5 墓参りに行こう



 ある日、父さんが晩御飯の最中に、こう聞いた。

「今週末、お墓参りに行かない?」


「あら、久しぶりねえ」

「おはか、まいり?」


 首をかしげる歌に俺はそっと教えた。

「ご先祖様に会いに行くんだよ」


「えー、うた、千佳ちゃんと遊びたい」

「まあ、たまにはあいさつしないと。ご先祖様が寂しがっちゃうよ」

「えー」


 歌にとってはそりゃ、退屈だろうね。ま、退屈な時間なんて、本来、子供には付き物だから、諦めてもらわにゃいかん。お墓参りばかりは、仕方ないのだ。俺もそんなに好きではない。時間喰うから……。


 ま、今の生活からしたらいい息抜きになるけどね!


 そういうことで、今週末はお墓参りである。

 ご先祖様にしっかりとあいさつしたい。初めましてになるし。


 うちのお墓は家から1時間くらい。列車でしばらく揺られた先にある。

 この世界は意外と狭くて、市街地からあっという間に田んぼである。


 静かなお寺の境内。お墓が立ち並ぶ中を抜けて、家の、愛川家の墓石の前まで来た。


「ほら、歌、みがこ」

「うん!」

 朝7時くらいに家を出て、ちょっと眠そうにすねてた歌も、機嫌を直してキュッキュッと墓石をこすり始めた。彼女が飽きる前に……10分くらいでさっさと草むしりやらを終えるべく、俺たちは懸命に働いた。俺もたくさん働いた。


 結局、歌が飽きたくらいで掃除が終わり、花と草団子を供えて、線香をたき、チーンと鳴らし。父さんから手を合わせる。


 何を祈ってるんだろう。


 後ろで、砂利を踏みにじりながら考えた。

 俺は、父さんの両親が、もう鬼籍に入っていたことを知らなかった。今日聞いた。


 親を、亡くすって、どんな気持ちなんだろうなァ。こうして、定期報告に来たり、さ。

 次に母さんが手を合わせた。


 俺は、この世界のことをちっとも知らない。真人のおじいちゃんがどんな人なのかも。

 そういえば。歌が義妹か本妹かどっちだ問題があったな。


 俺は、多分歌は父さんか母さんの今は亡き友達夫婦とかの子供だと思うんだよね。誕生日は、1年以上違うから、日にち的には産めてもおかしくないんだけど、やっぱり、一年たつごとに歌はかわいらしくなっていき、俺はそうでもない。この違いがね……。

 今、歌は5歳で、俺が6歳か。毎日元気にはしゃいでるけど、その動き一つ一つも、妹びいき抜きにして、どうしても、他と違う。

 俺は多分そんなでもない。いや、変な挙動してるかで言えば俺の方が断然異常で、おかげで俺たちが実の兄妹だと思われてると思うんだけど。


 母さんも父さんも、容姿は整ってるんだけど、歌ほどじゃない。



 歌は何着せても似合う(シスコン発動)



 おっと、俺の番だ。


 一歩出て、少しだけ罪悪感を感じながら、「真人」として祈る。

 こんにちは、ご先祖様。

 俺は、いつも元気です。妹も。

 きっと、ずっと元気です。

 頑張って生きるから、応援してね。


 暖かい風が、俺の頬を撫でた。

 ……生温かい、かも? ぶるっ。


 最後に歌がパン、と手を合わせて、すぐ戻ってくる。

「いこー!」

「よし、じゃあ行こうか」

 我が家は、今日は温泉に行く日である。

 歌が駆けて言って、それを父さんが走って追って、母さんと俺が歩いて続いた。

 うーん、と伸びをする。


 ふぁー、とあくびをする。


 午前の低い日が、寺の屋根を照らしている。



「ねえ」



 俺を呼び留める声がして、振り向いた。


 そこには、俺と同じくらいの年の、少女がいた。


 普通と違うのは、輪郭がうまくとらえられず、蜃気楼のような雰囲気を纏っていること。


 さっきまでいなかったこと。


 そして、歌と同じくらい、底冷えするほど、美しいこと。


「誰だ」


 幼子を装うのも忘れて、俺は一歩下がった。


「あなた、私が見えるの?」


 おばけだあああああああ!?


