14 PCが来た!


 結局、そこからは2週間くらい家で勉強した。図書室が改装するとかいうのである。リリィに、「だからしばらく図書室はいけないよ」って言ったら、「えっ」とひどく驚きながら、心底残念そうに肩を落としていた。

 でもリリィも忙しいらしいし(リリィが、もしも幽霊だとして、幽霊にそんな概念あるか? と思ったら、「お盆」に思い当たった)


 宿題が終わると、歌に難問出しまくったりして時間をつぶす。歌の解くスピードがどんどん速くなっていく……。


 俺も暇を持て余すようになり、パソコンを買ってもらえないか父さんに聞いてみた。結果、俺の普段の行動の脱小児性を認めてもらい、使う時間などに厳しい制限を設けて(これは俺から言い出した)買ってもらえることになった。


 そして今日。30度超えの酷暑の中、ダマダ電気でPCを選ぶ時が来たのだ。


 スペックを見て、値段を見て、またスペックを見て、値段を見る。


 やがて一つに収束した希望を伝えて、手に入れた。パァ、ソォ、コォ、ン!


 文明の利器を手にした俺は、まずオキニのネット小説があるかどうか探した。あった。大勝利であった。


 不思議である。この世界は、日本っぽいこの国の財閥が世界の全てを掌握している世界。沼船(沈みそうな名前)、三宮(普通にしか見えない)、鬼城(絶対悪役)、橘(絶対普通)の4家が牛耳っている。誰もが知る当たり前のこと。

 だからこそ、俺の転生前の世界が前提になっているような、こんなネット小説が生まれるはずはない。ましてや前世と同じモノがあるなんて異常だ。前世で書籍化されたラノベはどこにもないのに、このパソコンにだけは、前世の小説が存在している。


 とまあ、それはさておき。実は、俺、夢があったんだよね。プログラム関係の練習を始め、念願のゲーム制作に取り組み始めた。自分で、面白いゲームをつくってみたかったのだ。


 一度やってみたかったッ! 一から始めるプログラミンッ。ちなみに歌も横から覗いて来る。しかも俺より上達が早い。凡人と天才の差であった。

「うた、すごいな……」

「えへへへ、おにーちゃんはこォんなこともできないの~? 私、できるよ!! ほら、ここをこうして、えーっと?」


 いつも俺が勝ってるから、兄に勝る分野を見つけて歌はたいそうご機嫌だ。

 結局のところ俺は二周目でニューゲームで強いだけである。恋愛シュミレーションゲームのヒロインの異次元成長力には、所詮、かなわぬ運命か。

 それはそれ、これはこれ。たとえ才で劣ろうと、兄として、最後の関門、ラスボスとしてその目の前に立ちふさがる、ライバルになってやらねばならない。

 自分だけ周りよりデキる。それがどんなに孤独か、俺はここ数年で良く知っている。




 あァ、時間があるって、スバラシイ。

 実にいい。歌に出すための難問ストックが凄まじい勢いで消えていくので、仕方なしに俺は虎の子を出した。歌はそれで数日間足止めを食らっている。


 俺は引きこもってPCをいじっている。それ以外の時間はどんなゲームにするか考えたり、プログラムを考えたり。難問作ったり。


 ちょっと味気ない感じの日々。でも、これくらいの退屈はすっかり慣れっこだ。やれることがあるだけずいぶんマシである。


 ネットでこの世界の攻略サイトがないか探したが、なかった。ネット小説は現実準拠なのに。


 そんなある日。


 歌が愕然とした顔で寄ってきた。

「おにいちゃん、うた、太った……」

「……」


 おまえ、ほんとに小学校低学年か? それとも俺がおかしいのか?


「どうしよう」

「運動する?」


 そうして始まった、毎日の運動である。


「痛い痛い痛い!」

「息はきながら、はい、スーーー」


 歌の体が、硬い。運動用ジャージを着てきた歌は、長座体前屈で苦労していた。これで、なんで学校では運動できる子って言われてるの?


 家の中でどたどた跳ね回ってみる。一軒家だからまだ音立てても迷惑じゃないけど、歌は忍び足というのを知らないままここまで来ているのである。


 外に、出たい。今度は新聞紙を丸めた棒で激しいチャンバラに明け暮れている兄妹を、母さんがほほえまし気に見ながら洗濯物をたたみ、父さんが我が子の久しぶりに普通の子供っぽいことをしているのに目を丸くしながら皿を洗っている。


「おにいちゃん強い!」

「吾輩は佐々木小次郎。いざ、参れ!」

「まいるー!」

 振り下ろしてくるのを横に弾いて、で、間合いの考えのない妹の体がそのまま突っ込んでくるので腰を低くして受け止める。

「うーー」


 押し合いへし合い、そのまま相撲が始まる。大して面白くもない。

 実に暇である。


 はあ。何か、面白いことないかな……。っていうかリリィに会いたい。魔法で時間を伸ばして読書、これに勝るものはない。なんと一日20冊読めるのである。難しい薄い本と、ギャグよりの小説と、分厚い難しい本を順番に読むといい感じ。


 平和な日常だ。



 ……そうきたら次は平和じゃない非・日常がやってくるんじゃねーかと、俺は思うわけである。






 ところで、ネットには、いろいろな楽しみがある。

 前世クオリティのネットには、無料のゲームが山ほどあったり、ネット小説は当然のこと。時間がいくらあっても、遊びきれない。

 大して驚くことでもないが、動画投稿サイトや、現実世界とまともにやりとりが出来そうな掲示板、SNSは存在しなかった。SNSなんてあったら、この世界の姿がガラッと変わってしまうからか。


 スマホすらないのだ。そこそこのパソコンはあるのに。


 前世との矛盾点と一致点の違いが微妙にわからない。

 ひとまず小説投稿サイトにアカウントを作って……あ、こっちの世界のメールアドレスは、Gメールとかがないせいで、形式が前世の物と違う。

 弾かれる。


 ログイン、できない?


 自分の前世のアカウントを使おうとしたら、そっちも弾かれる。


「もぉ~意味わかんないよォ~」

「どしたの? おにいちゃん」

「なんでもないぃ~」


 椅子でぐったりした俺の膝に乗って、歌がパソコンの画面を見た。


「? 何で何も映ってないの?」

「え?」


 歌が俺を見上げた。


「? おにいちゃんには何か見えてるの?」

「……そうかも?」

「あはは! へんなの~!」


 その後、色々試した。

 前世側のネットワークとやりとりできる手段を探していたのだが、結局見つからずじまい。歌のように、この世界の人間には見えないみたいだし、抜け道はあると思ったのだが。

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