9 二年生!
妹が……歌が……来るッ!!
学校に!
俺は早くも8歳を見据える二年生。美幼女歌が小学校という魔境に飛び込んでくる。
2年生と言えば、おにいさんおねえさんとして、一年生には優しくするのよーなんて言いつけられて、まだ元気に「はーーーい」なんて言うお年である。3年になればませてくるに違いない。
本が楽しすぎていつの間にか運動をしなくなっていた俺はかけっこで中の上という微妙なラインすらキープできなくなっていた。誠一君はますます日焼けして、坊主頭が可愛い。足も速い。元気な子。
そこそこ危機感を覚える。
運動、するかぁ? つぶやくと、
「なら、今度一緒にあそばない?」
今日は俺の隣に座りたいらしいリリィがささやく。
今日もいつも通りのワンピース。同じ服ばっかり。
相変わらずリリィがいるときは人のいない図書室。
放課後になると不定期で現れるこの不審者ちゃん。
今年も並んで本を読む。あなた何年生?? 卒業しないの?
相変わらずリリィが来ると、誠一が来ない。副副司書はもうリリィに襲名されていると言ってもいい。誠一だけじゃない。誰も来ない。
「遊ばない?」
「いいよ」
「じゃ、明日、丸石公園に来て」
少女は本を閉じ、棚に戻して、嬉しそうに走って消えた。
いつもより早いご帰宅だった。
一人になり、図書室に人がやってくる。
パターン1、リリィが学校の地縛霊。外に出るのは力を使うから、溜めるために帰った。
パターン2……だめだ、思いつかん。
ところで丸石公園って。子供の幽霊いそうじゃん。
次の日である。
ポケットにハンカチと一緒に入っている塩の包みに触れてその存在を確かめる。
一応筆箱にお札も入れてある。神社で売ってたのを買ってきた。
七五三で、神社でお祓いも受けたことがある。親のついでに。
俺は、用心深いのである。
一年間読書を共にしたリリィにも、油断しない。もし幽霊で、実は俺を狙っていて、今日本性を表す予定、とかだったら、どうしよう? そんな不安は、噴き出すとなんか止まらなかった。
なにしろ、俺はリリィのことをよく知らないのである。
どこから来ているのか、何年生なのか、帝王学を学ぶような家って言うのは、一体どんなものなのか。
名字も教えてくれない。美少女具合からしてヒロイン級だと思うので、もし本当にヒロインなら、100%それは伏線である。もはや不安要素でもある。
怪奇現象には前例があるのだ。
「リリィ」
「あ、まひと!」
動きやすそうなスニーカー、服。こいつ、服替えられんのか!?
しかもやたらおしゃれである。上流階級なのはやはり間違いない。
公園の入り口で俺より先に待っていたリリィは、頭に塩を振ってからきた俺のことも、特に嫌がることはない。
しかし、幽霊である線が濃いのである。だって毎日服装同じだったし。足はあるけど、いつも靴下で、上履き履いてないし。学校に、リリィなんて、いないし。
親には、「友達」のリリィってことでよく話をしている。
実は、数少ない話し相手だから、俺の話での出演率は高い。
正直、リリィのいない学校生活は退屈極まりない。
地獄である。
暇。暇。暇ッ!
授業も遅い。
宿題もちょろい。
退屈は人を殺すのだ。
だから、リリィと話すのは、結構楽しい。勉強しているだけあって、同じ転生者かと思うほど賢いし、社交的なのか会話の運びも上手なので。本当に小学生かってくらい、いい話し相手。
でも、油断しない(ポケットの中の塩)
リリィは美少女。かわいいというのは強力なアドヴァンテーヂ。いるだけで癒されるっていう恐ろしい効能がある。
でも美少女が豹変するホラーモノもありうるし。ガワを見て信頼しきるのはちょっとねーと思う。
リリィの容姿が現代日本チックな世界にはあまりに特異的(赤目赤髪)なのでネットで調べてみても、特に特殊な家名がヒットしたわけでもない。
ぜんぶ踏まえて、俺は昨日、自分の心に聞いてみた。
いく? 行かない?
