15 Before the End
人は慣れるもので、学校で、愛川真人の一種の異常性はすでに「いつものこと」として認識され、もうただの風景であった。
ただ、千佳、誠一、真人の三人で3トップとして並び称されるのみ。真人、当の本人は、自分を畏れて生徒が誰も近づいてこないのでむしろ気楽であった。
その代わり、そんな真人を心配して先生たちがここに来る。
「真人くん、今日も本読んでるんだ」
「はい」
「タイトルはなに?」
「『萌えよケン』です」
「へぇ~、どんな話なの?」
「えっと――」
ろくに人と話しているところを見たこともないのに、活舌はしっかりしていて、理知的だし、礼儀正しい。
キズを見つけることが難しいくらい完璧だ。不安になるくらい。
中休みの8分ほどを使って真人と話してみた木田であったが、相変わらず心配無さそう。
そう、だから、自分が悪いのだ。こんなにいい生徒を、『不気味』だと思ってしまうなんて……。
いつの間にか時が過ぎて、小学校3年生になった俺たちの勉強会はさらに進化した。もう同年代でこいつらにかなう奴いないんじゃないかな、という高度な世界である。
この前、誠一とキャッチボールしてみたが、誠一の玉はこの年ですでによく伸びる火の玉ストレートと化しており、勉強と野球の二足の草鞋で無双していた。歌はおれのPCで高度なプログラミングをし始め、千佳は……うん。普通に頭いい。
だが、彼らを超えるリリィという化け物を俺は良く知っていた。
「まひと~」
人の来ない図書室で、何時間経ったか知らないが、本も勉強も飽きて(人生でそれしかやってきてない俺が飽きるという時点でもう1日くらい経っているのだと思う)、図書室特有の大きな机の上に寝転んで(真似をしてはいけない)、ゆったりしていると、リリィが寄ってきて、寝転んだ俺の前に座り、当然のように俺のお腹に顎を乗せた。
いつも通り抵抗して寝返りを打った。
「眠い~?」
ちょっとね。
「そっかー」
何か、言わずとも意思が通じるようになってきた気がする。
2年。2年だ。2年、リリィといる。
最近は、リリィの魔法が上達してきたらしく、図書室の中の時間は日に日に伸びる。
最近、初めて言ったよ。「もう帰る」って。
リリィは、どうやらおれたちと同じペースで年を取っているらしくて、すでにただの赤目赤髪の美少女になっていた。リリィの内面が顕れたのか、ずいぶん大人っぽい。
どう見ても幽霊ではなかった。
人間のようにしか見えない。
魔法は、特にここ最近の伸びはすさまじく、図書室での勉強読書が一日で終わらないこともあった。ひと眠りしてから二日目に突入するようになったのだ。
図書室の本は当然のように読みつくしてしまったので、今はリリィが持ってくる分厚くて難解な本を一緒に読んだりしている。
「リリィー」
名字教えてー。
「えー? どーしよっかなー」
目で催促しても、こうしてはぐらかされる。押したら行けそうな感じはするが、別にそうする気も起きなかった。
15分の仮眠を取って、俺の髪の毛をいじって遊んでいた彼女に、「暇?」と思わず聞いた。
そうだと言いたげな感じだった。
「どっか遊び行く?」
目を閉じて考えたリリィは、「今日はいい」と言った。
最近、「時空間転移って出来んの?」と尋ねたことがある。
その時のリリィはうーん、とうなったが、この前完成した魔法を見せてもらった。
あれ? それって昨日の話だっけ? それとも今日? ずっと前?
ずっと一緒にいると、バグってくる。
その転移魔法が完成してから、リリィは毎日欠かさず図書室に現れるようになった。それまでは、「家の事情」でこれないときも多々あったが、どうやら転移魔法というのは本当に便利らしい。
この前は、一緒にハイキングに行った……この前っていつだ?
もう、これまでの人生よりリリィと一緒にいる時間の方が長い気がする。
「まひとはさー」
「うんー?」
「私がいなくなったら、かなしい?」
「うん」
「ほんと?」
「うん」
「さみしいって思ってくれるの?」
「うん」
「そっか」
――……やっぱり。私が、やらなきゃ、いけないよね。
リリィはいつも通りに見えた。机に突っ伏しながら俺をじっと見ている、いつも通りのリリィだ。
「私ね」
「うん」
「スゴイ大事な使命があるんだ」
「使命?」
2年(体感10年)一緒に居ながら、新情報である。
「そう、国を守るための」
リリィはそれだけしか言わなかった。
俺は、そこでもっと先に進むべきかちょっと迷ったけど。
本には、いろんな物語があって、その中では、こういう時にちょっと聞いておかないと後悔するという話もあったのをふと思い出して。
「どんな?」
「……聞く?」
「……」
長い長い沈黙が俺とリリィを包み込んだ。
互いの目線がまっすぐかち合い、リリィの中で思考が回り、そして、何らかの葛藤に決着をつける過程が、その目の中に見えた。
――……最後にしよう。いつまでも、この図書室にいられるわけじゃないし。
――……ごめんね、まひと。
「……わかった。教えてあげる。でも、絶対に他の人に言っちゃだめだよ?」
いつの間にか、夕暮れになっていた。
もうすぐ、5時だ。帰る時間。
「でも、明日ね」
「明日?」
「私もね。よーやく、決心がついたから」
「さよなら。まひと」
哀しそうな「さよなら」だった。
リリィとの以心伝心は、その時直感的な閃きを俺に与えた。
この子は、何か、とてつもないことをしようとしている……。
「ねえ、リリィ、使命って何?」
「明日、私がここに来られたら、教えてあげる」
「リリィ!!」
机から起き上がって、去ろうとしたリリィの手を掴んだ。
「リリィ、何か、変だよ」
「変? へん、か。そうかな……」
「ねえ、リリィ」
「ううん。ダメ。やっぱりだめ。ね、待っててよ。まひと」
リリィが泣いていた。
「ね、待ってて」
リリィに、ぎゅっと抱きしめられた。そのまま持ち上げられて、机から降ろされた。リリィは膝をついたまま、俺に目線を合わせた。
「リリィ……」
深くは、聞けなさそうだった。
リリィの目から、涙が垂れている。
「ごめんね、こんな姿、みせるつもり、なかったんだけど……」
「リリィ」
「信じて。きっと帰ってくる」
嘘は、言っていない。
言っていない。リリィの目が、今までで一番、きれいな輝きをたたえていた。
リリィが立ち上がって、俺の頭を撫でた。
「ばいばい」
「ッ、リリィ! また明日!!」
走っていくリリィの背中に叫ぶ。
次の日が、俺の一つの分岐点であったことは、後から見れば、明らかだった。
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