第53話


 カレーのスプーンで御門は俺を指して言う。あまりお行儀が良いとは言えないよ、君。

「ねえ、迅、君何かやった ? 」

何を言っているのか判らない。だから聞き返してみた。

「何かって、何を」


「いや、定期検査でさ、ダムに行ったんだよ。今回は私一人だったんだけどね。あの二人は別件で一緒できなかったんだけど。結果論でいえば、それが良かったかもしれないけどさ。で、そこで酒呑様に会ったんだ」


「おう、こやつは小生意気な小僧でな。ちょっと話があるので引っ張ってきただけだ。迅、別にこやつにメシをやらんでも良いぞ。何故図々しくも食べているんだ」

ニヤリと笑って酒呑が御門を見下す。


「いやいやいや、酒呑様。勘弁して下さい。本当にダムでは失礼いたしました。後でお詫びに地元で美味いと評判の大吟醸を一斗樽でお持ちしますので」


 御門は直ぐにカレーの皿とスプーンを置いて、酒呑に平伏する。


「良い心懸けじゃ。では、それを2樽期待しておこう。それならば少しぐらいは食ろうても許そう」


酒呑が偉そうだが、提供者は俺だろう。なんだそれはと思ったが、いつものことかと思い直す。


 どうにも食卓に並んでいると、人数分取りあえずよそってしまうんだよ、俺は。それで飯目当てに来る後輩とかいたしな。


一体、二人の間に何があったんだろう。ちょっと、気にはなったがココで興味を持ってはいけない気がする。そう、知らない方が良いことはきっとある。




 話の流れを聞いていると、家に戻る前に酒呑はダムの洞窟群に寄ったようだ。そこで見回りをしていた御門と鉢合わせになったみたいだ。


「酒呑がダムの付近にいたから、俺がダムに何かしたかって聞きたいのか ? 」

御門は首を縦に振る。


「昨日から俺はカレーを作っていたんだ。そんな俺に何ができるというんだ。

酒呑の行動範囲が広いだけだろ。こいつ、しばらく出掛けてたんだ。俺は酒呑に何もさせてないぞ。特に今回は酒呑がしばらく単独行動であちこちでかけてたんだ」


「そうじゃ。儂は気ままにあちらこちらに行けるんでの。儂がどこに行っても、コイツが関係するとは限らん。前に話を聞いたので、ちょっと寄ってみただけだ」


 御門は疑いの目を向けていたが、何かを知っている訳ではなさそうなので、俺も酒呑もしらばっくれるの一択。


洞窟巡りの時には、酒呑に頼んで人の目に触れないように隠蔽していたから、見られている可能性は低い。


それにもし、あの時誰かに見られていたのならば直ぐに御門がやって来たはずだ。あれから随分経つから、あの時の事はばれているとは思えない。


 ほうっと溜息を一つついた御門は、どうやら諦めたようだ。

「そういう事にしておきましょう。酒呑様には今日、ここに連れてきてもらったことですし。カレーは美味しいし」


「そうだよ。酒呑、なんでコイツを連れてきたんだ」

それは今更ではないか、と酒呑と祖父ちゃんが目で語っているが、そんなこと俺は気が付かないぞ。

「おう。ちょっと話があっての。あの場所だと嫌じゃと言われたのだ」


御門には嫌な匂いがするとか言ってたくせに、この家に御門を酒呑自ら連れてくるとは。


(ということは何かって無くなったのかな。何か変わったのかな。まあ、後で聞いてみるか)

少なくとも御門の前で、その話を振るつもりはない。



 さて、食後の一服。

箱庭に酒吞から連絡があったのは、一昨日だ。

「明後日に、帰る」

そう一言書いた手紙が机の上に置いてあったのだ。


それで俺は昨日一日かけてカレーを作った。酒吞と出会ってから、カレーを作ったことはなかったし、祖父も酒吞はカレーを知らぬだろうと言われたからだ。祖母のレシピにもカレーは無かった。気に入ればそれなりの量を食べるだろうから、沢山、作りましたよ。