 腰まで黒いきれいな髪が伸びてて、肌が白くて、目が紫色で、上品でおしゃれな服を着た、おばけだ!? かわいい!?


「わたしの名前は」

「おばけ?」

「ちがう。わたしの名前は」

「おばけ?」

「ちーがーうー! せい! セイ!」

「セイ……ちゃん?」

「そお!」


 年齢そのままと言った感じに胸を張ってセイちゃんは言った。


「えらいんだぞ!」



「ははー」

 わけわかんねえ、と思いながら、お姫様モードの歌にするのと同じように俺は平伏した。





 セイがやたら手慣れた様子で自己紹介を始める。

「わたしの好きなものは、プリン! それで、嫌いなことは、お勉強! それからね――」

 好きな物とか嫌いなコトとか聞いてないんですが。


 ウンウンとうなずきながら、辺りにそっと目をやる。この空間は異常だった。さっきまで隣を歩いていた母さんがいないし、お墓とお寺以外の風景は霧の向こうに隠れてしまっているようで、見渡せない。

 そんな霧が出ているのに、俺たちがいる所には霧は来ない。


 家族は影も形もなく、この現象に巻き込まれたのは俺とセイだけ?

「――で、あなたは?」

「俺はまひと。愛川真人。えーっと好きなものは、本と遊ぶこと、嫌いなものは、あんまりないかな」

 用意しておいたことを言う。

「ふーん」

 セイは俺の目をのぞき込んだ。

「ふしぎなかんじ」

「セイは、ここがどこかしってるの?」

「ううん、知らないよ。ねえ、まひと、何歳?」

「5歳」

「ほんと? 5歳にしては、しっかりしてるねぇ」

 こんなこと言っているが、セイは自己紹介で自分のことを5歳と言っていた。

 つまりセイちゃん、君に上から目線でそう言われるいわれはないのだよ……。


「こういうことにまきこまれたら、みんな泣いちゃうのに」

 それは、たしかに。

「でもセイだって泣いてないじゃん」

「わたしは慣れてる」

 5歳で……? 確かに、5歳にしては異常なほどの知性を感じるが……。

「こういうこと、よくあるの?」

 セイが歩き出したので、俺はそれに着いていきながら尋ねた。


「うん。1つきに一回くらい」


 多くないか??


「なんでー?」

「えらいから」

 んなわけあるかい。


 セイがふと俺の手を握り、足を速める。

「どしたの?」

「しっ」

 真面目な声色だった。

 墓石の裏に隠れる。


 何かいるのか? セイの顔を見る。その意識は墓石の向こう、耳をすませば、今まで聞こえなかった音が聞こえる。


 しゃー、しゃー。


 おお?? これは?


「うぃっく、ひぃっく」


 そろりと墓石から覗く。

 そこには、ぼろきれだけを纏った老婆がいて、包丁を研ぎながら、ウイスキーを飲んでいる……。

「……酔ってる」

「ね」


 セイと墓石の裏で相談を始めた。

「セイ、ここから逃げられるの?」

「どこに?」

「現実に」

「……? げんじつ?」

「お家に帰れるの?」

「たぶん」


 罰当たりな老婆は、包丁を研ぎ終わったらしく、立ち上がった音がした。


「うぃーーー。ヒック」

 酔ってんねぇ……こっちまで酒の匂いが漂ってくる。

 飲み終わったウイスキーの瓶を放り捨てて、老婆はその場で眠り始めた。


「いまのうちにいこ!」

「うん!」


 セイが俺の手を引いて逃げ出す。なんとセイは足音の殺し方を心得ているらしく、ぱたぱた音を立てることもなく、ひとまず寺の方へと進む。


 見える範囲で唯一の建造物。何か鍵があってもおかしくない。

 俺はセイについていきながら、そんなことを思った。


 考えるべきは、第一に、これが原作ゲームのイベントかどうかである。

 これがイベントなら、セイと出会い、山姥っぽいのを見つけるのも恐らくイベント。そして、俺が主人公である以上、出口は必ずある。

 山姥が鬼役だとしたら、寺の中にも入ってきそうな予感。


 セイのような美幼女が初登場しているし、これがイベントじゃないなんて考え難いが、もしかしたらランダム発生のホラー吊り橋効果用イベントなのかも?


