第64話 墓参り


 祖母ちゃんの墓を綺麗に掃除する。花を替えて墓前で手を合わせる。月命日には、祖父ちゃんと墓参りをしている。今日は月命日ではないが俺一人でやってきていた。


「なあ、祖母ちゃん。祖母ちゃんはナナシの何を知っていたんだ」

 当たり前だが、呼びかけても墓石は何も答えてはくれない。祖父ちゃんに聞いてみると、ナナシの首は祖母ちゃんがどこかに封じたという事だが、どこに封じたのかは誰も知らないそうだ。


 祖母ちゃんは、どんな人だったのだろう。俺にとっては、元気で悪い事をするとめいいっぱい怒られて。逃げてもすげえ勢いで追っかけてきて。料理が上手で……。


 うん、祖母ちゃんの事って、やっぱりわからないや。そんな事を思いつつ、祖母ちゃんの墓に手を合わせる。さてと、顔を上げた。


「あら、お久しぶりね」

 声をかけられて振り返ると、山野辺のおばあさん、物見の巫女が立っていた。お墓参りなのだろう、手には花束がある。


「こんにちは。ご無沙汰しています」

「こんにちは。いつもお菓子、ありがとうね。美味しくいただいているわ」

あの時に比べれば顔色もよく、元気になったようだ。

山野辺のおばあさんは、祖母ちゃんの墓を花を供えると手を合わせる。


「ありがとうございます」

なんとなく、先に帰ってしまう気にもなれず残っていたが、顔を上げたおばあさんに何と言っていいのかわからなかったので、お礼を言った。ふふっと上品に笑われた。


「お墓のお掃除をしてくれたのね。鈴花さんもきっと喜んでるわ」

お墓を眺めながら、ポツリと誰にこかせることなく呟いた。


「あの、良ければ今度、祖母についてお話を伺いたいんですが」

思い切って聞いてみた。彼女は祖母ちゃんと仲が良かったと聞く。俺の知らない姿を知っているはずだ。


「良いわよ。鈴花さんの話をする事なんて、殆ど無くなっちゃたものね。迅君さえ良ければ、今からでもいいわ」

 俺は、なんとなくおばあさんを箱庭に招き入れた。


 祖母ちゃんの子供の頃の話や、好きだった物の話など色々な話を教えてくれた。そんな中で、祖母ちゃんの実家の話になった。


「鈴花さんの家は古くからこの村にいるのだけれども、この村には親戚はいないのよ」


 祖母ちゃんは、この村でもちょっと変わった家の出だそうだ。何が変わっているかというと、子供が二人以上できれば一人を残し成人したら出て行くという取り決めがあったのだそうだ。だから今は、この村で祖母ちゃんの血統は俺しかいないという。


「何故なのかは、詳しくは教えてくれなかったけれどね」

 おばあさんは優しげに訥々と語る。

「ただね、役割があるんだと言ってたわねぇ。娘さんもお孫さんもまったく力が無いと知って、すこしホッとしていたのよ。その役割を負わせることがないから、って」


 役割か。御門が言った勇者の役割が心のどこかに引っ掛かっているからだろうか、心の中がザラリとする。このざらついた感覚をつい最近、感じたことを思い出す。あのナナシを見た時もだ。なんでだろうな。


 居間で出したお茶を一口飲み、お茶請けに出した芋羊羹を黒文字で切って口に運ぶ。


「迅君の作るお菓子は、鈴花さんのと同じ味がするわ」

ほころぶような笑顔というのは、年齢に関係ないのだと思う。


「更紗さんに聞いたわ。迅君、ナナシの事を気にしているって」

 そう言われて頷く。


「はい。祖父の話だと祖母の事は、ナナシに偶然会ったからじゃないと思えたので」

「そうね。私もそう思うわ。ナナシに会う前に、鈴花さんと少し話をしたの」


 ふうっと息を一つはいたのは、言葉を紡ぐためだったのだろうか。

「ナナシを止めなければいけないって、言ってたわ」


「それは、どういう意味なんですか」

おばあさんは首を横に振った。彼女にも意味は分からなかったのだそうだ。ただ、ポツリとそう言っただけだったのだと。


「幾太郎さんは、いつあなたに鈴花さんの話をしようかとずっと迷っていたの」


 この村で生活し始めた頃は、頃合いを見て俺を実家へ帰す気だったらしい。母さんの気遣いは嬉しいが、ここで俺が生活し続けるのは難しいと思っていたからだ。


一年ぐらい一緒にいて、気が済んだ頃に誘導するつもりだったのだと言われたことがある。


 だが、祖母ちゃんのレシピを再現したことで俺がこの村で生活できる目処ができた。表面には出していなかったが、それは嬉しいことだったようだ。


だから、俺がこの村の事についてきちんと理解したら、折を見て祖母ちゃんの本当の死因について話をしようとは思っていたというのだ。


「そんなに、話しづらかったのかな」

「そうね。だって、あなたのお母さんには聞かせたくなかった話ですもの。色々と言いにくかったのよ」


 言われて、そうだろうなとは思う。それに祖父ちゃんにとって今でもまだ、祖母ちゃんのそういった話は口にしたくないのだと思う。祖父ちゃんと一緒に墓参りに来る時など、淋しそうな表情をしている。


「私も色々と考えてしまうの。あの時、もう少し私にも出来ることはなかったのだろうかと」


 どこか遠くを見ているような表情だった。こちらを見ていながら、違うものを見つめているような。


「だから、先日までナナシがいたでしょう。場所は判っていたから、私、の」


 少し息を呑んだ。ナナシの首については知らない人が多い。一カ所に留まっているとは言え、疫病をもたらすモノを見に行ったとは。


「あなたは知ってたのかしら。ナナシに首がなかったわ」

尋ねられて言葉に詰まった。

「やはり、迅君も見に行ったのね。あれは鈴花さんの仕業なのでしょう」


すうっと表情が変わった。物見の巫女は真っ直ぐに俺を見て告げる。

「ねえ、迅君。の言っていた役割は、貴方も受け継いでいるのかしら。あなたについては、封印が未だに強すぎてわからないわ」


一旦言葉を切って、それから続ける。

「ナナシはね、決まった血族のみが討てるものだとでたわ。あれは世にある穢れを体内に溜め込んで禍として振りまくモノであると。その穢れを祓い、ナナシを討ち果たせる者は決まった血族の血を引く者だけだと」


 それから、不意に目を逸らして遠くを見るようにして付け加える。

「でも、ナナシは古い存在ではない。あれの穢に埋もれた本質は何なのかしら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る