第57話


 居間に続く二間の襖は取り払ってある。15人が円座になっても問題なく広い。とはいっても、実際には12人が上座に三列に並んで座り、それに御門が一人対峙して座っている。俺と祖父ちゃんはその場所から少し離れて後方で見学している。


12人の内、御門に接する列の真ん中に座っていた美丈夫が挨拶をする。

「明殿。久しぶりだな」

それで、ようやくガチガチになっていた御門の力がふっと抜けたようにみえる。


「お久しぶりでございます。皆様方、お揃いなのですか」

御門が頭を下げる。人数を確認した御門が躊躇いながらも聞く。

「ああ。問題は無い。我らはお主が望むのであれば、戻る事を決めた。ま、昔とは違い幾つか条件はあるがな。明殿は如何か」


緊張した声で御門は問う。

「承りたく存じます。条件とはなんでしょうか」

「条件は三つ。まず一つ目を突破して貰おう。これより三月みつきの間、我らの元で修行してもらう」

にこにこと笑いながら美丈夫が言う。


「3ヶ月……」

「その三月の間、お主が耐えられなければ、それで終いだ。我らが戻ることはない」

御門はその条件を聞いて考え込んだ。一応社会人 ? が3ヶ月もの間休みを取れるというのは、日本ではまず考えられない。


 地域ネットワークというのが、どういう所かもよく分からないところだが、職場でそれは可能なのだろうか ? 他人事ながら迅も首をひねった。え、離職ですかね。と、そのやり取りに迅は思う。


 御門は少し思案していたが、丁寧に頭を下げる。

「3ヶ月間、修行させていただきます」


 ただ準備をする為に、少し猶予が欲しいと願い出て、修行に向かうのは10日後と決まった。


 御門の件は呆気なく終わった。

(やっぱり、立会人ってあんまり意味があるとは思えないな。まあ、体の良い言い訳ってやつかな)

やり取りをみながら、ぼんやり思った。




 そして現在、部屋は座卓が並べられて、皆が思い思いの場所につく。今日のために用意したカレーライスを今か今かと待っている。


 俺が用意していた冷凍カレーは、昨日箱庭の冷蔵庫に移した。出掛ける前に牛乳パックから鍋に移して準備してある。お米もといて水につけておいた。


 俺は一応は立会人のはずなので、御門の件を見届けてから用意をすることになっていた。

「いや、御門と引き合わせたら用意したいんだが」

と主張したのだ。


「何を言う。お前は立会人なのだから、その場所で見ていなくてどうする」

酒呑は俺の主張を一蹴したので、下準備だけを整えてそう言う事にしたのだ。だから、時間をもらおうと思っていたのだが。


 箱庭の小人さんは今日も超有能だった。御門の話が終わった時点で、全て準備は整い、後はよそうだけになっていた。バッチリご飯も炊けている。


「小人さん、今日もありがとう」

準備が整った台所で、思わず俺は呟いた。最後の作業として、冬瓜と油揚の味噌汁に、仕上げに卵を加えてかき玉にする。


これだけは食べる直前に、と思っていたのだ。小人さん、判ってらっしゃる。

そう、俺のやったことは、それだけ。


 まずは小人さん用の小さな器でカレーとお味噌汁と副菜の用意をして、台所のいつもの場所にお供えをする。


 ご飯やお菓子を箱庭で作った時は、必ずしている事だ。小人さんの分を一緒の食卓に置いても無くならない。でも、こうして別にしておくと、ちゃんと食べてくれるのか、無くなっているのだ。小人さん、人見知り ?


 それでは、皆の分の配膳だ。お椀にお味噌汁、皿にカレーをよそっていく。御門がそれをお盆にのせて、配ってくれる。


「いや、あの方達には順番があるから」

その順番に渡すために、と御門がすすんで手伝ってくれている。


「なんだ、知り合いなのか」

と聞くと、ちょっと困ったような顔をして御門が答えてくれる。

「知り合いじゃ無いよ。でも、うちの由来がある方々ということで、色々と伝わっているんだよ」


 祖父ちゃんは皆さんにビールお酌をしてくれている。少年少女の形態をもつお二人も、ビールをご所望のようだ。


彼等は形態と年齢は別なので、まあいいのかなと思わなくもない。どんなに若く見えたって、祖父ちゃんよりも遙かに年上なのだそうだ。


 座卓の中央では、いつの間にかキュウリやトマトなどの野菜サラダ、オクラのごま和え、揚げナスの煮浸しなどの副菜が並ぶ。小人さんは今日も人目を気にしているのか、姿を見せない。


いや、本当に小人さんがいるのかどうかも知らないけれども。確認できないけれども。

ここまでしてくれるんだから、いないはずがない !


今日は、準備するのが難しいとしてトンカツや唐揚げは用意していない。そのかわり、トッピングには前回出したものに加えて、コーンやキムチなども用意してみた。


それだけではない。小人さんは箱庭の畑でとれた野菜を焼き野菜にして加えてくれていた。今日は小人さんが大活躍だ。


「いただきます」


 カレーは皆さんに好評で、一人二杯までだったが、ご満足頂けたようだ。

ただ、影の人はトンカツがないのがちょっと残念だったみたいで。

「この次に、カレーを馳走してくれる時には、是非トンカツと唐揚げを」

と改めて所望された。


 食後には、昨日作り置きしておいたチーズケーキを出した。こちらも中々の好評だった。魔の物達は、効能付きの物を好むようだ。酒吞がそうなので、そちらを出した。


出てきたチーズケーキに酒呑がちょっと眉を顰めていたのが意外だったが。


 彼等は箱庭を出る事無く、帰りも迅が帯紐をつかんで山の上の集落まで送り届けた。その帰り道に酒呑が言う。

「いいか、今後ともお前は彼奴らには絶対に名乗るなよ」


「名乗ると、何か問題でもあるのか」

でも、お前から俺の名前も祖父ちゃんの名前も伝わっているじゃないか、そう思わなくもない。


「問題は大ありだ。カレーといいチーズケーキといい、それを作る事ができるお前を取り込もうとするに決まっておろう。魔の物相手に名を渡すというのは、相手に取り込まれる危険性があるのだ。今後も気をつけろよ。

まあ、影に関しては問題は無いが、本体に名乗るのは絶対に駄目だ」


 立腹気味に声が荒い。名乗るなと言われたのは、今日の御門との立会人の関係でなにか儀式めいたものがあるのかなと迅は漠然と思っていたのだが、酒呑のその言葉で気が抜けた。今日のこととは全然関係が無かったのだ。


 真剣に言い聞かせをする酒呑がなんだか可愛いく見える。厳つい大男にそれはないだろうと思いつつ。

「はいはい、判ったよ。気をつけるね」

取りあえずはそう返事をしておく。


 御門は、今日は泊まることなく帰って行った。彼もこの10日間で、準備することが多いからだろう。

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