7 こんにちの小学校


 1年2組の担任、木田多美恵は、少年に何とも言えぬ違和感を抱いていた。


 もちろん、愛川真人のことである。


 見た目は愛らしい小学校一年生で、何度もそう思おうとしたのだが、どうしても、話していると、その目がこちらをじいっと観察してきているみたいに見えて、ひどく不気味なのである。

 教師3年目たるもの、子供たちとは差別せず付き合いたかった。担任が持てたのは、まわりの先生からの期待と信頼のあらわれである。


 が、しかし。


 クラスの机で宿題を丸つけしては、顔を上げる。

 小学校一年生なら、中休みも昼休みも、だいたいの男子が外で走り回るものである。

 そこに、ただ一人座って本を読んでいる少年、愛川真人。

 まあ、それくらいなら、大して違和感はないが……読んでいる本の題名が、問題である。


 『差別の歴史』

 そんなの読む小1なんて、聞いたことないよッ!! 普通題名も読めないよ!!


 しかも、休み時間が終わるとしおりの位置が大きく移動している。

 読むの速すぎない!?


 テストは当然のごとく100点。誰より早く解いて、すぐに提出して、また読書に没頭する。10分以内に表裏終わらせるので、えぇ……と初めは思ったが、ちゃんと解けてる(しかも、小1にしては、字がきれい!!)ので、こりゃすごいのがいるなあと思った者である。

 そういう時に、焦った表情をして、次に提出するのが本庄誠一君である。すごく字がきれい!! そういえば彼は最近野球を始めたらしい。

 彼と愛川君は親友らしく、たまに休み時間に仲良く本を読んでいる。だが誠一君の本の題名は身の丈に合っている。彼は、普通だ。


 愛川君が、おかしい。


 授業中は挙手したことがない。内気な子なのかと思ったら、幼稚園ではボス的な立場にあったとか。

 ずっと教室にいる読書好きの少年が、ガキ大将?? ちょっとイメージと結びつかない。

 他の子にない物を持っているのは間違いなかった。


 この前、図書室の司書の森田先生から、愛川君がすごいたくさん本を読むというので貸出記録を見たのだが、「え”ッ!?」と喉が痛くなりそうな声を出してしまった。

 森田先生は、その気持ちはよくわかるという顔で、「すごい子ですよねェ」とのんきに話している。

 先生もたくさんの小学生を見てきたが、こんな子初めてらしい。

 『今月の貸出冊数』は、初週にして軽く20冊を超えていた。小1にしては多すぎる。





 桃崎千佳は、小学校に入学するとき、一年下の歌ちゃんには、お姉ちゃんぶって「よゆー!」と言ったが、正直めっちゃ緊張した。

 ただ、おんなじクラスに愛川真人がいることで大安心である。


 4月の初日から、真人に絡みに行く……が、彼は本を読むばかりだったので、千佳は早々に見切りをつけた。


 見切りをつけたというのは、つまり、真人と一緒に行動して孤立したりしないようにするということである。

 すなわち、真人を切った。

 切って、新しいコミュニティへと踏み出す。


 結果として、幼稚園の寡黙なボス猿ともいえる真人はどことも勢力を築かず、かわいい千佳の元に女子たちが集うことになった。千佳は、はやりの服を着て、クラスに流行の旋風を起こす。


 そこで千佳は気付いた。

 そう、千佳は、美人であったのだ!


 男子がちょっかいかけてくる。そのたびに、千佳は完璧な論理で言い負かしてやる。自分がこのクラスで一番だ、と、言葉にしないながらも、頭の中では理解していた。

 いつの間にか、千佳を中心に大きなグループができていた。




 そんなことはつゆ知らず、本庄誠一は、1年2組の優良枠として、先生に一目置かれる生徒となっていた。

 一歩速く、いや、数歩早く真人に魔改造され始めた彼は、持ち前の超一般人的な理解力で、特に算数については小学1年にしては異次元の実力をつけていた。比例が理解できる小1?

 そんな化け物いたらドン引きである。間違いなく逸材になるのでは?


 誠一はそれだけではなかった。

 父親の勧めで始めた野球。

 まだ小1なのでゆるゆるキャッチボールからだが、やはり呑み込みが早い。イイ感じ。

 頭をきれいにそって、坊主頭が眩しい。

 早寝早起き、朝ごはん。

 野球と勉強、読書。

 誰がどう見ても、模範生徒である!


 そんな彼は、歌に淡い恋心を抱いていた時期があった。

 お兄ちゃんおにいちゃんと愛川真人の後についていくその可憐な姿に、テレビの特撮番組で見た美人な妹系おねえさんの姿が重なる。

 ヘキに刺さった。

 それからは、愛川真人は彼の恋敵に等しい。



 ちょうど親の見ていたドラマで愛の告白があったものだから、誠一は一度、歌にコクッたことがある。

 言うなれば、幼児の戯れのようなものである。


 が。歌はこっぴどくこれを拒否。「や! おにいちゃんがいい!!」


 誠一の心には深い傷が残った。



 やがて愛川真人とのかかわりもできた。本に出会った。

 いつの間にか、そんな恋は忘れてしまった。


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