2 元17歳の幼児生活!!



 季節が一つ過ぎた。


 幼稚園には精神年齢が高校生の俺の知的好奇心を満たすようなモノはなく、仕方なしに俺は鬼ごっこに励んでいた。

 幼児の足はとにかく遅いし、疲れる。が、身体能力を伸ばすことのほかに出来ることはなかった。


 家では、本で遊ぶ子供のふりをして普通に本を読めるが――こんな、本によだれを垂らしそうな幼児に快く本を与えてくれた父には感謝である――お外ではさすがに自重してしまう。家でも歌が「なによんでるのー?」と邪魔してくるのだ。幼稚園で読み始めたら、千佳ちゃんたちも来てしまうだろう。


 お邪魔虫の少ない家でも、結構大変で、「なにしてるのー? ねーねーあそぼーよー!」と言い続ける可愛い歌を無視すると、今度は泣き出してしまうのである。


 一度泣かれてからは、じゃれつきながら(なぜか、お人形遊びでも、ごっこあそびでも、おままごとでもない)本を読むようにした。なので我が家ではいつも二人の幼児が本のそばでごろごろしている。

「こちょこちょ~」

「やったなー! それっ、仕返し~」

「うきゃー!」

 じゃれつくのも実に疲れる作業である。そして、本に歌のよだれやら汚れた手やらがつかないように(汚したら貸してもらえなくなるかも)するのにも一苦労。


 結局、俺が満足に本を読めるのは歌が遊び疲れて眠ってしまった時なのであった。

 ちなみに布団は歌と共有である。なんで? そんな仲いいの? うち。


 既に9時を回っている。俺が夜泣きしないので、歌も夜泣きしないようになった

(なんで?)から、夜はゆったりとした時間を持てているらしい父さんと母さん。


 歌に抱き着かれながら、俺は手を頭のうしろに組んで、つぶやいた。

「父さんと母さん、か」

 俺の父さんと母さんは、やっぱり一番最初に俺を育て上げてくれた父さんと母さんだけだ。

 結局のところ、俺は外様なのだ。この体、愛川真人として過ごして、自分の異物感を良く感じる。この世界の父も母も俺がまだ子供だからこそ、この変化をまだそこまで怪しんでいないから、ばれてないっぽいけど。


「あの子ったら、いつも楽しそうに本を眺めて。まだ読めないでしょうに」

「挿絵を見てるんじゃない?」

「いいえ、文字を見てるのよ! 本当に読めないのかわかんなくなるくらい集中して」「きっと文字の形を見て楽しんでるのさ」

「そうかしらねぇ」

「だって、誰にもまだ、字を教わってないだろう?」


 隣の部屋でしゃべってる父さんと母さんには悪いけど。二人は地球の両親ほどには俺を知らないし。俺は、彼らの「真人」に成り代わった張本人。他人の子に成り済まされただなんて知ったら。あの二人はどれほど悲しむだろうか。


 ホームシックになっている。

 帰る方法なんてあるのかな。

 いや、帰らない方が幸せかな?


 そりゃあ、歌だってかわいいし。髪の毛サラサラだけど。地球にだって友達はいたし、それに、まだ俺は人生を生き切っていなかった。

 俺は、地球って言う世界で、覚悟を決めて、俺なりに生き通して見せるつもりだったし、そうするのが俺の、ある意味生きる理由だった。


 勝負がつく前に、この世界に連れてこられて。

 俺は、17年のアドバンテージがある。


 これって、なんだか、不平等だし、せこくないか?

 この世界で俺が、仮に、"立派に生き通した"としても、俺は俺を「よくやった」ってほめてやれるのか?


 俺はここで、何をすればいいんだろうか?