 寺の扉は開いていた。靴を脱ごうとするセイを止めて、とりあえず土足で入ろうと言ったが、「でもお寺で失礼なことをしたらだめだよ」と言われて、俺は考えた。靴脱がないとペナルティがある可能性。


 結局靴は脱いで持っていくことにした。


「ねえ、セイって慣れてるんだよね」

「うん」

「いつもはどうやって家に帰るの?」

「出口がある」

 そういうものか。


 寺の中は、生活感があった。この寺のお坊さんが現実で暮らしている状態を反映しているのかな。

 しかし、水道は出ないし、電気もつかない。


 仏の像は、こういう時に霊験がなく、異常事態にもただじっとしているだけである。助けてほしいです。


 床をギシギシさせながら寺を回っても、何も見つからなかった。武器も、手がかりも。

「寺じゃなくて、お墓の外に行く道を探す?」

「いいよ」セイはあっさりと言った。


 外に出ると、墓の配置が換わり、墓の間の道が迷路化していた。

 俺とセイは絶句した。

 まだ外は明るかったが、太陽がどこにあるのかはわからない。

「なるほど……本番ってわけ」

 俺は唇を舐めて湿らした。


 ぜったい山姥に見つかりたくない、という点で激しく一致した俺たちは、索敵に注意しながら迷路を歩いていく。この迷路、中々よくできていて、一応ごり押しで墓の壁を越えてもいいのだが、そうすると周りから丸見えなのである。怖い……。


 見つかったら絶対死ぬ俺たちは、基本的にそういう行動はとれない。俺は一生懸命頭を働かせて、墓を越えないといけない場所がないか探った。セイは、緊張した面持ちで俺の手を握っている。その手の温かさだけが、よりどころだった。


 山姥はどこにもいない。


 おかしい。酒の臭いもしない。


 川で口を洗って酒臭さを取って来たとか?


 墓の出口はどこにも見当たらないし、RPGなら絶対あるであろう迷路中の宝箱ももちろんない。


 寺だけが位置を変えずに突っ立っている。


 足元の砂利がじゃりっと音を立てる度、俺たちは動きを止めて、びくびくしていた。



 寺の方で、音がする。


 寺にいるのか? 山姥が?

「っ!!」

 セイが、小さな段差に躓いて転んだ。

 どさっ。

 一瞬、気配を消して、凍り付いたようにじっとする。

 セイは、ほとんど声を上げなかった。

 ひりつくような緊張の中で、山姥に気付かれた様子がないことを確信した俺は、

「大丈夫?」とようやく声をかけた。セイはひどく固まった様子でぎこちなく立ち上がり、俺はその手と膝が擦り剝けているのを見つけた。セイは涙を必死にこらえていた。

「よく泣かなかったね、えらいえらい」

 今日一度も使っていないハンカチで拭いてやる。ハンカチに血がにじんだ。


「ありがと!」セイが小声でこっそりとささやく。

「ハンカチ、傷に当てとく?」

「うん」

 手を繋げなくなったので、セイがさっきより近づいてくる。

 怖いのだ。この子も。

 慣れているとは言っていたが、毎回こんな思いをして生き残って来たのか? 

 周りの大人は何をやっているのだか。


 多分、先ほどセイが出会った辺りに来た。


 配置が換わったのに何で分かるかというと、さっき墓掃除したばかりの『愛川家ノ墓』があるからである。


 俺は、あまり信仰深い方ではないが、墓を見つけて、少し安心した。ある意味、この墓が現実とこの世界をつなぐ、証拠みたいなものだから。


 この墓が俺のいた墓である限り、まだ遠くまでは来ていないと自分を慰めることができるから。

「ご先祖様、どうかお守りください」

 俺は目を閉じ、跪いて祈った。


 冷たい静寂の中、セイが叫んだ。

「まひと!!」

 とっさに開いた目の前に、いた。


 愛川家の文字の中が、盛り上がるように。山姥が、墓の中から、現れた。

「ッ」

 地を蹴った俺の胸を、山姥の包丁が浅く斬った。

「なぜッ」

 叫んだ俺は――あるいは――最悪の発想が俺の脳みそに出現した。

「愛川家の先祖かッ!?」

 山姥が俺に向けて、包丁を振りかざす。高く、そして高らかに。

 ギラッ!!


