朱と白と筒井筒

柳あまね

第1話

 


 ぶちり、ぽい、ぶちり、ぽい。川辺の土手に腰掛けたユキは、しかめっ面のまま雑草を引きぬいては投げ、引きぬいては投げを繰り返していた。

 隣でその様子を眺めていた赤髪の少年は、どうしたものかとしばらく気を揉んでいたが、このままでは埒が明かないとばかりに口を開いた。

 

「どうしたのユキ、今日は機嫌悪いの」

「べつに……」

「べつにってことは無いだろ。さっきだって酒場の息子の馬鹿な軽口にビンタはったりしてさ。いつもは何言われても受け流してたじゃないか」 

「……」

「ユキ?」

「……」


 とうとう俯いて黙り込んでしまったユキの顔を、赤髪の少年――カイは下から覗き込んだ。


「ユキ、泣いてるの?」

「……泣いてない」

「うそだぁ」


 じわりと涙で滲んだユキの目元を、カイはそっと拭った。


「また村長の娘に嫌なことされた?それとも村の大人?」


 ユキは黙ったまま、小さく首を振った。

 それを見て眉毛を八の字に下げたカイは、悲しそうに続けた。

 

「…………孤児の俺なんかと一緒にいるせいで、いつもユキまで辛い思いをするんだ……ごめん」

「ち、ちがう!ちがうの」


 項垂れてしまったカイを見て、慌てたようにユキは首をぶんぶんと振った。


「今朝ね、父さんに聞いたの。カイが10歳になったら西の村の養育院に転院するって。あそこはうちよりも魔法の授業に力を入れてるとこだから、カイのためにもその方がいいって」


 言いながら、ユキはぎゅう、と着物の裾を握りしめた。


「10歳って、あと二月ふたつきもないわ。あたし……あたしとカイはさ、いままでずっと一緒だったじゃない。赤んぼだったカイがうちの養育院に預けられて、そのあと養育院長の父さんと母さんのあいだにあたしが産まれて、それからはほんとに朝から晩まで、ずーーっと。だからさ、いつかカイがいなくなる、なんて思ってもみなかったの。それで、えっと」


 喋っている内にユキの声はどんどんか細くなって、しまいにはまた言葉に詰まってまた黙りこんでしまった。

 静かにユキの話を聞いていたカイは、ホッとしたように呟いた。

 

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって……!」


 パッと顔を上げたユキに、カイは微笑んで見せた。


「大丈夫、西の養育院には行かないよ。」

「え……」

「こないだあっちの養育院の人が、うちの村にどれだけ寄進しても構わないからどうしても僕を入れたいって急に言い出したみたいで、うちの村の村長がね、院長……ユキの父さんに圧力をかけたみたい。でも、僕は行かない」

「どうして?カイの得意な魔法の勉強がもっとできるのに。お金を払ってまでってことは、それだけカイを必要としてるんじゃないの?そんな人達の村に行ったら、きっとその、髪や目の色のことで嫌な目にあうことも無くなるんじゃない……?」

「どうしてって……」


 心外とばかりに、カイは首を傾げた。


「僕はユキと離れたくないんだ。誰かさんが一日中拗ねてた理由と一緒だね」 

「す、拗ねてないもん」


 ぷいっと顔を逸らしてしまったユキの耳が真っ赤に染まっているのを確認すると、カイは膝を進め、ユキの手をそっと両手で握った。

  

「安心して、ユキ。僕たちはずっと一緒だよ」

「だけど、それじゃカイのためにならないわ」


 目を合わせないままのユキをじっと見つめ、しばらく考え込む様子を見せたカイは、何かを思い付いたように口を開いた。

 

「……そうだ、ねぇ、僕らが大人になったらさ、結婚しようよ」

「結婚?」 

「そう。頑張って働いてお金を貯めて、大きな家を建てたら一緒に住むんだよ。大人はね、結婚の約束に青い髪飾りを贈るんだって。ユキはどんな髪飾りがいい?」

 

 言いながら、カイは手を離してユキの髪を指でそっとすいた。頬をぽっと赤くしたユキは、今日はじめてカイの顔をまっすぐ見つめた。カイの深紅の両瞳が、真摯にユキを見つめ返していた。

 

「あたし、カイがくれるんだったらどんな髪飾りだってうれしい。ね、ね、楽しみにしてるから。ぜったい、ぜったいちょうだいね。約束ね」

「うん、約束する。ほら、指切りしよう」

「ゆびきり、げんまん…………」

 

――――――

 

 真夜中と早朝の境目の時間、不意に目を覚ましたユキは、ゆっくり身を起こし、布団の上で両膝を抱えた。

 

 ――懐かしい夢を見た。

 

 自分がまだ小さかった頃、父の経営する養育院で、孤児として暮らしていた2つ上の男の子。名前は"カイ"といった。炎のような赤髪と、きれいな赤い瞳が印象的だった。その珍しい容姿が原因で、保守的な村人達からは度々嫌がらせや差別的な扱いを受けていた。

 結婚の意味も深く知らなかった癖に、とんでもない約束をしたものね、と、幼き日の指切りを思い出し苦笑したユキの頬に、熱いものが伝った。

 

 あの約束から1週間もしないうちに、カイは事故で死んでしまった。大雨で増水した川に落っこちて流されてしまったのだという。

 夕方ふらっと出かけたっきり、朝になっても帰ってこなかったカイを探しに方々を走り回ったユキの父親は、剥き出しの土手で誰かが滑りおちた跡と、泥だらけの小さな草履をかたっぽだけ見つけ蒼白な顔で帰ってきた。鼻緒の片側が赤と黒、そして金の布地で三つ編みになっているそれは、ユキが小遣いをはたいて布を買い、せっせと編み込んでカイに贈ったものだった……


 外はまだ暗く、朝の支度までもう一眠りはできそうだが、こんな気分ではとても眠れる気がしない。深いため息を吐いたユキは、枕元にあった布地を手に取り、寝る前に行っていた針仕事を再開した。

 養育院で暮らす孤児の女の子に、都で流行っている"ワンピース"とかいうひらひらした服が欲しいとお願いされていたのだ。

 酒場の息子を軽く脅して手に入れた型紙と裁縫指南書を確認しながら無心で作業を続けると、胸の中を重く占めていた喪失感はどんどん小さくなるようだった。

 

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