第56話 立会人


「立会人 ? 」


思わず口にした俺の言葉に酒呑は頷く。

「今回のことで、立会人が欲しいのだそうだ。まあ、無くても成立はするんだがな。それで彼奴がお前を気に入ったとして、立会人の申し出があった」


 何のための立会人なのかと疑問には感じたのものの。

「ああ。いいよ」

別段断る理由もないか。


「それで、だな」

「あー、人数と日時によるな」

ということで、カレーライスも所望された。まあ、確認を取られた時点でそうなることは判っていたことだ。



「俺と酒呑も含めて15名分て、しかも増えるかも知れないって」

お代わり自由にしなければ、多分大丈夫だろうというという量を用意し、米はその場で炊くこと。


「きっと立会人とか言い出した理由は、間違いなくのせいだな」

と俺は確信している。

酒吞はあの時、美味い美味いと何杯かお代わりしていたから。きっととても気になったのだろう。


それからもう一つお願いされた事がある。

「箱庭を貸して欲しい」

というものだ。なんとなくその理由は判る気がする。万が一にも邪魔されないためなのだろう。


「でも、きっと箱庭こっちがついでだろう」

俺がそう言うと、酒吞は片眉を上げて、何も答えなかった。




「では、迅。この帯紐を掴め。絶対に離すなよ」

当日の朝、酒吞はいつものTシャツとGパン姿なのだが、その上に腰帯を巻いている。その腰帯に帯紐の一方を結びつけている。その帯紐のもう一方の端を、俺に方へ渡してくる。

「なんだこれ」


「今日は、近道を行くでな。はぐれると二度と戻れなくなるから、そのためのものじゃ。放すなよ」


俺が帯紐を握ったのを確認し、酒呑は懐から提灯を出してきた。円筒形の提灯だ。ひばしを持った酒呑が声を掛ける。

「では行くぞ」


そういうと、提灯に火が灯る。途端に酒呑の目の前には空間の歪みが見え、そこへ酒呑が入っていく。慌ててその後ろへと続いていく。


 明るいのか暗いのかよく分からない空間を進んでいく。時々酒呑の姿が歪んだり、何かよく分からないものが通り過ぎたりしていく。俺はとにかく帯紐を確りと手首に巻いて話さないようにしながら、酒呑の後ろを着いていく。


 しばらく行くとまた空間の歪みが現れ、そこをくぐり抜けた。気が付くとどこかの山の中のような雰囲気だ。酒呑は提灯の火をふっと消してふところへしまう。


それからは、しばし山を登って行く。今度は霧が出てきてどんどん深くなってくる。


前を行く酒呑がなんとなくわかるかどうかになった。その背中を見失わないように必死に着いていく。酒呑は黙ったまま一定の速度で前を行く。


どのくらい登り降りをしただろうか。徐々に霧が晴れ、気が付くと村の入り口らしき場所に立っている。


木でできた簡素な境界がある。その前で酒呑が立ち止まると大きく手を振る。酒呑の手を振る方向を見ると、人が立っているのが見えた。

彼等がこちらへ近づいてくるが、酒呑は結界を越えて中に入る気は無いようだ。


近づいてきた人影。人数は聞いていたように十二人。妙齢の女性が一人に、少女と少年が一人ずつ。老人が一人、壮年男性の人が二人、あとは俺と年齢的には前後するぐらいの男性だ。

「おう、コイツが箱庭の主じゃ」


 酒呑がそう紹介する。今日は名前を言ってはいけないと前以て言われていた。だから、箱庭の主ということで通すのだとも。誰も一言も口をきかず、それでもざっと一斉に会釈をしてくる。俺も会釈をしかえす。

とりまとめらしい人が一人、前に出てくる。なかなかの美丈夫だ。


「先日は、影の姿で伺ったものです。本日は、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


その場で、俺が先達となって全員を箱庭に招き入れ、家の居間でくつろいで貰うことにしている。茶と茶菓子はちゃんと用意してある。思い思いに座卓についてもらい、茶と茶菓子を配る。

「それでは、また後で」


 酒吞が言うには、接待は箱庭が任せろと言っているらしい。大変頼りがいがある。だが、最初ぐらいは自分がすべきだろうと思ったのだ。


 俺が皆を案内し、箱庭から戻ると、外で酒呑が待っている。

「迅、行くぞ。帯紐の端を持て」

そういって、先程の帯紐の端をこちらに渡す。

「おう」


再び帯紐を掴んで、山道を下る。

だいぶ来た。多分来た時に着いた場所なのだろう。そこまで来ると、懐からまたあの提灯を取り出し、火を入れてる。

再び空間の裂け目のようなものが現れ、酒呑がそこへ一歩踏み出した。


 戻ってきたのはなんてことはない。俺の家の前、出発地点だ。

(成る程。前に一度行けば大丈夫だと言っていたのは、このことだったのか。すげえな)


家の玄関先でちょっと感動していた迅だったのだが、酒呑はサッサと家に入ってしまった。


「おう、帰ってきたか」

祖父が居間で御門とお茶をしている。いつもと違って、御門はちょっと緊張しているように見える。どうやら俺と入れ違いにこちらへ着いたらしい。

「んじゃ、皆さん揃っているから行こうか」


「おう、幾太郎、ぬしも行くか ? 」

酒呑が祖父に声を掛ける。一人祖父を置いていくのもなんだと思ったのだろうか。


「儂も行って、いいのか」

躊躇う祖父の背中を、酒呑はバンバン叩く。

「問題ない。というよりも家は留守にしておいた方が良かろう。それに昼食は箱庭の中じゃぞ」

祖父ちゃんも行くならと、俺は戸締まりを確認する。玄関に行って靴を履いてから、箱庭に入る。箱庭の庭先にでるからな。


「えー、箱庭の家が違う。和風になっている。デカくなってる」

御門が門をくぐって家を見た最初の一言。そう言えば、こいつと再会してから一度も箱庭に招待していなかったな。箱庭、嫌な匂いがするって行ってたし。


「そうなんだ。こっちに戻ってきたら日本仕様になったんだ。家の中も広くなったんだぜ」


 驚く御門が面白くて、俺は御門の両肩に手を掛けて縁側の方へ押していく。御門も久しぶりにみる変容した箱庭の家に意識を持って行かれたのか、これから起こることを一瞬忘れて、先程まで緊張していたのが解れていた。


 庭で二人が騒いでいるので気が付いたのか、居間から縁側の方へ先に入っていた何人かが顔をだしてきた。


その顔ぶれを見て、御門が固まる。そんな御門を引き摺って家へと連れ込んだ。

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