19 鏡面に


 数年前よりみんな集中力が伸びて、昼頃に始まった勉強会は夜まで続く。


 俺たち3人は、さすがに歌の帰りが遅いのに違和感を覚えていた。


 護身用のスタンガンは持たせてある(法律的にはグレー)が、不安はぬぐえない。6時を回って、歌から何も連絡がないので、俺はなんだか怖くなってきた。電話してみても、つながらない。


 帰りが遅くなることはたまにあるし、そんなに恐れることでもないはずだ。自分に聞いてみる。何で震えが止まらない?


 嫌な予感は強まるばかり。凡人の俺には第6感なんて備わっていないと思っていたけど、もし、主人公の真人にそんな能力があったら? 前もこんな嫌な予感が当たったことがあった。


 父さんと母さんは今日は仕事だ。どっちも遅くまで帰ってこない。


 この国の治安はとてもいいから、めったなことは起こらないはずだけど。


 6時15分。俺は歌を探しに外に出た。予備のスタンガンを持って。


 歌の通るはずの道をまっすぐ、進んでいく。何一つ見逃すことが無いように、ただしそれでもできるだけ速く。


 さっきゲーム会社に連絡をとった。5時ごろにもう帰った、と。


「どこで遊んでるんだか……」


 できれば遊んでいてほしいという願い。


 スタンガン持ちの歌をそう簡単にさらえる人間はいないはずだが、逆に、それでもさらえたなら、複数の敵がいる可能性もある。


 まだ、何かあったと決まったわけじゃないけど。


 でも、父さんと母さんはもうすぐ来るし、警察にも通報したらしい。


 ふと。


 道端に、アスファルトとは違った光沢で輝く何かが落ちている。


「これ……誰のだろう」


 俺は知らないふりをした。念のため。ありえないけど、歌を知っている人を狙った何かの罠かもしれないとその時の俺は思ったのだ。小説の読みすぎだろうか。


 本当は、見た瞬間に歌のだって分かった。大理石みたいな色のボタン。


 ここで何かあった?


 分かれ道も、待ち伏せにちょうどよさそうな電柱とかも、何もない。


 ボタンが落ちていたのは、普通の服飾・化粧品店の前だった。

 道行く人はいつも通りの日常を過ごしている。

 もしかしたら、この店の中に。ふんわりと、そんな思考が降って来た。


 お願いだ。いてくれ。




 ――5分後、俺は鏡の中にいた。


 化粧品店の鏡の中がゆがんで見えたので、ちょっと触ろうとすると中に入れてしまった。意味わからん。

 隣で商品を見ていた人が「ゑ???」と呆然としている。


 戻ろうとしたら、一方通行だったみたいで、出られない。向こう側の人にも見えてないらしく、どうやら鏡は俺を通してそれっきり普通の鏡に戻ってしまったみたいだ。


 意味が分かりません。この空間何?


 歌がこれに巻き込まれた、とか? そんなことある? 不思議の国か??


 だいたいここ恋愛ゲーム世界じゃないの? なんでこんなん起きんの??

 歌がここに居ようがいまいが、俺もここから出ないといけないので、動くことにした。鏡の中は、現実世界をそのまま左右反転させたようなところみたいだった。化粧品店の動かないエスカレーターを降りていく。


 人はいない。


 なんとなくセイがいそうな気がしたが、いなかった。そういえば、あの少女は今どうなっているだろうか。もしかしたら歌並みの美少女に成長しているのかもしれない。

 化粧品店に歌の痕跡はない。


 1階、外が見える。人のいない通りが見える。そこに、歌のボタンがまた一つ、落ちているのが見えた。現実世界と落ちていた場所が似ているから、もしかしたら鏡の世界が映しだした現実のボタンかも知れない。

 どっちでもいいのでとりあえず拾いに行くことにした。


 本物を俺が持っているのにここに鏡世界のボタンがあるとしたら、現実と鏡の世界では時間的ラグがあることになる。電気の供給もないようだし、ここはほんとうに現実の再現なのかな?


 そんなことを思いながらボタンを拾い上げて、俺が持っているのと比べてみる。

「あーこれ」

 偽物だ。無駄足だったかと嘆息したその時。


 誰かが、背後から襲い掛かってきた。

 頭をぶっ叩かれ、意識が落ちる。

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