6 元17歳、7歳になった!


 小学校の入学式を終えて。


 俺も明日から1年生。友達百人できるかな。




 ……できなくていいよ。全く。数いりゃいいってもんじゃない。




 黄色い帽子とランドセル。小学生である。幼稚園児だった頃より格好に羞恥心を抱く。

 精神年齢19歳。ランドセル装着。だめだ。つらい。


「いってらっしゃーい!」


 出発が俺より遅くなった妹が、俺を元気に送り出す。昨日まで「おにーちゃんと一緒がいい!」と文句を言っていたのに、大した変化である。昨日の夜、必死に説得した甲斐があった。


 父さんと母さんも手を振っている。俺はしっかりしているから、大丈夫だろうと、そんなに心配した顔をしていない。俺もあんまり心配していない。

 さあ、今日から、新天地。


 誠一と同じくガキ大将(ただしもっぱら本を読む)だった俺にちょっかいかけてくる奴は少ないと思うが、よくよく用心していかねばならない。というのも、こういうのは最初が肝心だからである。

 校門をくぐる。


 本当の戦いは、クラスでの対面からだ。入学式の日に、すでに自己紹介とかは終わっている。

 みんな、自分の名前と、「よろしくお願いします」をたどたどしく言うくらいだった。俺もそれに倣ったので、ここには自己紹介初心者が32名集ったように見える。

 その実、一人だけ、俺だけは、見た目は子供、頭脳は大人を地で行く主人公である。


 恐るるに足らず。自分を奮い立たせて、教室に飛び込む。


 無数の視線が突き刺さる——なんてことはなく、みんな思い思いにしゃべっている。


 俺は、若干の居心地の悪さを感じながら国語の教科書を開いた。

 予習というか、普通に中の読み物を読むために。



 ああ、帰って来たぞ、学校。



 苦節2年。たった一人の勉強。師もおらず、ただ孤独に本を読むだけの日々。それから、解放される。


 幼い園児たち。猫なで声で子供を従わせる熟練の先生。


 ここからは、知能レベルが高い小学生との日々。道理を語りながらも、屁理屈、裏切り、いじめのはびこるこの世の地獄。

 人間の本能が一番近いところで、一番顕わにぶつかる特異点。それが小学校。


 対処法はただ一つ。一人、別次元であること。こいつはからかえないと思わせること。


 やってやる。


 絶対に、いじめられたり、しないようにッ!


「おはよー!」

「よう!」


 ちなみに、桃川千佳ちゃんと、本庄誠一君は俺のクラスメートだ。


 こっから、楽しくなるぞぉぉおおおおお!!!