「いこっかな」
色々考えても結局、俺の中でリリィはもう「そこそこ友達」の判定入ってるのであった。
友達なら、まあ、行くよねぇ……。
俺は疑うことも得意だが、ほだされるのも得意。
「何して遊ぶの?」
俺はリリィを見上げて言った。
頼むからホラーあるあるの「かごめかごめ」とかは止めてくれよ……。
「はい、これ」
野球グローブですか?
「キャッチボールしよ!」
俺、小2ですが? 肉体よわよわですが? あなた小6くらいですよね??
ぱち、ぱち。お互いそんな強くないボールを放る。
「野球やってるの?」とリリィ。
生前、ちょっと。なんて言えるわけないが。
「お父さんとたまに。えい」
「おっと、ナイスボール」
お世辞は好かんな。
よわよわ小2のふわふわボールを受けて、何が楽しいのか、リリィはニコニコしている。
あっという間に時間が過ぎて、キャッチボール、バドミントン、バスケ、サッカー。ボール遊び禁止の公園で散々遊びまくって。
どこから遊び道具出してくるの!? と突っ込んでもはにかむばかりで答えないリリィさん。もしかして俺もう死んでる? ここ冥界? 死後の世界だからこんな好き勝手出来んの?
公園の時計を見る。
嫌だぁもぉお。逆進んでるじゃーん!
「次は何して遊ぶ?」
今度はリリィが俺に聞く。
ヘトヘトだ。休みながら遊びたい。荒い息で、俺は視界に入ったそこを指さした。
「砂場?いいよー」
二人砂場のヘリに腰かけて山を作る。
お昼を過ぎたはずの太陽は、どんどん高くなっていく。
公園の時計を見る。時間は戻っている。
「どうしたの、まひとくん?」
「ここは、どこ?」
リリィがにこり、と笑った。
「丸石公園」
「じゃあ時計の進む向きがおかしいのは?」
「えー、どれ?」
「それに、太陽の進む向きも変だよね」
「えー、なんでだろ」
にこにこ、嬉しそうに笑っている。
俺は呆れたと目で言って、小さなため息をついて見せた。
お砂場のヘリはそんなに高くもないから、俺は普通に腰かけられるけど、リリィは体育座りみたいになってる。その膝にあごを乗せて、俺を見ている。恐ろしく絵になる。
「リリィのせいじゃないの?」
「どうして?」
「リリィがいる時、いつも図書室に人が入ってこないよね。魔法が使えるんじゃないの? 俺は、他に魔法が使える人を見たことがないよ。それに、おもちゃをどこから出してるのかわからないし」
「名探偵まひとだ」
「俺は推理小説も読むんだ」
「しってる。ねえ、まひと」
リリィがこっちを向いた。
「リリィの所に来ない?」
ああ、終わったかも……。連れていかれるパターンですね分かります。
「やだ」
「どうしても?」
リリィの一挙手一投足を見張る。
「うん」
「それは、家族がいるから?」
何でそっちに話が飛ぶの?
「妹の、歌ちゃんだっけ、かわいいよね」
何の話をしている?
「私より、ずっと」
「やきもち?」
「ふふふ。そうかも……。あーあ。私、まひとのお姉ちゃんに生まれたかったなーっと」
最大限の警戒を悟られないように祈りながら、俺はあえて彼女から視線を外した。
リリィはそんな俺の胸中をどこまで見透かしたのだろうか。
リリィは大きく伸びをすると、反動で立ち上がった。
「そろそろ5時だよ。帰ろう?」
またたきする間に、夕方になっていた。
君、けっこうヒロイン? それともヤバい奴?
「危ない人なのかそうじゃないのか判別がつかない」
「リリィはリリィだよ?」
「いきなりリリィの所に来ない?って、誘拐されるかと思った」
「してあげよっか?」
「やめてくれ……」
「ね、また遊ぼうよ。私、一緒に遊べる友達、まひとしかいないんだ」
だから君、ずっと楽しそうだったわけ?
