第63話


 ナナシがいなくなり、入山が解禁され祖父ちゃん達はこのところ毎日山に入っている。


入山禁止の間で変動したであろう妖物達の動向把握を兼ねているらしく、暫くは皆で手分けしてあちこちを回るそうだ。


祖父ちゃんは装備を新調したので、そのお試しも兼ねているのでちょっと嬉しそうだ。


 御門は約束を違えることなく、祖父ちゃんに防具の問屋を紹介してくれたようで、新しい防具を購入して喜んでいる。見た目はあまり変わらないが、素材が違うそうでかなり頑強らしい。


実はその際に、問屋に個人的に効能付きのプリンの代理購入をお願いされた。商売ではなく、家人が必要になったとかで、正式な注文で入手するには時間が掛かるが、それでは間に合わないかという事だったらしい。


そうなんだよ、他の地域だと担当している販売所に在庫がないと向こうの場所だと地域ネットワーク経由して注文を入れるとかで、どうしても一週間から十日はかかる。緊急だとしても最低でも三、四日は必要になる。だから向こうさんは一縷の望みを掛けてという感じだったらしい。


 『コリ』経由という形で速攻で送った。実際には電話で連絡して梛君に手続きをして了承をもらい、直接祖父ちゃんの方からすぐに送った。向こうさんも製造元に直接頼んだ事になったとは思うまい。製造元については内緒だけど。


 まあ、そのお陰でかなり良い品物をお手頃価格で売って貰ったらしい。


それだけではなく、『コリ』とその問屋さんにも繋がりが出来て、その後商品のやり取りが便利になったというのは、後日談だ。


 俺は相変わらず、畑の世話とお菓子作りだ。効能付きのお菓子はコンスタントに売れている。他の地域や地域ネットワークからも、注文が入っているという話だ。


品物が売れるのは喜ばしいことなんだろうが、どうにも彼方此方で妖物が活発化しているようで、その辺がちょっと嫌だ。


 今日は研究会の日で、お茶の時間にナナシの事が話題になった。皆、うちの祖母ちゃんがナナシにあたって死んだ件は知っていたが、ナナシの首が無い件はあまり知られていないようだ。


「今回は、全く動かなかったらしくて。誰も被害がなくて良かったわ。前回、鈴花さんが亡くなったことで、母もがっかりしてしまっていたでしょう。ナナシが出たことで少し不安そうだったから」


 更紗さんがふっと漏らした。祖母ちゃんと仲の良かった物見の巫女は、一時期体調を崩していたが、きっかけは祖母の死だったと聞いた。


 今は、一時期に比べるとはるかに体調が良くなったが、それでもあまり外に出ることは無いという。


元々活発な人でもないので、周りはそれほど心配していないそうだ。カステラプリンなどはいまも届けている。


俺は何も祖父からは聞いていないから、祖母ちゃんの事を含めてナナシの事で知っていることを教えくれないかとお願いしてみた。


「ナナシみたいに全国どこにでも出現するものって、あまり聞かないわ。あれは、一つだけだと聞いたけど」


「そうね。重なって別々の地域にでるとか無いみたい。だいたい洞窟の土地々々で出現するものには傾向があるものね」


 ナナシという存在が、何なのかはよく判っていないそうだ。病をばらまくものは他にもいるそうだけど、そういうのとも違う性質のものらしい。


御門が祟り神って言ってたのも、あきらかに他の存在よりも異質である事からそう呼ばれているという事だろう。


「そういえば、母は鈴花さんについて、覚悟してたんじゃないかみたいな事を言ってたわ。どういう意味かはわからないけど」

そう、ポソリと口にした。


「ナナシに遭遇するって運が悪かったとしか言えないわよね。だって、避けるのは難しいと聞いたわ。だから、会ってしまったら仕方ないって覚悟を決めたんじゃないのかしら」


百合子さんは、そんな風に言ったのは、俺へのフォローだったのかもしれない。ナナシで弟を亡くしている祖母ちゃんだから、そんな風に気にしていたのではと。


だが、祖父ちゃんの言い方だと、祖母ちゃんが立ち向ったみたいな印象を受けたのだが。


「そうね。今回は一つ所を動かなかったけど、前回は西の神社付近を中心にあちらこちらに出没を繰り返していたわよね。前回はそれで何人か他にも亡くなっていたし」


 ナナシは一旦出現すると、一週間ほどその地域内で様々な場所に現れるのだそうだ。ただ、人の家中などに出現することはなく道端や田畑、山などに。


ふいに現れるため、予期せず遭遇するのでその間は子供は学校を休ませ、大人も出掛ける事は控えるとか。それでも、外に出なければならない事もある。


ナナシが最初に出現した場所からそれほど離れた場所に出ることはない。その周辺を避ければ遭遇率は低くなることが判っていたので、そのあたりを避けてでかけたそうだ。そうは言っても、会わない保証はない。


 西の神社というのは、村の西側にある神社だ。この村には実は五つ社がある。村の東西南北と中心付近にだ。東西南北の神社は各地区の氏神様で、中心にあるのは村全体のものだと祖父ちゃんに聞いた。


「そうなんですか」

祖母ちゃんの事しか認識していなかったけど、他にも犠牲者がいたのか。


それでも皆さんの話を聞きながら、俺は考えていた。家に一番近いのは、南の神社だ。祖母ちゃんは西の神社近くまで出掛けたというならば、やはり自分から出向いたのだろうか。


「でも、鈴花さんが見つかったのって南の神社付近だったわよね。そう考えるとナナシも随分と広い範囲に出没するものなのね」


美貴代さんが思い出したように口にする。するとタイマーが鳴った。


「ま、でも今回は何もなかった。よかったんじゃないかしら。休憩時間はお終いね。次の作業に取りかかりましょう」

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