 2週間があっという間に過ぎた。



 図書室の副司書とは、俺のこと。



 図書館の副副司書とは、誠一のこと。



 俺と、俺の英才教育を受けた誠一は、暇な日は毎日5時まで図書室にこもる日々を送っている。


 誠一は野球を始めたらしく、よくいない日があるが、俺はいる。


 雨が降ろうが風が吹こうが、本を読む。


 一日に4冊くらい本を読むのは完全に習慣化されてしまった。


 もともとの高校生の頭脳に2年に及ぶ読書体験が合わさって、俺の読書スピードは成長していた。


 ずっと近くを見ていると目が悪くなるので外の風景を見たりもしている。


 放課後の校庭開放で遊ぶ子供たちの叫び声が聞こえる。





 図書室の窓の外に銀杏を付けたイチョウの木が見える。


 いつの間にか、秋。運動会も学習発表会も難なく過ぎていく。優しかった先生はだんだんだらしない子を叱るようになってきた。


 世捨て人のようになって本を読む俺は、ただひたすらに知識を頭に入れていく。理由? それが一番楽だから。


 近くの児童館にも入れるようになり、そこにいたおにーさんおねーさんに参考書を借りて高校の復習も始めた。

 だから、父さんと母さんには、俺の知能レベルは完全には露見していない。

 順風満帆の俺である。


 千佳とは疎遠になった。ゲームの世界にいるというのがまるで夢みたい。ヒロインっぽい人々は俺にひたすらべったりということもなく、それぞれ楽しそうに暮らしている。

 歌も、俺がいない幼稚園にすっかり慣れて、毎日楽しそうに、それはそれは楽しそうに幼稚園であったことを話している。


 平和。実に平和。





 そんな秋の風情ある夕暮れ。外から低い日が入ってくる4時30分。


「ねえ、キミ、いつもここにいるよね」


 おしゃれな髪飾りと、おしゃれなワンピースに身を包んだぱっと見高学年の美少女が本を読む俺の後ろにいた。


 目が赤いルビー色に輝いているのが目につく。髪の毛もちょっと赤がかっている。普通の人間には見えない。


 読書に集中していたとはいえ、気配を全く感じなかったのにちょっとひやりとしつつも、俺は笑顔を浮かべて友好的に返答する。

「はい。本が好きなので」

「私も。どんな本が好きなの?」


 流れるように隣に座って来た。さっさと帰れともいえないし、今読んでいるのは小説で、クライマックスでもない導入部分。べつに話してやってもよかった。


 小声なら話しても迷惑じゃないか。


 周りをうかがうと、珍しく、誰もいない。誠一は今日は野球。司書さんは書庫の方に行っているらしい。


 周りに誰もいないのは結構珍しいし、この状況を小説めいて語るとするなら、原作ヒロインとのファーストコンタクトイベントみたいな感じだろうか。

 邪魔者がいないね?

 やがて少年と少女はよくここで本を読むようになり、やがて二つの席の感覚はどんどん縮まって。そして少女が卒業するときにこのお話はクライマックスを迎えるんだ。



 ……なんて、頭の中で物語をこしらえて独り楽しむ、そんな癖がついてしまった。ぼっちの癖である。




「僕は……どんな本が好きって、考えたこともない」


 目の前に本があることに感謝して、目につくまま読んできたから。


「へ~え。キミ、一年生?」


「はい」


 我ながらかわいい「はい!」が出せたと思うんだ。小1の声のあざとさはスバラシイ。


「名前は?」

 何でこう、迷いなく名前を聞いて来るんですかね。美少女だからコミュニケーションにおいて拒絶された経験が無いからですかね。


「あいかわ、まひと」

「まひとくん。リリィのことはリリィって呼んで。よろしくね」


 なんで特に縁もない人によろしくされなきゃいけないんですかね。


 だいたい、こっちがフルネーム教えたから、そっちも名字教えるのが筋ってもんなんじゃないですかね。


 いかん、小説の登場人物の思考の癖と口調が、移ってる。



「よろしくおにゃがいします」

 ちょっと噛んでいくスタンス。


 まあ、この人が仮にヒロインだとして、これがルート開始のイベントだとして。名字隠すのはあからさまな伏線な感じがする。

 ヒロインでなくても、わざわざ隠す必要があるのか怪しい。



 そもそも俺がいるのは高校生から始まるゲームだからまだヒロインが出てくるわけないんですけどね!!(最近思い出した情報)

 でも、ヒロインがもう近くにいるって考えた方が楽しい。日常に彩りが出る。


「おねえさんの、名字は?」


 まあ、これが、仮に。百万が一、のちの幼少期回想イベントだったとして。

 ここで名字聞いておけば、安心。


「ええ~、女の子にそんなにガツガツいっちゃだめだよ~」

「がつがつ?」

 名字くらい教えてくれてもよくない?

「教えてよ~。僕も教えたじゃん!」

「え~、仕方ないな~」


 もったいぶんなし。


 少女はきれいにほほ笑んだ。

 完成されている。傾国の小学校高学年だ。

 すっと俺の耳元に寄ってくるのに、俺は体が固まってしまって身じろぎ一つできず。


「ひ、み、つ」

「ひえっ」

 ちょっと艶がかった感じで言われて、ちょっとぞくっとした。

 脳を侵食してくるような声に、すさまじい危機感を感じながら、身を離した。

 この声と美少女っぷりは危険であった。ずっとさらされていたらロリコンに変えられてしまいそう。


「……名字くらい良くない?」

「また、会おうね」

 もう一度ささやいて、ルビー色の目がきらめいた。


 髪をひるがえして、少女は図書室を風のように出ていった。




 しばらくして、司書さんが戻って来た。




「あれ、まひとくん、どうしたの」

「ちょっと名簿見せて」

「だ~め」

「じゃ、リリィって人がいるか調べて。さっき落し物してったの」


 それなら、と司書がパラパラ名簿をめくって、20秒もしなかった。


「リリィさんって子、いないよ?」




 あの人何?? 幽霊?????

「あ、じゃあ僕の気のせいかも!」

「そうなの……?」


 魅入られたかな。また会おうねとか言われたし。


 図書室に急に人気ひとけが増してきた。


 少女が来た時には誰もいなかったのに、何人も入ってくる。

 ……「人払いの術」とか、あってもおかしくないよね。


 変な現象に遭遇したのはこれが2例目。もしかしたら原作真人君には変な体質があるのかもしれない。

 主人公補正で結論付けてもいいけど、一応、「霊感がある」設定の可能性も頭の片隅に置いておく方がいいかも?

 とりあえず俺は読書に戻った。


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