第51話 酒呑、お出掛け


 ダムの作業を終えてから、一ヶ月ほどが過ぎた。季節は徐々に春めいてきている。


 洞窟巡りの報酬は、酒呑が出掛ける前にちゃんと渡してある。祖父ちゃんに話をしてオハギを奮発して、他にも色々と用意をして、獅子狩りに行ってもらったのだ(だけど、それには酒呑も付いて行ったんだが)。で、料金もちゃんと支払いをして譲って貰ったものだ。

俺のお願いだから、俺が支払う必要がある。


 酒は箱庭の離れに持っていった。血の量は多すぎても少なすぎてもいけない、そう祖父ちゃんに言われて、きっかり測って渡した。酒吞はちょっと残念そうだったが。


肉は、結局俺が調理して、提供することになった。酒呑は肉だけで無く俺の調理付きで欲したのだ。

一回に調理するのは半頭分が限度だったので、結局四回に分ける事になった。それで、何かよく判らないが祖父と酒呑での宴会になっていた。それでも良かったらしい。



 ダムから帰ってからこっち、特にこの頃、酒吞の機嫌がいい。その上、なんか肌の色艶が良い気がする。全体的に身軽になっているというか、よい雰囲気がする。

「酒吞、お前なんか良いことでもあったのか」

夕飯の晩酌を交わしながら、祖父が酒吞に聞いてみた。


 ニコリと機嫌良さげに笑う。こんな酒吞は中々見ない。こちらはどうにも酒呑の様子に戸惑ってしまう。最初の頃ほど不貞腐れたような感じは消えたが、それでも何か気怠げな雰囲気がそこはかとなくあったのだ。


「そうさな。これからの事を考えれば、話をしておいた方が良かろう」

そう言うと懐から大きな果実を出した。サイズはスイカほどだ。それをちゃぶ台の上に置く。


「洞窟の中の最初の如意樹が果実を成した。こいつがそうだ」

もう果実が熟したのか。それにこの大きさ。ちょっと信じられないと思ったものの、酒吞が嘘を言う理由はない。だが、大ムカデの洞窟では実をつけるまでに4ヶ月近く掛かったはずだ。最初に植えた如意樹だったとしても、まだ2ヶ月しか経っていない。


「迅と帰る前に、すでに花が咲いていたのは確認してあった。期待していたが、これほど早く果実がなってくれるとはな」

酒呑がとても楽しそうだ。


「お前達にもお裾分けをしてやろう。よく見とけ」

ポンポンっと果実を軽く叩く。すると、如意樹の果実はパランッと食べやすいサイズで半月型に割れた。そして、黒い真珠の様な握りこぶし大の種子が一つ、ポロンと現れた。


「この大きさの果実を成すのが本来の如意樹なのだ。ここまでくれば、如意樹の果実は美味いのだ。お主らも食べてみろ」

半月型の果肉の一つを手に取ると皮を剥いて口に放り込んだ。


物凄く美味そうに食う。それに惹かれて俺も祖父じゃんも一つを手に取り、齧りついてみた。芳香な匂いが広がり、えも言われぬ味が口いっぱいに広がる。基本は甘酸っぱいのだが、その風味豊かな味を表現する言葉が思いつかない。とにかく、美味い !


 夕食後であったからだろうか。それ程美味い果実であるのに、一欠片で十分だった。食べた後に奇妙な満足感があり、俺だけでなく祖父ちゃんもこれ以上欲しいとは思わなかった。何か満ち足りた心持ちになっていると、残りは酒吞が平らげた。


「美味しいものをご馳走になった。酒呑、ありがとうな」

祖父ちゃんは軽く頭を下げて酒呑に礼を言う。

「ご馳走様。美味しかったよ」

俺も祖父ちゃんに続いて礼を述べた。俺たちの様子に、酒呑はそうだろうと頷く。


「十分な瘴気を食らった如意樹は、これほどの大きな美味い果実をならすんだ。あの地は、如意樹にとって十二分に良い場所のようだ」


箱庭の如意樹も、大ムカデの洞窟の如意樹もどちらも、これほど大きな果実をつけたことはない。果肉も薄く種子の大きさだってもっと小さい。果肉が食えると思うほどもない。


同じ種類の樹がつけた果実だとは思えないほど違っている。

「これが同じ種類なのか」

何となく、如意樹の果実が奪い合うように採取されたという話が俺の中で真実味を帯びる。


 だが、これほど美味しいのならば絶えさせること無く、反対に栽培するというか拡げるのではなかろうかとも思うが、実際は取り尽くされたのだ。


「そういえば昔、聞いたことがある。魔の物が好む何かを人が狩り尽くした事があると。それで、多くの契約を破棄した魔の物が出たという話だったか」

祖父ちゃんが、隣でボソリと独り言のように呟いた。


「おうよ。それが如意樹の果実よ。如意樹の果実は、儂らにとっては特別な物でな。魔の物が大事にしているものだったにも関わらず、伐られた。それ故、如意樹を絶えさせた事によって、一部の連中は人から離れた」

ニタリと酒吞が笑ったが、ドスの効いた笑顔だ。


「儂らもかの樹は、植物ゆえ陽の光がなければならぬと思い込んでおった。迅、お前には礼を言おう。洞窟の奥深く、日の一切差さぬ場所でも瘴気さえ濃ければ十分だと知れた。礼を言う、ついては……」


酒吞に頭を下げられて、俺はびっくりして慌ててしまった。

「やめてくれ、礼を言われるようなことじゃないって。偶々だ」

頭を上げた酒吞は、クッと笑う。

「欲のない男だ。こちらが礼を言ったのだから、受け取れば良いものを」


 この時の俺は、酒吞の言っていた意味は判らなかった。後に、祖父ちゃんに言われた。


「魔の物が礼を言う、詫びをするという時は、何か1つ2つはこちらの要望を飲むということなのだ」


だが、それをこの時点で知っていたとしても、俺は何も望まなかったかもしれない。いや、なんかあった時の為に取っておけば良かったのか ?


「迅、暫く彼方此方の仲間内に顔を出す事にした。暫く、留守にする」

俺の方を向いて言う。それから、祖父ちゃんの方を見た。


「幾太郎、儂が洞窟は奥に如意樹を植えたい。さすれば儂が多少留守にしても問題はない」

「問題が起きないのならば、俺が止める由は無い」


祖父は酒呑に頷いた。裏山の洞窟の人側の番人は八月一日ほずみ家にあるのだ。


「差し支えがなければ、どこに行くのか、聞いていいか」

祖父ちゃんが良いというのならば、俺にはどうこう言うつもりはないが、行き先は気になる。


「うむ。如意樹が滅した事で、人から離れた連中に会いに行く。如意樹の果実を持ってな」


「ああ、その人達は如意樹の果実が好きだから届けるのか。果実が届けば、瘴気の濃い場所で育てられるものな」


ふうんというように、そう言うと。

「お前は、ボケらっしょな奴よのお」

と酒吞はカラカラと笑い出した。




 俺は、出かける前の酒吞に声をかけた。

「酒吞、帰ってくる時は何かご馳走を作ってやるよ。何が食べたいかリクエストはあるか」


「そうさな」

ちょっと腕組をして考える。

「ふむ、珍しいものが食いたい。儂が今まで食ったことがないものであれば、なお良い」

そう言って南寄りの暖かな風をうけて、酒呑は出立した。

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