 なあ、おい。俺が17だった時はさ、忙しくて仕方なかったけどよ、退屈の方がよっぽどつらいぜ……。

 対等な友達もいない……本当に俺と「対等」であれる友達なんて、こっちではできないのかもしれない。それって、なんてつらいことだろう。


 地球に残してきた友達。

 みんな、心配してるかなぁ……。俺がいなくて困ってないだろうか。


 そんなこと考えているから、泣き虫の俺はセンチメンタルに涙を垂らす。

 寝室の扉が開かれた。俺は狸寝入りした。

 母さんだろうか。俺の涙をぬぐう。悪い夢でも見ているのかしら、と布団に入ってきて、そっと寄り添う。

 ごめんなさい。最近よく感じる心の痛みに耐えきれなくなりそうになる。

 自分が、真人の両親をだましているようで。

 俺のことなんて、放っておいてほしい、そんな無責任なことも考えてしまいそうになる。

 だって、俺はあなたの子ではない。


「ふふふ。つむじの感じが、お父さんそっくり」


 俺はもう、17だ。


「うー、おかーさん?」

 ほら、歌が目覚めちゃった。歌は起きるなり、俺のおなかにと手をついて立ち上がる。おなかを押されて起きない子供はいないので俺も眠そうな感じで目を開いた。

「こーら。二人とも。寝たふりしてたのね?」

 こいつも? 歌を見ると、目が合った。


「おにーちゃん、泣いてる」

「泣いてない」

「泣いてるわねー」

 ほっぺをツンツンされる。

「どうした~、けんかでもしたか~?」

「んもう、この子たちがケンカしたことなんか一回もないでしょう」

「そーだそーだ!」歌は夜も元気だな。

「わっはっは。そうだね。今日は久々にみんなで一つの布団に入って寝るかい?」

「え、あつい」

「真人嫌がってるわよ」

「わたしいっしょにねる―! ねー、おにーちゃんも!」

「だって。一緒に寝ようよ、真人」

「わぁったわぁった。いっしょにねよー」

 父さん、歌、俺、母さんの並びで床に就いた。暑い夜を過ごすことになりそうだ。


 でも、歌はあったかくて幸せそう。母さんは安心した寝息を立て始めた。父さんはぐーすか寝ている。


 幸せな一家の姿が俺の五感に映し出される。


 俺は、真人に代わって、この幸せを守ってやらなきゃいけないのだ。








 俺は安パイ。



 そんな感じの。なんていうか、俺は問題を起こさない、わんぱく幼稚園児の良心みたいな感じに思われているのか。何しても咎められない俺は、とうとう幼稚園に本を持ち込み始めた。

 初めはみんな「こんなの読んでるの!?」とびっくり仰天していたが、「よめなーーい!」と茶目っ気たっぷりに言い放つと、ただの文字好きの変態になれた。


 日々の修行(遊びではない)によって己を追い込み、身体能力も上がっている。本に汚い手で触ろうとする不届き者はそっと押しのけるか伸ばしてきた手をはたくくらいはするのだが、すると意固地になって攻撃してくる男子がいるのである。

 ちかちゃんも一回それをしてきたのだが、俺はその時自分でも信じられないくらい怖い目をしたらしく、もう二度とそんなことはなかった。


 だが、目力にひるまぬ勇敢な男子もいる。俺の幼稚園は「すみれ組」「さくら組」「ひのき組」があって、俺は「ひのき組」なのだが、齢4か5ですでに勢力図という物ができているらしいのだ。


 俺を特別に敵視してくる「すみれ組」のガキ大将、本庄誠一君である。


 彼は、スゴイ。


 何度睨まれても、何度「やめて」と言っても、「いい子」な俺が「やめて」というのを聞いてやってくる先生に止められても。彼はひるまない。


 凄まじい執念というか、根性だ。俺が「参った」というまで、絶対にあきらめない、そんな闘志を持っている。


 俺は、誠一君を尊敬していた。


 大人がなくした、がむしゃらさと、ひたむきさを、彼は持っているのだ。




 ――だから俺は、ライバルになるのだ。



「決闘だ!」

「来い、誠一君」


 毎日最初の一戦だけは、俺は情けも容赦もなく、高校の学校で習った柔道の技を使う(すごく大人げない)

 どてっ、と誠一君が尻餅をつき、痛みに涙の粒が一つ、あふれ出る。


「泣いてんのか」

「ッ! 泣いてねええええ!」

「そうだッ! その意気だ! 何度でもかかってこいッ!」


 うおおおおおお! 突進してくる誠一君を受け止め、平手で背中をバンバン叩く。


「来いッ。お前の全てを受け止めてやるからッ!」


 先生の見える所で、「すみれ組」と「ひのき組」の大将がぶつかる。戦いの余りのアツさと、俺たち二人の楽しそうな姿に、先生も最近はしばらく放っておいてくれるようになった。誠一君が武器を使わないように、俺が「武器を使うなんて弱い奴のやることだ」と挑発しているので、まったくもって安全。本当に命かけて戦うなら、弱いなら弱いと認めて、武器使えばいいとは思うけど。


