第4話 チョコバナナ

 ふと、夕飯の支度をしながら付けていたテレビからとあるドラマが流れた。

 戦時中の話を語る田中さんという人を主題にしたドラマ。たぶん、知っている人もいると思う。なんか有名そうな作品だしw


 ラストシーンしか見ませんでしたけど、岸部一徳さんの淡々とした語りがどこまでも胸を締め付けるような、そこだけ見ても泣けるような作品でした。

 そこで、好きな食べ物はなんですか? と云う問いに「チョコバナナ」と答えて、物語は幕を閉じるんですけど……。


 チョコバナナ………


 不意に、私の記憶の扉が開いてしまいました。


 私は、一度もチョコバナナを食べたことはありません。

 子どもの時分ならともかく、今でならそれくらい訳も無く買えるのでしょうが、いつでもどこでも売っているようなものでもありませんし、お祭りの最中にわざわざチョコバナナを買いに人混みの中に入っていく根性は私にはありません。

 意識して避けていたわけではないのですが、ついぞ今まで縁が無いという事が続いて、結局一度も食べたことが無いという、なんだか不思議なめぐり合わせ。


 私が、この食べ物を初めて目にしたのは保育園の頃でした。

 当時の記憶はおぼろげですが、その日の記憶は何故か鮮明で、今思うとあの状況の不可思議な感じがいっそう深まります。


 その日は、何故か私の所属する年長クラスは誰もおらず、私一人だけ園に残っていたと思います。他にいるのは、ひとつ下の年少クラスだけ。

 どうも、その日は子どもたちがお菓子を作って食べるちょっとしたイベントの日だったように思えます。部屋の中には割烹着を着た子どもたちが、テーブルの前で色んなお菓子を先生とともに作っているのを、私は遠巻きに見ていた記憶があります。


 おそらく、年少クラスだけのイベントだったのでしょう。

 そこに居ながらも、誰もが私のことを存在しないかのように振る舞っていたのが印象的でした。私自身も、眼の前で行われているイベントは見るだけで近づいてはいけないものであることを自覚していたように思います。

 色とりどりのお菓子の中で、ひときわ目を引いたのが、チョコバナナでした。

 串に刺さったバナナを、溶けたチョコレートの中に浸してすくい上げると、真っ黒になったバナナが現れ、それを発泡スチロールみたいなものに突き刺して、上からカラフルなチョコスプレーをまぶされた姿が、なんとも魅惑的で美しくて……。自分が決して手を付けてはいけないものであることも相まって、強烈な印象として私の記憶に残っています。


 夢のように朧気ながらはっきりと記憶に残っている訳は、その後の片付けが終わりかけた時に私は人に紛れて部屋に入り、こぼれていたチョコスプレーを数粒、指に掬って舐めたのを覚えているからです。当然ながら、その程度では味はしませんでした。


 あの時何故、私だけ参加させてもらえなかったのか、なぜ年長組は私だけが園にいたのか。未だもってわからないのですが、私の中にたしかに残っている、記憶です。

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