17 One End(2)
「ふふふ。全部、見られちゃったね……」
「時空間転移を身に着けてから、ここに来たリリィは、もしかして……」
「みんな、あなたとは違う時間から」
「ってことは、今のリリィは……」
「まひとにとっては、きっと毎日のことだったでしょうね」
「今、何歳?」
「女性の年齢は、聞いちゃダメじゃないの?」
「じゃあ、君は今から何年たった君なの?」
リリィは、俺と話すのが楽しそうに、表情をほころばせたまま、
「4、5年、くらい?」
「なら俺は、中一か……」
「私は、今日から先のあなたには会えない」
「なぜ?」
「これで、最後だから」
「もう巫女継承の儀が迫ってるの?」
「ううん」
リリィは、綺麗な目を閉じて、
「もう終わったの」
「……」
どういうことだ。
「私はね。もういないの。私の体は、もうどこにもないのよ」
リリィは、穏やかで安らかな表情をしていた。
「私の賭け……私が巫女になって、封印と一体化しても、もう一度、あなたに会いに来れるか……分の悪い賭けに、私は勝ったのよ」
「今、ここで俺と話せてるのは、奇跡に近いと」
「そうね」
仮にも長い間一緒に本読んだ相手とのお別れのチャンスが、そんな部の悪い賭けでいいの?
リリィはおもむろに指を鳴らし、図書室は空間にねじれて溶けて消える。
テーブルクロスが勢いよく抜かれて、テーブルの上に残ってしまったグラスのように、俺たちは何もない空間に取り残され――唐突にリリィの豪邸に現れていた。
「ちょっとお茶しない?」
この程度の謎現象には慣れっこな俺は、「いいよ。何気に初めてじゃない? 一緒にお茶飲むの」なんて普通に返した。
「そうだったかしら」
豪邸のベランダからは広い広い庭が見え、その先に新聞でたまに見るこの国の中心部があった。政府機関がよく見えるっていうのが、それほどいいかと言われるとなんとも。
またたきする間にテーブルとチェアが現れ、いつの間にか俺たちは座っていた。
「広いねー」
「図書室と比べたらね」
上品に紅茶を飲むリリィ。気付けば俺の目の前には熱そうな紅茶が一杯おかれていた。
「無礼講だよね?」
飲み方なんて知らないので、普通に持って普通に口をつけると、
「あつっ」
「あれ、熱すぎた?」
リリィがふー、と息を吐くと、それは細い吹雪に変わってあっという間に俺の紅茶をぬるくした。
「どうやってんの?」
「女子3日会わざれば刮目して見よ、ってね。練習の賜物よ」
「俺にとっては毎日だけどね」
「毎日刮目して見ればいいじゃない」
リリィの姿が変わっても、髪が物凄く伸びても、リリィはリリィだった。相変わらず以心伝心できているようで、こうして二人紅茶を飲んでいるだけで。お互いに深く交感できているような気がする。
「ねえ、ずっと気になってたんだけど、私たちの関係ってどういえばいいのかしら?」
「うーん」
友や親友という言葉で片づけるには、確かに、長い間一緒にいすぎている。
「半分家族?」
「なによ、半分って」リリィは笑った。
俺は答えなかった。答えなくても伝わっているのはわかっていた。
そのまま、俺と彼女はゆっくりと紅茶を楽しんだ。
俺も彼女も何も言わないが、そうしていられる時間が一番貴重なんだってことを二人ともなんとなく感じていた。
「ねえ、昨日……前回言ってた、『使命』ってなんだったの? 結局」
「『使命』? ああ、そういえばそんなこと言ったなぁ……ねえ、やっぱり聞かないでおいてくれない?」
俺のことを心配するような表情をしている。
「俺が巻き込まれないように?」
「あなたは、そんなに大きな問題にかかわらなくても、きっと幸せに生きていけると思うのよ。それに、これは人間にはどうしようもない問題でもあるし」
「……そんなに危険なものなんだ」
「この世界の、薄暗い所よ。見る必要はないわ」
俺とリリィは、しばし沈黙した。
「はい、この話はこれでおしまい! 最後なんだから、遊びに行きましょうよ!」