 戦いのステージも、俺が安全なところを見繕っている。

 本を汚されることもない。

 ちょっと歌と千佳のコンビと遊ぶ時間が削られるけど、まあ、幼稚園での友情なんてそんなもん。一期一会。日々移り変わる関係で、時間感覚が大人と違う子供は、本当の意味で一日千秋。遊んでいた日々はすぐに過去のものとなり、ヒロインっぽいのから俺は距離を置く。


 まあ、そんな理論通り行くはずもなく、俺と誠一君の決闘はしばしば歌に邪魔される。歌は誠一君に強いので、歌が出てくると誠一君は戦う漢ではなく顔を赤くして恋する男に早変わり。「おにーちゃんをたたくのは嫌い!」と言われながら、俺に決闘を挑むのは、誠一君の謎である。


 俺があんまり遊んでやらない分、歌は千佳との絆を深めたらしい。晩御飯の時に、ずっと「千佳ちゃんはね、あのね」と話し続けている。父母俺は可愛いなあとほほを緩めて聞いている。


 そんな日々が1週間くらい続いた。


 正直空しい日々だが、それでも、誠一がいないよりは、ずっとましだ。それくらい退屈だし、ずっと本ばかり読むのは、俺には苦痛だった。




 ある日、誠一君が「決闘だ!」と乗り込んでこない。俺は、それが気になっていまいち読書に集中できなかった。


 その日、誠一君と出会っても、向こうは目をそらすばかりで勝負には来ない。

 どうしたというのか。風邪でも引いたのか。俺は遊んでいる歌と千佳ちゃんに。男子にいつも通り「オンナと遊ぶのか~?」とからかわれながらコンタクトをとり、誠一君の領土である「すみれ組」でも誠一君の燃える闘魂が沈静化していることが噂になっているという情報を手に入れた。



 次の日も、そのあくる日も。誠一君は俺の下に来ない。彼の戦いは終わりを迎えてしまったのか?

 彼の、俺という魔王を倒すための、「セイイチクエスト」は世界の半分を手に入れるだけで終わってしまったのか。彼の闘志をよみがえらせる「ふっかつのじゅもん」はないのか。


 俺は幼稚園で、本を一度閉じて考え込んだ。


 俺は、どうすればいいのか。戦いを止めた理由だけでも知りたい。それを知らねばやりきれない。

 闘いの日々は、ある意味俺と誠一君の我慢比べだった。俺が負けるが先か、誠一君が諦めるが先か。もし、俺が勝ったのなら、ちゃんと勝ったのだという、理由が欲しい。勝因なき勝利は味気がない。


 また考えた。どうすればいいのか。聞けばよいのか? 誠一君に? 「なんで戦いに来てくれないの?」って?

 まるでメンヘラ彼女だ。恥ずかしくてできない。

 17歳が、5歳にメンヘラムーブ? 末代までの恥である。断じて許容できない。


 聞き方を変えればいいのか? それとも、このまま何事もなかったかのようにフェードアウト? そんなの、あまりにむなしすぎる。それでは、あのアツイ戦い(当社比)が、本当に無意味なものになってしまうじゃないか。俺たちの戦いの日々が……。


 ここで聞かなければ、誠一君とはこれっきりな気がする。


 俺の中で、誠一君はもう「友達」だった。

 もしかしたら、何かあったのかも。ここ動かないやつは、戦友じゃない。


「なあ、最近オマエ、元気ないじゃん、どしたの?」


 俺は結局のところ、そう聞くしかなかったのかもしれない。

 俺の行動を誘導しきって見せた5歳児は、こう答えたのだ。


「母ちゃんが、服汚れるからやめろって」


 魔王は、おやに敗れた。

 俺たちの「ライバルごっこ」も、終わった。


 また、退屈な日々に戻る。





 後から考えると、誠一とポカポカ喧嘩してた理由が分からない。

 退屈で頭がおかしくなったのか?

 あるいは、対等にハナシができる人間がいないから、孤独に耐えられなくなったのかも?


 だが、この日に大人げなく、みっともなく、誠一と喧嘩しあったことを、俺が後悔することはないだろう。



________________


真人、虚無ってる……。

虚無りすぎて意味不明なことしてる……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る