第55話 巡り合わせ


 居間に戻ると酒吞が一人、酒を飲んでいる。聞けば祖父は風呂だと言う。テーブルの上には何も無い。祖父が片付けてくれたのだろう、申し訳ない。

「ちょっと待ってろ」


 俺は台所にいって残っていたゆで卵を半分に切って、ネギ塩ダレを簡単に作ってその上に散らす。まだ唐揚げが残っていたのでそれも別の皿に盛る。


それらをお盆に載せて酒呑のところへ持って行く。勿論、自分のグラスも。


「酒吞。酒だけだと、物寂しいだろ」

すっとテーブルの上に皿を並べると、ふっと笑ってゆで卵を一つ口に放り込む。


「俺がする事ってあるか」

ドカッと酒吞の対面に座り、問うた。


酒吞が空になった酒坏を向けてくるので、そこに酒を注いでやる。それから自分のグラスにもついでに注ぐ。

それを見て酒呑が片眉を上げたが、何も言わなかった。


「さあて。すべてはあの小僧次第だろうて」

ぐいっと杯をあおる。


「お前、あやつの事をどれほど知っている」

真っ直ぐにこちらを見つめながら、酒呑が問う。


 問われて、少し戸惑った。御門についてどれほどのことを知っているだろうか。


「そうだな。一緒に異世界に行って魔王討伐をした。魔法は万能だし、情報収集能力は随一。あと、勇者使いもピカイチだな。

異世界に行ったら人格が二つに分かれた。アキラの勘の鋭さや、メイの情報収集能力で随分と助けられた。ああ、そう言えばイヌは苦手みたいだ」

うーんと腕を組んで考え込む。


「プリンで人格が統合されたといっても、アキラっぽい部分もメイっぽい部分もあるしな。そうだな。常に人から一歩離れているところも変わらないし……」

そこまで言うと、酒呑が呆れたように中断してくる。


「お前、あやつの個人的な情報は知らぬのか。人品とかでは無くだな、立場とかだ」

そこまで言われて気が付いた。


「ああ。地域ネットワークに勤めている ? で、アレと神来と組んで仕事をしている、かな。出身地は西の方。ああ、たしかお兄さんと弟がいるんだとか聞いたな。う~ん」


 あちらに居たときはお互いに個人的な話をしなかった事に改めて気が付いた。御門とは友人だと思っている。だが、神来も含めてお互いに個人的な事を話した記憶は無い。


考えてみれば、当時、周囲を警戒していた俺は自分の名字すら名乗らず、迅という名前だけで通した。


御門も自分から自分の事を話すような事はなかったし、俺も神来も突っ込んで聞くような性格でもなかった。神来はその辺大雑把な奴なので、あまり気にするような奴でもなかったしな。


 だから、こちらの世界に戻ってきても連絡の取りようもなかった。そう言えば、今、御門達がどこに住んでいるのかすら聞いていないな。


「やべえ。アレの居所をきちんと把握しておかないと。鉢合わせしないようにしなきゃ。でもいざとなったら箱庭に逃げるか。もう箱庭は誤動作しないだろうし」


 俺の思考は、アレが絡んで明後日の方に向いてしまった。

ふっと軽く笑った酒呑の目はとても優しげだが、俺はそれに気が付かなかった。


「昔の話をしてやろう。奴に聞いた話だ」


 今から百年余り前の事。ある由緒ある血統筋の家の次男が、一時行方不明になった。戻ってきた時には、非常に強い力を手に入れていたそうだ。


 その男は、家督は継がなかったが家を掌握したという。そして、如意樹の果実を食ったことでそうなったと主張した。

それだけではない。如意樹の果実を掌握すれば、魔の物を支配できると言ったらしい。


本来であれば契約がなければ、魔の物を使うことはできない。

その契約をしなくても任意の魔の物を支配できるようになると。実際にその男はその家の契約していた魔の物を掌握したそうだ。


「魔の物を支配できるというのが、望みが叶うってことなのか」

「いや、その話はもっと昔からの話だ。だが、その男の話によって、如意樹が絶える切っ掛けになったのではないかと言われているそうだ。そいつはあちらこちらにある如意樹を伐採したそうだ。魔の物が容易に如意樹の果実を手に入れられなくするために」


面白くもない話だと吐き捨てるように酒吞が言う。


「俺は、その頃のことはあまり知らん。だが、あいつが言うにはその地域の多くの魔の物が愛想をつかし、契約を破棄してまでも人の元を去ったという」


「でも、如意樹が彼方此方で伐採されたからって如意樹が無くなっちゃった訳では無いんだろう。絶えるまで全部伐採したのか ? 」


酒呑は眉を八の字にする。

「それなんじゃがな。如意樹が何本か伐採された後、残っていた如意樹が全て枯れたそうだ」

「へ ? 」

頓狂な声を迅は上げる。


「その男が、魔の物を掌握するために囲っていた如意樹もあったそうじゃ。それは最も古く最も大きな如意樹であったらしいが。その時、ともに枯れたとも聞く。それと合わせたかの如く各地にあった如意樹は全て絶えたそうだ。そして、契約していた魔の物達が去って行ったという」


「もしかして今日、来た影の人はその時に去って行った魔の物なのか ? 」

「ああ。そうだ」

ふんと鼻を鳴らすと唐揚げをポンと口の中に放り込む。


「そっか。じゃあ、その家の人間なんだな、御門は」

そうでなければ、酒呑はこんな話はしないだろう。

「そのようだな」

「そっか」


そう言って迅は酒呑の脇の一升瓶を勝手に掴むと、自分のグラスに酒を注ぎぐいっと一口飲む。


「あの影が、ダムの場所の如意樹が見たいと言ってな。連れて行ったのだ」


 では、御門に会ったのは偶然だったのか。世の中そんな事があるんだなと。

「ああ、俺がする事は無い、か」

ほんの少しだけ、ほっとした。

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