「たまになら」
公園から一歩出ると、人の気配が戻って来た。
「ねえ。もしかして、今まで図書室で会った時も、時間を巻き戻してたの?」
少女はにやりとした。
マジか……。
めちゃくちゃ、有能じゃねえかッ!!!
正直、命の危険(被害妄想で済んでよかった!)を感じた日であったが、この少女の魔法の味を占めてしまった俺は、手遅れであった。リリィは小説の沼にはまり、俺は時間魔法の沼にはまろうとしている。
……ていうか、魔法って何よ?
この世界で魔法あるの?
俺が魔法関係の古い本がないか出かけるたびに探し始めたのはこのころである。
心の宝物をもらったの。
リリィの家は、大金持ちだけど、いいことばっかりじゃない。いずれ、自分が後を継ぐとなった時に、困らないように。そんな理由で、リリィの幼少期の自由は、全部なくなった。
朝、起きて、うるさいマナーの先生と一緒にご飯。おいしいけど、楽しくない食事。慣れてしまえばおいしいとも思わない。
そこからずっとお勉強。
ずっと。ずぅーっと。
何年も、ずっと。
たまに、財閥のパーティに連れて行ってもらえる時もあるけど、先生が付きっ切りで、「あの家はお嬢様の家とは敵対関係に有ります」とか、「あの家の次期党首はたいそう優秀だそうです。パイプをつなげるならつないでおきたい家ですね」とか口出しするから、ちっとも楽しめない。
「あの家は尻軽です」「あの家は八方美人で有名です」先生の話を聞くうちに、いつの間にか、自分の家以外の人が誰も信じられなくなっていた。
お父様にはめったに会えない。
リリィはお父様が好きだったが、名家の主人ともなると、忙しくて、大変なんだそうだ。
お姉さまも、リリィよりずっと辛い道を歩んでいる。
だから、リリィは我慢した。
夜は一人で寝た。パーティでは無理して偉そうな口調にしてみたり
頑張ってお勉強の本を読んだり。
とってもつらかった。
今すぐにでもほっぽり出して、どこかを走り回りたかった。
でも、家庭教師が言うのだ。
「お姉さまはもっと頑張っていらっしゃいますよ」
それはリリィの弱点だった。
リリィは、お姉さまより頑張らないわけには、どうしても行かなかったのだ。
お姉さまのために。
……。
でも、もう限界だよ。
魔法の使える一族だ。
自分にも、才能はきっとあるはず。魔法の勉強は、お姉さまと、昔、一緒にやったことがある。
家庭教師に叱られて、自習をきつく命じられて。
ぼろぼろ涙をこぼしながら、リリィは願った。
こんなところ、出ていきたい。
大空に、小さな影が舞う。
初めての自由を勝ち取ったリリィは、願いに応えて開花した魔法力を自在に使って、空を飛び回っていた。
あ、遠くに、授業で習った工場がある!
ってことはあっちが石油化学コンビナート……。
慌ててリリィは首を振った。
もう勉強はおしまいって決めたんだから、思い出しちゃダメ!
「あはは! あはははははは!」
なんて自由なんだろう!
なんであんなところに閉じ込められていたのだろう!
自由だ!
リリィを縛り付ける人なんて、ここにはいない!
今だけは、お姉さまもお父様も忘れよう。
思う存分遊覧飛行を楽しんだリリィは、姿を魔法で隠しながら、暮らしている人々を見た。
新しい発見の連続だった。
知らない食べ物、知らない服!
知らない建物、何て小さいんだろう!
これが、ショミンの生活?
それから……。
あれが、学校?
リリィの目に、ひときわ大きな建物がうつる。ひときわぼろい。
魔法で姿を隠したまま、門に書かれた文字を読む。
学校だ!
入ってみよう。
魔法警備なぞ無く、あっさりと中に入れる。
しかし、危うく帰宅する生徒の波に飲み込まれそうになったリリィは、慌てて人払いの術を使いながら、校舎を逃げた。一時避難!