 今日は話があると酒呑が言ったんで、晩酌の用意はしてない。その代わりお茶を配る。


「そういえば、ダムの状況はどうなんだ。薬は問題はないのか」

「ああ、それなんだが。予想以上に効果がでている。瘴気の除去が異常な勢いで進んでいるのが観測されているんだよ。彼女は薬の効きが予想以上過ぎて、戸惑っているみたいだけどね」


意味ありげに御門がこちらを見やる。

(まあ、そうだろうな)

間違いなく、異常な勢いで瘴気の除去を行なっている犯人は如意樹だろう。そう思うけど、俺は反応なんてしてやらん。


酒呑の話では、ダム周辺の如意樹は益々元気になっているという。ツヤツヤ、ピカピカだってさ。

あんなにどでかい果実が成っているくらいだもんな。


そのうち又、上映会をしてくれるかもしれない。というか、御門が帰ったら上映会をお願いしようと思っている。俺は一人であの場所には行けないからな。



「じゃあ、薬草の購入はこの先変わりそうか」

「うーん。しばらくはお願いすることになるとは思う。患者の薬も作らないといけないからね。軽症な人達は殆ど大丈夫そうだけど、もうしばらく服用して貰う事になっているし。重篤な人達は、まだ当分時間がかかると思う。ただ、ダムの方はどうなるかなあ」


御門はちょっと上の方を向いて、腕を組んで考えているようだ。

「ダム用に作られている薬は、あの例の浄化薬だ。彼女の作っているのは球形でこのくらいのサイズかな。迅に言われたように皮で来るんである」


御門は手で大きさを示す。ボーリングの球ぐらいだろうか。


「これが水底に沈んで、底の方で瘴気を取り込み続ける。それによって浄化されるのだと彼女は言っている。それで、一定量作って水底に沈めば、瘴気の供給と浄化の能力が釣り合うはずだと。だからそれまで供給する予定だったんだが……」


仕事が上手い方向に転がっているのに、御門の眉は八の字に下がっている。

「当初は予想よりも遅々たる状況ではあったのだけど、ここにきて異常なほど浄化能力が上がってきている。だけど、その原因が判らない。彼女の薬がなした事象では無いと本人も言っている。自分ではこれほどの効果を上げる物は作れないはずだと」


御門がまたこっちを見る。御門が恐れているのは聖女の薬に対する過大評価であり、それによる今後の展開だろうが、俺には関係の無いことだし、それに本来の浄化薬の能力であれば、可能な範囲だ。問題は無い。


心の中でそう思いはするが、口に出すのは別の話だ。

「アレの力量以上の成果がでたと。それで、お前は言い訳が欲しいわけだ。彼女が過大評価されないように」

コクリと俺の言葉に頷く。御門の周囲が求めているのは「聖女様の力による薬効の倍増」とかいうレッテルで、それを張られたくないんだろう。


 所詮こちらは部外者なのにな。内部事情は判らないし、判ろうとも思わない。なんと言っても関わり合いになりたくない。なんだかんだ言いつつも御門もそれがわかっているのだろうが、薬の開発者は俺だ。だから何かの可能性がないか意見を求めているという事なんだろうな。


「それを俺に求められてもな。大量に使われることで、相乗効果でもあって薬の能力が増したんじゃないのか、ぐらいしか考えられんな」

如意樹の話はできないのだから、そう答える以外に何があるというのだろう。


「迅よ。お前の話は終わったか」

酒呑が聞いてきたので、俺は首肯した。もうこれ以上はいいだろうと思ったからだ。


「では、小僧。お前に話がある。だが、話をするのは儂では無い。おい、出てこい」

彼方の方を見て、酒呑が声を掛けると、酒呑の後ろから一つの影が現れた。

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