3 本が読みたい
幼稚園で年長になると、文字の訓練が始まる。ひらがなだ。俺はもちろん十年前に履修済みなので、さらりと流す。
思わぬ収穫があった。
「すみれ組」の誠一君が、本に興味を持ちだしたのだ。
まだ絵本だけだが、自由時間に、本を広げるようになったのだ。俺はそれを見て、かつての戦友が成長していく姿を見て、少しうれしくなった。
まあ、そんなこんなで年月が過ぎていき。
いつの間にか俺も家族にすっかりなじみ、ホームシックも、だんだん治って来た。
父親のそこそこでかい書斎の本は全部読んでしまったので、耐えきれなくなって「新書」を注文した俺は、絵本がプレゼントされてちょっと悲しかった。
ひとまず受け取って、歌に散々読み聞かせた後、「もっと分厚くて文字が多くて、難しいのがいい」と言ったら、辞書がプレゼントされた。
仕方なく一周した後、「おとうさんの書斎にある本みたいなのが欲しい!」と言ったら、「本屋さんにでも行くか!」と父さんにいわれたので、俺は大きくうなずいた。
父さんの手をしっかり握って、ご機嫌の俺は近くの書店まで来た。
「何冊まで買っていい?」
「えぇ……? まずは一冊じゃない?」
俺は必死に選んだ。久しぶりに楽しみのために本を読もうと思った俺は、結局は「わが猫(略称)」とか「ゲド戦(略称)」とかに候補を絞り、そして俺は死ぬほど迷った。
俺のそばで立ち読みしていた父さんは、やがて「じゃあどっちも買おうか」と言ってくれたので、俺はその先2日分の本を手に入れた。
本の不足というのは割とマジで死活問題で、もういっそ微積の問題集でも買ってもらおうかなって思ったほど。時間が、余るッ!
スポーツでもするか? 筋トレしちゃう? いやぁ、今やっても、身長の成長止まるからなぁ、筋トレ。
主人公補正ってやつか、幼稚園の運動会では俊足でブイブイ言わせている。もうモテる準備は出来てるぜとばかりの俺である。
別に身体能力で不足は感じない。今のところは、まだ。
図書館に、行きたい。
朝から晩まで。だが、両親は暇ではないのであった。
たまには、土日の早朝に長寝する二人を起こしに行こうとする歌を止めてあげている功をねぎらっても……。
だがしかし。あと一年くらいで、小学校に行ける。小学校には、図書室があるのだ。本があるのだよッ!
きっと面白い物語も、社会系の入門編見たいな本もたくさんあるっ! それに、本を読みながら紙にメモを書いて整理しながら読むこともやって不自然ではなくなる! もちろん授業も始まるし、暇も減るけど。
そう言う感じのことを幼児らしい言葉(練習した)で幼稚園の先生に愚痴っていると、もう俺が本を「読めている」ことは察しがついているのであろう先生方はそっと小説を貸してくれるようになった。結果的には大成功である。そのときは本気の「ありがとう!」である。
千佳ちゃんや妹とは幼稚園ではすっかり疎遠になった。俺が陰の空気を纏い始めたからかもしれない。
アウトドアに遊びはっちゃけたい年頃の二人と、行動からしてインドア派の代表ですみたいな俺のノリは合い慣れないのか。
今日も俺の周りは平和平穏。安穏とした日々を送っている。
むしろ俺と仲が良くなったのは誠一君であった。本に出合ってすっかりおとなしくなった彼は、俺のおもちゃと化していた。
そう、おもちゃである、ある日、俺がふと計算を教えてあげてみたら、喰いついたので、彼の呑み込みの早さに調子に乗った俺が相乗りしてガンガン算数を叩き込んでいったのである。
戦友は、今では生徒である。今は比例を教えている。ちなみに、俺に計算を教えた英才教育の犯人の第一候補である両親は、その容疑を否定し、俺の知識の出どころはますます謎に包まれています。
多分しばらくは神童扱いされるんやろなぁ、と思いつつ。俺はもう自分を偽るのを止めていったのである。将来のことを考えるより、目の前の目を輝かせた若者(6歳くらい)に己の全てを叩き込む方がずっと楽しいし、俺自身、生きている実感があった。
ああ、早く。本がたくさんあるところへ行きたい……。俺はため息をついた。
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