第62話
ノートの冒頭に書かれていたことは、ナナシの記録だった。
どこでいつ出現したのか、被害はどのようなものだったのか、あちらことらで記載されていた資料をまとめたようで、出来事の最後には引用したもとの文献も記されていた。
そこから、最も古い出現記録が136年前だということが判った。ナナシの姿形、疫病をばらまく存在として認識されたのがその時のようだ。それ以前には、同様な妖物などは現れていなかったらしい。
御門が言っていたように、日本全国どこにでも出現しているようだ。常にいるわけでもなく、10年以上も出現記録がない時期もあった。祖母は、そうした記録を元に年表もまとめていた。
それから、ナナシが現れる前後に起きたことをまとめていた。何かナナシの出現に関わった事柄があったのでは、そう考えたのだろうか。
特にナナシが最初に出現したと考えられる時期については、色々と調べていたようだ。
その頃の出来事の一つに、かつての勇者達が今の地域ネットワークの原型を作り出したというものがあった。そのため、年表にもその事が記載されていた。
「ふ~ん」
それ以外にも幾つかの事件や出来事が記載されていたが、なんとなく自分が今代の勇者に関わっているせいか印象に残った。
祖母の記録はそれだけでなく、魔の物の主についても幾つか記載があった。主とは、どうも魔の物のまとめ役というか、元締めのようなものがいたらしい。いたらしいというのは、現在はそのような存在がいないからだ。
それから、主については、魔の物もあまり多くを人に語ってくれないからというのもある。本当にいたのかも怪しいと言う人もいると書いてある。だが、祖母はそれの存在を重要視していたようだ。
薬については、様々な文献などをまとめ上げたり検証したりしている。ぬっぺふほふがどこから薬の原材料になったのかについては、よく判らなかった。
どうもぬっぺふほふは代替品の用で、様々な薬草を用いることで代替えになると書かれている。実際に病に罹った者で検証したのだろうか。よく判らん。
だが、祖母ちゃんのレシピを考えると、そういうものだと思わなくもない。何か他人には判らない根拠があるんだろう。
そこまで読んだが、その先は何が書いてあるのか判らなくなった。何も文字が書いていないのだ。だが、魔法陣のような図柄が地模様の様に出ているので、きっと何か封じられているのだろう。
封じられた部分にナナシを切り裂いたという刃物などについての事が書いてあるのだと思う。祖母ちゃんが隠したいのは、それなのだろうか。
ここまで時間を作っては、少しずつ読んでいったが、結局よく分からなかった。どうにも中途半端なままで、今のところは諦めるしかないのだろうか。
その日から暫くは、何事もなく過ぎていった。ナナシは動くことなく出現した場所に佇んでいるだけだそうだが、入山禁止は続いている。
酒吞は、あれから母屋には来ていない。箱庭には出入りしているようなので、時々食事を置いている。そうすると、きれいに食器が洗われてしまってある。
多分、洗って仕舞っているのは小人さんだろうが、ちゃんと食べてくれてるみたいだ。気が済めば、また顔を出すだろう。そんな風に思っていた。
「ナナシが去った」
久々に現れた酒吞は、そう言ってドカリと座った。
「迅、腹が空いた。飯だ」
と、その後に続いた言葉は相変わらずだったが。多くは語らなかったが、酒呑はどうもナナシを観察していたらしい。
『コリ』でも経過監査をして報告書を挙げているという話も聞いていたが、それとは別に何か思うところでもあったのだろうか。
「あれは、ずっと同じ場所で身じろぎもせずに立ち続けただけだった。それでふいに消え去った。ここ数年は、他の地域にでたという話もなかった」
祖父はそんな話をしてくれた。
「なあ、祖父ちゃん」
あれから祖父ちゃんがどうにも静かになってしまったのは、俺の事を気にしているためだろう。だから、見当外れでも話をしようと思ったのだ。
「俺さ、祖母ちゃんの死に顔見て思ったんだ。祖母ちゃんは充実した人生だったんだって。だって、穏やかな顔をしていたから」
祖父ちゃんは少し驚いたように、こちらを見る。
「こんなこと俺が言うような話じゃないかもしれないけどさ。俺、祖母ちゃんの事、あんまり知らないなって思ってばっかりだけど。祖父ちゃん、祖母ちゃんの事、秘密にしてくれてありがとう。こんな話、母さんが知ったら大変だったと思う。だって、ここの事は母さんは知らないのだろう。祖父ちゃんが秘密にしてくれた事は間違っていないと思う。だから、祖父ちゃん」
俺は祖父ちゃんの目を真っ直ぐに見た。
「くれぐれもナナシを自分でなんとかしようなんて思わないでくれよな。俺と酒呑に、同じ思いをさせないでくれ」
多分、酒呑がナナシを気に掛けていたのはそのせいだろう。それを聞いて、祖父ちゃんは大きく息を吐いた。
「馬鹿いえ、俺があれに敵うものか。変な心配するな」
そう力なく笑って言った。
異世界は魔獣が跋扈する場所が多くあった。そこで魔獣に親兄弟を殺された者も多くいた。人々はそれに対してどうにかこうにか折り合いを付けていた。
どうしても、折り合いがつかない者は「強くなりたい」として、兵士や冒険者になると聞いた。
異世界でもこの村でも、人々は強かで一見すると問題なく対処しているようにも見える。だから、魔獣にせよ妖物にせよなんとか対処できるものなんだと、そう思っている自分がいたんだ。
そんなわけ、なかったんだよな。もし、そんなに簡単な話ならば、母さんはこの村を出て行くことはなかったはずだ。
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大変、大変申し訳ないのですが、色々と私事が混み合ってきました。
今後の更新は間延びします。
それからコメント欄、返信していなくて申しわけありません。
コメントありがとうございます。
全部コメントは読ませて頂いています。
よろしくお願いします。
m(_ _)m
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