俺が考え込みそうになったので、リリィは手を叩いて立ち上がった。
「どこに?」
「面白いわよ」
――宇宙旅行。
「よくこんなことできるね」
「まひとに会えなくなっても、暇になると転移でよく遊んでたの」
銀河が遠くに見える。
全方位どこを観ても、星星星。きらめく恒星たちが、俺に百万色の光を当てている。
「精神だけ飛ばしているから、空気の心配もない」
「これは俺たちの想像の世界? それとも本物?」
「どっちでしょうね。私もいまいちわからないわ」
なら。
「そうだ! じゃあ地球を見せて!」
「よおーし、じゃあ、跳ぶよ!」
空間跳躍。
目の前に現れた星に見覚えのある日本の島が見えた。
「あれ?」
でも、違う。俺のいた世界とは大陸の形が違う……。
「ねえ、もしかして近寄れる?」
「多分?」
「あの島」
リリィは、俺が何をしたいのかわかっている。再び魔法を使った。
およそ3分間の短い旅行だった。
その間に見たものは正直俺のキャパシティを超えていたが、リリィは知っていたようで、寂しそうに笑うだけだ。
いつの間にか、俺たちは図書室に戻ってきていて。
俺は、リリィの体が光の粉を散らしているのに気付いた。
「え、リリィ?」
「時間ね。お別れ。あーあ。もうちょっと一緒にいたかったのに」
何を言えばいいかわからなかった。
「何か、いきなりすぎて、悲しみも湧かないや」
「そうでしょうね。私はずっと、悲しかったけど」
「でも、お姉さんは救えたんだろ?」
「うん」
……。
旅立つ友達に、俺は精いっぱいの笑顔を向けた。
「なら、それでいいでしょ。リリィ」
「……ありがと」
リリィの姿が薄れていく。
「ねえ、まひと。本当はいっぱい言いたいことがあったんだけど」
「ほんとうに、ほんとに。」
「ありがとね」
リリィの手が俺の頬に触れた。
俺の目から、ようやく、涙がこぼれた。
光が、俺とリリィを包み込んで、目の前のリリィが、消えていく――。
あれ?
周囲の気配に気づいて、俺は目を開けた。
隣で誠一が本を読んでいる。司書さんが本を整理し、各学年の生徒たちが、借りる本を選んでいる。
眠ってた、かな?
読んでいた本の題名を見る。『沼船リリィ』――と書いてあるように、一瞬見えたが、もう一度見る時には、帝王学の本に変わっていた。
……この本、図書室の本なら必ずついているはずのラベルがついていない。
本の表紙に、なにかが落ちた。
俺、泣いてる? 変な夢でも見てたかな。
「真人? どうした?」隣の誠一が俺を心配そうに見るが、俺はその声が全く耳に入っていなかった。
なんか、忘れてる気がする。
――り、り、ぃ。
リリィ。
リリィ?
リリィって、誰だ?
1章 完
と、いう所で終わると、思ったな?
甘い。あまァい!!
俺を、ナめている。
リリィの名をすぐさまメモした。
帝王学の本もキーアイテムと読み、保持。
誠一に先に帰ると伝え、俺は家に飛び帰った。
「リリィ、リリィ、リリィ……」
そして、日記の中を探した。
あった! 大量の記述が!
時間魔法の存在、リリィの正体についての考察、そして、黄金学園での怪奇現象後の出来事などなど。
ふっふっふ。
甘すぎる。
どうやら"リリィ"とは悪い関係ではなかったようだ。
記憶が亡くなっていることに関しては、何かトラブルがあったのだろうが、しかし、情報は完全に抹消されたわけではない。
日記の内容をパソコンの中にも移す。バックアップも準備できた。
記憶喪失からの原作イベントフラグは……折る!!
1章 完
____________
ということで、これにて1章完結です。
あっという間にこの世界で何年も過ごしている真人くん。すっかりこの世界になじんでいます。作者としては、真人くんが幸せそうで何よりです。
2章もすぐに書いていきます。お楽しみに~。
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