第58話


 さて、あれから2ヶ月。幾つか新聞をちょっとだけ賑わす事件が起きていた。曰く、山の奥で地響きがし、山の斜面が大きく削れた。だが、地滑りのような土砂の堆積がみられない。

村の奥の廃屋に近かった屋敷が、ある晩周囲を含めて吹っ飛んだ。だが、爆薬などが使われた気配が無い。

朝目覚めたら、近所に大きな地割れができたなんていうのもある。


 何か昔話を思い出した。天狗倒しだっけ、大木を切り倒す音がするとか、岩崩れの音がするとかいうやつを。あれは音だけだったけど、実際にデカい地滑りとかが起きてるわけだが。


 一体何が起きているのか ? その原因は様々な議論が成されているが、科学的な検証が行われる一方で、妖怪や化け物が原因だとするトンデモ論まで。

そんな記事を読む度に、迅は思った。


「御門、お前やっぱり優秀だよなぁ。うん。きっとお前の帰還を皆が心待ちにしているよ」

 ちょっと笑ってしまう。これの原因は神来だろう。あれは力加減を知らないから、御門がかなり細かく指示したりフォローしたりして今までは被害を最小限にしていたに違いない。そうは言っても、御門無しでも神来は神来なりに気を遣って制御しているんだろうけどな。人目についてなさそうだし、人死にとかも出てないようだし。


 俺の方でも少しだけ変化があった。研究会の人数が増えた。当然、お菓子作りの戦力増加でもある。そうはいっても2名増えただけなんだが。更紗さんと美貴代さんは完全に菓子作りでも研究会でも中心人物になっている。おかげさまで、俺は効能付きの作製に集中できる。時々、駆り出されるけどね。


 新しい人は、菰野さんの妹の沙織さんと、同じ地区の山野辺亜里砂さんという人だ。亜里砂さんは更紗さんの親戚で姪っ子にあたるという話だ。この二人は魔力は多少なりとも感じることはできる程度だという話だ。

「磨けば光るかも」

と言って、更紗さんと梛君が期待している。


 やはり、効能付きを作るにおいて魔力が見えるということは重要なようだ。だけど、この魔力が見える人は村の中で少ないと言うことも判った。見えるというか、流れを感じているらしいんだが、正直言って俺には全く判らない。見えないし感じたこともない。だから、これについては、なんとも言いようがない。でも品物は今のところ限定されているが、効能付きが作れるようになる人は魔力が見える人が圧倒的に優位なようだ。


 だから、見えない人が効能付きのお菓子を作るためには見える人の存在が大変重要になっている。細かな手順の違いが必要な物については、出来ないかもしれないが、単純な手順で作る物に関しては、見える人のアドバイスで可能性が開けているのだから。


 そうなんだ。ジャムやオハギぐらいならば、作れる人が少しずつ増えていってくれれば。今の段階でもジャムについては、他の地域に多少なりとも売り出せそうだという話だ。



「では、迅よ。行くぞ」

「はいはい」

 ムカデの洞窟で育っている如意樹に実がなったと酒呑が言ってきた。それで俺は酒呑と共に如意樹の元へ向かうことにした。

「お主は、種播きのお役目持ちだからな」

酒呑は真面目にそう言うが、目が笑っている。種播き役と言われているのは、如意樹の実が成っても俺が近寄らない限り実が落ちてこないのだ。祖父ちゃんや酒呑が側によっても、実が落ちてこないのに俺が近づくと落ちるのだ。

「今度はどこに植えに行くかのぉ。あのダムとかいう奴のある場所ももう少し植えてもよいかのう」

酒呑が楽しそうなわけは、どこかの洞窟を巡る事を想定しているからだろう。でも、そんなに簡単によそ様の洞窟って入れるのか ?


「どこにって、この辺じゃ駄目なのか」

俺が面倒くさそうに言うと、

「駄目じゃ。仲間内に色々と聞いた。それで、如意樹が枯れた要因らしきものがわかった」

得意げにいう酒呑に迅は取りあえず聞いておこうと思った。いや、聞けと酒呑の顔に書いてあったからでもある。

「なんだったんだ。原因は」


「如意樹はな、親木が伐採されると子が枯れるのだそうだ。全てという訳では無いそうだがな。親木との距離が遠ければ生き残る樹もあるという話だ。それにひ孫ぐらいの代であれば、問題なく生き残るとな」

そうであるならば、絶滅させるのは簡単なのかも知れない。親木に当たる樹を切れば良いということか。


「それと要の樹というのができるらしい。これが伐られると多くの樹は影響を受けるらしい。距離に関係なく。逆に多くの樹が伐採されたとしても、この樹が無事ならば持ち直す可能性がある。前回はどうもそれと知らずに、要の樹を伐採したという話だな」


酒呑は意味深げに迅を見やる。

「要の樹というのは、最初の樹だ。それが寿命で枯れれば、他の樹がその役割を担うと言われている。それは如意樹以外にはどれか判らん」

俺は息を一つはく。

「俺が持ち込んだから、種播きしろってことか」

改めてこの世界に如意樹をもたらしたという事で、如意樹になにか認識されてしまったのだろうか。


 酒呑は俺があっちの世界から種子を持ってきて、ムカデの洞窟に植えたと思っているかもしれない。そうであるならば、要の樹をムカデの洞窟の所の物だと思っているだろう。あれが要の樹だと。そして、周囲もそう認識している可能性がある。


 だが、酒呑は箱庭にある如意樹の存在に気が付いているならば。要の樹は箱庭の樹だと理解している事になる。それでも、ムカデの洞窟の樹が要の樹だと言うならば、前回如意樹を絶滅させたモノをおびき寄せる為に何か考えているのかもしれない。でも、あそこの樹、切ったらダムの所が全滅だろうから、やめて欲しい。


「それじゃあ、ダムの洞窟で育った樹の種播きはお前がしているのか ? 」

ふと気になって酒呑に聞いてみると、首を振られた。

「あれくらいに熟すと、その果実をもぐことができるだけじゃ。まだ沢山なっておるぞ。そうじゃな、次にはあそこにお前を連れて行ってみるか」

「お前なぁ。でも、あの時とは違ってそんなに長いこと仕事は休めないからな。休みの時だけだぞ、遠くに行くのは」


 俺の話は聞こえているのだろうか、酒呑は鼻歌を歌いながら如意樹の場所まで足取り軽く向かっていく。種が採取できれば、再びダムの周辺には行くことになるだろう。




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ストックが尽きてしまいました。


少々お休みを頂いて、再開します。

自転車操業になりますので、毎日更新ができないかもしれません。


それでも見捨てずに、読んでいただけると大変嬉しいです。

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