第54話 客人
「では、小僧。お前に話がある。だが、話をするのは儂では無い。おい、出てこい」
彼方の方を見て、酒呑が声を掛けると、酒呑の後ろから一つの影が現れた。
「こいつは、儂の知り合いだ。ちょいと用事があって同行した」
黒い影が現れると、辺りが幾ばくかひんやりと温度が下がったかのようだった。
「お邪魔する。本来なら寄るはずでは無かったのだが、少々そこな男に聞きたいことがあってな」
その影は、まずは俺と幾太郎に頭を垂れて挨拶をしてきた。俺は慌てて酒呑を叱った。
「いらっしゃいませ。
酒呑、お前。客人を連れてくるならそう言え。しかも食事も俺たちだけで食べちゃったじゃ無いか。お客人、失礼しました。えっと、今更ですが、夕飯は召し上がりますか」
俺の対応にポカンとする酒呑を見て、客人と呼ばれた黒い影は軽やかに笑った。
「え、私は客人じゃないの……」
御門がボソッとこぼしたが、誰も相手にしない。
「酒呑に聞いてはいたが、貴殿は面白いお方だ。私は影だけをこちらに来させただけだ。だからこれには実体は無いので残念ながら食べられない。しかし、本日の夕飯は非常に興味深かった。もし、機会があればその時に馳走になりたい」
カラカラと笑った黒い影に、迅はにこやかに答えた。
「カレーは作るのに時間がかかりますので、是非、こちらに来る3日前ぐらいに連絡をいただければ用意します」
「では、その時は酒呑に伝言を頼もうか」
二人のやり取りに、周囲は穏やかな雰囲気となった。
「おう、また食えるのか。ならば直ぐにでも来い」
酒呑は嬉しそうに言う。そんな軽いやり取りの後に。
黒い影は、実体がない感じで人の姿を取っている。それがじっと御門を見ているように見える。実際そうなのだろう。
見られている御門は、黙って黒い影を見やった。御門にはこの影が何であるのかが判っているかのようだった。そんな二人を興味深そうに酒吞が観察している。
「なあ、酒吞。御門に話があるのは、お前じゃなくてあの客人の方なのか」
迅は小声でコソッと聞いてみた。狭い部屋だ、皆に聞こえていたが。
酒吞はコクリと頷く。
「ワシはあの小僧とは何も関係が無いのでな」
変な言い回しに、迅が首を捻っていると。
「さて、覗かしてもらったが、お前さんは随分と色濃くあの方の血を引いているんだな」
「そんな事は、ないはずです。家では最も薄いと言われています。ただ、力が強いだけの出来損ないと。それでも家族は私をかばってくれますが」
そう言って御門は、グッと膝の上の手を強く握る。
「その様な事、誰が分かると言うのだ。力が他の者よりも強く出ているのが、何よりの証左になろうに。今のお主らの一族の目は節穴か」
「大叔父様が。我が血統では、かの方が最も色濃くあの方の血を引くと言われています。あのお方の生まれ変わりとも」
その台詞は影である客人の何か心の琴線にでも触れたのだろうか。ふぉんっと一瞬、膨れ上がった。
「その大叔父とか言う者の名を伺っても良いか」
その言葉はとても嬉しそうに聞こえるのに、温度が少し下がった気がする。
「大叔父の名は、」
なんと言ったのか俺には聞こえなかった。まるで聞かせたくないかのように、雑音が入ったからだ。
だが、黒い影がより黒さを増して、存在が強くなる。雑音が入ったのは、その力が増したせいだろうか。
「おぉ。アレはまだ生きておったのか」
その声には確かに喜びも含まれていたような気もする。だが、それよりも真っ黒い感情の方が大きかっただろうか。
「お前さんの名前は、何と言う」
「御門、明です」
迅はこんなにも気を張っている御門をこれまで見たこともなかった。
いつもふわりとした表情で、あの魔王と対決した時ですら、冗談を口にするような奴なのに。ああ、そうか。あの時と今はちょっと違うんだった。
それは多分、御門はこの先のことがわかっていたからかもしれない。
「酒吞の主殿」
影が急に俺の方へ向き直り、名を呼ぶ。
「なんでしょうか」
「2ヶ月後に来ても宜しいか」
「構いません」
日付を伝え確認を取ると、再び御門に向き直る。
「では、2ヶ月後にここでまた会いましょう」
そう言うとシュルリと影が消えた。
迅にとっては何もわからないまま、終わった。
御門を見ると、汗をぬぐっている。よほど緊張したのだろうか。
「ありがとう、ございました」
それからゆっくりと酒吞の方を向いて深々と頭を下げた。
「まさか、あの系列の者とはな。世間は狭いものだ」
のほほんと酒吞は言う。
「今度はあやつらと共に遊びに来るが良い」
俺は置いてけぼりにされて、小首を傾げていたが。
「酒吞、あの人はなんなんだ」
「あれか、あれはな奥へと引っ込んでおった奴だ」
事も無げに酒吞は返す。今回会いに行った者達の一人だったんだろう。
御門は相対した存在にあてられたのかかなりしんどそうだ。それを見かねて、彼をサッサと風呂に入れて寝かしつける事にする。
「聞きたいことがあるんじゃないのか」
御門は気にしてそう言ったが。
「早く寝ろ。話したいなら、後でいくらでも聞いてやるから」
そう言って寝かし付けて、電気を消す。
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