状況がなんとなく気に入らない。


 仮に、俺が選択権を持っているとして。


 歌――自分でない人間――の自由と時間を捧げて、異界の王子の最期の願いをかなえるか、かなえないか……。その選択をある意味無責任に左右できる。


 ひどいことだ。


 俺には少々重い決断を迫られていた。

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