その避難所に選ばれたのは、これぞ運命。愛川真人のいる、図書室であった。
不思議な人だった。
自分が嫌いな本を、ずっと読んでいる?
何で?
自由を手に入れたばかりのリリィには、少しも理解できないことだった。
こんな人もいるの? ショミンには。
透明状態のまま、少年に近づく。
驚いた。自分より5つくらい下に見える子が、難しそうな本を読んでいる!
あ、黄色い帽子。これは知っている。イチ年生の、印。
少年はふんふんとうなずきながら本を読んでいる。
楽しそうだ。ありえない。
なんで、なんで?
どうしてそんなことをしているの?
興味が止まらなかった。
だれにも姿を見られるつもりはなかったけど――
「ねえ、キミ、いつもここにいるよね」
リリィは、生まれて初めて、初対面の人に、はじめましてもごきげんようも言わずに話しかけた。
「ふふっ、くく! あはははは!」
誰も気付かなかったの! おばかさん!
私が寝室に鍵をかけて引きこもって、ふて寝してたと思ってる!
転移魔法で家に帰って来たリリィは、これで味をしめた。
魔法を一生懸命勉強し直した。
自分の分身を作って、自習しているように見せかけたり、家庭教師を眠らせたりする魔法!
自由の切符は、何枚でもある!
いつの間にか、勉強に疲れたら外に抜け出すようになって、魔法も上手になってからは、自分の部屋の時間をねじれさせるような魔法もできるようになった。
分身と自分をつなぐ方法も編み出した。
何回でも、逃げ出せる。好きな時に、好きなだけ!
なんて素敵な、魔法!
抑圧されていた感情が解放されたからか、お家での勉強もはかどるようになっていく好循環が生まれ、リリィは久しぶりに生きていて楽しいと思った。
お母様、私が魔法を使えるように産んでくださって、ありがとう!
そしてリリィは生まれて初めて、こんなに素晴らしいモノに出会った。
小説。
今まで読んで来た本とは、全然違う。
まひとが見せてくれた本の中では、みんなが生きていた。
家で読まされる、無機質な知識の塊じゃない。
リリィの心の目でだけ見られる、彼らは、そこでいろんなものになってみせた。
ある時は龍を倒す戦士、またある時は一家の父、独身の男、お坊ちゃんや、猫!
そして、踊り出すのだ。小説という筋書きに沿って、リリィの目の前で、一大ドラマが展開されるの!
なんて素敵な世界!
お母様の読み聞かせをお姉さまと一緒にせがんだ思い出が不意によみがえる。
リリィは、自分のやさしさや、愛、幸せといった、温かい気持ちが再び巻き上がって来たのを感じた。
リリィは初めて、感動で涙を流した。
この涙と、絶望はちっともつながらなかった。ただ、胸が熱くなって、息が詰まって。涙でむせているリリィの背中を、まひとは、優しくさすってくれた。
この1年生は気が利く。
ふと、思い出した。
あの日の幸せも、そして、今の悲しみもだ!
石みたいになっていたからからの心が、ほぐれていく気がする。感じることを諦めていた想いが、胸にあふれて止まらない。
そこで、リリィは、どうしても止まらない涙をとめようと目をこすった。でも、全然止まらなくて。それをまひとがちょっと戸惑った様子で見ている。
たった数冊の小説が彼女に与えた影響は、大地震や大噴火なんかよりもずっと大きくて、尊いものだった。リリィにはそれが自分でよくわかる。
やっと、自分が何をしたかったのかを思い出したのだ。
わけのわかっていないまひとを抱き寄せ、リリィは声を上げて泣いた。
リリィははたから見ても感情が豊かになった。
よく笑うようになった。変な笑いではない、心からの笑いだ。誰も苦しんでいない笑い。
まひとは、リリィに与えた大っきい変化にちっとも気付かない様子で、いつも通り本とにらめっこしている。
リリィは、その隣で、ずっと小説を読んでいた。
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