「封の符!!」



 セイの手から一枚の紙が放たれた。紙は延び、包丁を持つ手をからめとり、縛り上げ、締め上げ、

「!?」

「まひと!」

 山姥がもがき暴れている間に、一瞬思考が止まっていた俺の手を強く引いて立ち上がらせ、セイが走り出した。

 切られた傷は浅いみたいだが、人生初の出血量にひやひやする。出血大サービスである。痛い。

 セイは俺の傷に俺のハンカチを押し付け、俺はそれを受け取った。



「いだい……ッ、セイ、あのお札、どれくらいもつの!?」

「えっと、――もう一個もない!」


 何個持ってるかじゃなァい! チガァウ! 持続時間!



 グゥゥゥオオオオオ!!!!



 山姥が叫び、紙のくびきを引き裂く音がする。


「すぐ追いつかれる!!」セイが泣きそうな声で叫んだ。

 俺の決断はとても速かった。

 なぜかと言うと、まあ、転生してからずっと考えてたからで……。






 俺はよく本を読む手を止めて、原作の存在を夢想したりした。

 暇すぎたからである。

 例えば、高校で増えるはずの美女ヒロインたち、それらを次々堕とす主人公特権。男子高校生の妄想そのままな世界……。

 少なくとも肉体的欲望で不満に至ることのない世界。


 そんなことを考える度に、俺の背後から声が聞こえる気がするのだ。


 そこは、僕の場所だ。

 そこは、愛川真人の居場所だ。

 偽物の、君じゃない。


 と。


 天変地異的に俺は主人公の体を奪っていて、奪われた彼はもうどこにもいない?

 何も知らない父さんや母さん、そして歌の幸せそうな顔を見る度、俺は重しのような罪悪感に苦しんでいた。

 せめて、彼らの「真人」らしく生きてあげよう。そう考えて、転生してからしばらく、俺は幼児らしい言動をとっていた。


 だが、俺は弱かったのである。



 俺は勝手に取引をすることにした。

 もし「真人」がこの体を取り返しに来たら、絶対に返す。その代わり、退屈をしのぐために本を読ませてくれ……。


 意志薄弱と自身を責める声より、この退屈で無意味な日々で気が狂いそうだった。

 つまり、こういう時に俺が何をすべきなのか、俺はとっくに決めてあるのである。




「セイ! 先行ってろ!」

「え!?」

 真人を殺した俺を殺せば、あいつは止まる。俺に誰かがそう言った。

 セイは多分、巻き込まれただけだ。


「まって、まひと!」

 混乱したセイは、俺の腕をつかむ。

「セイ、大丈夫。君は死なない」俺は優しく言った。


「……え?」


 混乱のさなかにあるセイを相手する暇はもうなかった。


 ダァン!


 怒気を吹きあがらせながら、山姥が、俺の目の前に着地した。

 手に持っている包丁がギラリと輝く。


 セイが俺に身を寄せるが、俺はセイを突き放して、山姥をにらむ。

 傷に当てていたハンカチを、覚悟を決めて放り捨てる。


「この子は関係ない! 俺だけだ! 殺すなら――」


 包丁が、迫る。


「――俺を殺せ!!」


 とっさに真人の手を引っ張って逃げようとしたセイは、山姥の包丁が目の前でまひとを貫くその瞬間、「あッ!!」思わず顔をそむけた。















 目が覚めると、父の腕の中であった。温泉に行く途中で、疲れて眠ってしまったことになっていた。


 溜まっていた分の緊張が一気にほどけて。ドッと汗をかいた。


 この世界。怪奇現象とかあるんだな。ぼんやりと記憶がよみがえる。


 のは、奇跡に近い。


 だんだんわかって来た気がする。


 妖怪とか霊力とかある前提でメタヨミをすれば、あんなことに巻き込まれる確率は減るはずだ。例えば墓場とか、霊がいそうな場所に近づかないとか。


 で、そのメタヨミによれば、イベントあった直後だし、あの墓はしばらくはイベントもなく安全だと思うんだけど。


 絶対に戻りたくない。


 俺は思い出してしまった。


 お墓に、お気に入りのハンカチを忘れてきたことを。





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